第62話 三途の川

「おいお前らっ!この領主殺されたくなかったら大人しく言う事聞けッ!」

  

 驚くほど広い地下室に俺の声が響き渡る。


 俺は縄で拘束した領主を周りに見せつけると手にサンダーを構えた。なかなかこの作戦は上手く行った様で、階段を駆け降りるときも邪魔をされる事は無かった。


「イブッ!無事かっ!?」


「おにーちゃんなの!」 

 

 返答は直ぐに返ってきた。僅か数十メートル向こうではイブが嬉しそうに手を振っている。


「大丈夫かッ!?そいつらに何か変な事はされてないよな?」


「ジュース貰ったの!」


「ワタルさんッ!きっと媚薬入りですよ!」


「クソッ!変態共がッ!」


「待て待て待て待てっ!……、ごほん。妙な断定はやめて頂きたいのですが」


 必死に誤解を解こうとしている様だがもちろん俺達はそんなもの聞く気はない。


「うるせぇッ!さっさとイブ開放しないとこの領主を……その……えっと……」


「保存食にしてしまおう」


 はい、モンスター。討伐依頼出します。


 ハクヤを部屋から蹴り出し、再びイブ達の方へ向き合う俺達だがそう簡単に動く事は出来ない。

 そんな緊迫した状況下、先に動いたのは向こうの執事?らしき人物だった。

 

「……失礼、執事のボイドと申します。今回屋敷までの侵入が早かったのは予想外ですがまぁ良いでしょう。しかし状況有利はこちらにあります」


「へぇ……領主はこっちにいるんだぞ?それでおいて状況有利とはよく言ったもんじゃねえか」


「そうですね。しかしこの地下室にある出入り口は一つ……」


 そう言うとボイドは空中から杖を召喚、床へ一突き。そしてその直後だ、追い出したはずのハクヤが地下室の中へ駆け込んでくる。


「ちょ、おいっ!大事な話だから入ってくるなって言っ―――」


「大ピンチさ」


 俺が注意する中、ハクヤは地下室の外を指差す。首を傾げる俺だが、それはすぐに誰の目にも明らかになった。

 ハクヤが地下室へ駆け込んで来た数秒後、何が走る音が聞こえたと思えば大量の兵が地下室目指して階段を降りてくる。


「おいおい…これ挟まれるやつ……」

 

「サンドイッチみたいですね!」


「サンドイッチ食べたいの!」


「おいしい状況と美味しい食べ物は掛けた高度なギャグ、お見事です」


 うるせえな。


「おいハクヤッ!何かこの状況を打開するようなスキルは無いか?」


「ステルスで僕だけなら逃げられるね」


 んな事したら末代まで呪ってやる。


「まあ、でも……無いこともないかな」


「おおっ!!」


 ハクヤは前へ出ると手をボイドへ向ける。


「やれやれ……本当はもっと終盤で使う予定だったんだがワタルが言うなら仕方ない。僕が持つスキル、『アポーツ』は目に見えるものなら何でも取り寄せる事ができる。そして人間もまた然り、これで圧勝さッ!!」


 ハクヤの手が輝き、アポーツが発動する。

 部屋中が光りに包まれ誰も目を瞑る状況にて俺は何か違和感を感じる。


「ん……?」


 そっと目を開けると数十メートル先には笑顔で手を振るイブ………そしてゲラゲラ笑うエルスとハクヤ。

 

「……。」


 ゆっくりと後ろを振り向く。


「……こんにちは」


「……はい。こちら側へようこそ」


 三途の川かよ。


「ちなみに僕のアポーツは追加効果で近くのものを代わりに送る。これは石ころですら反応するから普通に運が悪かったね」


 遂に運にも見放された俺に対してボイド、そして領主すら憐れむ目線を送ってくる。

 本当に悲しいから辞めてほしい。


「ワタルさんっ!イブを取り返しました!これで任務完了です!」


「代わりの任務が生まれたんだが」


「私は関係ありません!」


「おい、誰があのクズシスターに魔法をありったけ撃ち込んでくれッ!!!」


 もはやうちのパーティーの喧嘩と化している地下室だが、忘れてはいけない。あくまでも敵はボイド達だ。


「アポーツをもう1回頼むッ!」


「一日一度の制限があるから諦める事だね」


 こういう時だけ都合悪いの何なんだよ。


 あいにく近くには館の兵、そしてボイドがいるため動けそうにも無い…っていうかイブなら自力でこちら側まで来れたのでは無いだろうか?

 いや、今そんな事考えても仕方ない。


 と、その時だ。横にいたボイドが時計を見るなりすぐに声を大きくして言った。


「時間か………撤収っ!」


「は?」


 地下室の壁が突然開き、それまで周りを囲んでいた兵が散り散りになって出て行く。


「お、おい……何で……」


 開放された俺はゆっくりとエルス達の方へ歩いて行くが何かされる様子もない。

 そして、領主はエルスがしっかりと拘束している。これで解決なのだが……。


 不安になりながらもイブの状態確認。そして罠を探るかの様に地下室から一階へと繋がる階段を上っていく。


「何であいつら引き返していったんだ?」


「分かりませんね……。取り敢えずこの領主もう要らなくなったんで燃やしましょう」


「ヒエッ!?儂が傷付けばお前らは犯罪者として指名手配じゃぞッ!」


 もう立派に犯罪者な件。


 そして何故かさっきから俺に擦り寄ってくるイブ。


「……イブはどうした?」


「これなの!」


 渡されたのは防虫スプレー。これはイブのお使いの際に俺が頼んだ物だ。


「お、お?おう……よく頑張ったな?」


「なの!」


 何故イブが防虫スプレーを手に入れているのかは知らないが褒めると嬉しそうにくねくねしていたので良しとする。


「アポーツで状況を打開した僕も褒められるべきだと思うのだが」


 くたばれ偽勇者。


 そして、安全を確認した俺達はゆっくりと階段を上がっていく。だが、まだ特に変わったことも無――いや、静かだ。俺達以外、誰もいる気配がない。ひとまず安心と言える。

 だが、そんな安全なひとときは長くは持たなかった。


「あ……ちょっ、ワタルさんッ!窓の外見て下さい!」


 急に表情を変えたエルスは窓の外を指さして固まる。

 なるほど……と呟いたバカ勇者もいるが俺は絶句。急いでイブの手を引いて階段を上っていく。

 そして3階から見た風景は余りにも無慈悲なものだった。


「……あれって冒険者と……警察?」


「そうでしょうね……。まぁそりゃあれだけやれば通報もされますよ」


 館を囲むのは大量の警察官、そして何かの依頼で来たであろう冒険者。

 既に警察官の多くは杖を構えており、制圧の準備は整っていると考えた方がいいかも知れない。


「ああ…、」


 もはや溜息しか出ない俺はイブを撫でると座り込む。


 さぁ、最終対決、籠城戦の始まりだ。

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