第40話 プライドを賭けた大勝負
「……ぼ、冒険ですか?それともご依頼ですか?」
あからさまに顔を引きつらせ嫌な顔をする受付のお姉さん。それもそうだ。依然としてヘイトが収まっていない俺達の相手などしたくはない。
「僕達の業界ではご褒美だね」
……お出口はあちらです。
しかしまあ…残念なことに何も考えずに受付まで来てしまった。本来俺としてはクエストなんか受けるつもりは無かったのだが。
「はぁ……。ならこの近くで受けられるクエストってありますか?」
幸いにも冒険者ギルドで扱っている依頼はモンスター討伐だけでは無い。
冒険者ギルドは町の清掃や商人の護衛、その他にも何か困ったことがあれば何でも受け付けている言ってみれば何でも屋さんだ。
それに冒険者ランクを上げといて損は無いわけだしせっかくだ、何か短期間で終わる簡単なクエスト受けてさっさとこの町を観光でもするか。
「そうですね……。この近くですと…」
すると受付のお姉さんがモニターをポチポチとタップし情報をかき集める。
「何か希望はありますか?」
「魔王討伐は無いのかい?」
「あ、精神科ならこの近くにありますね」
「ひたすら苦しむモンスターorヒューマンを見続けるってクエストは……」
「これ、精神科の地図です」
精神科までの地図を持って『何故?』とでも言いたげに俺を見つめる二人。
……ほんとに行って来ればいいのに。
「じゃあ……なるべく早く終わるので」
「なるべく……あ、ではこちらなんてどうでしょうか?」
渡されたのは精神科までの地図………などでは無くピンクの紙で丁寧に包装された子守の依頼書。
どうやら今日の朝突然入った依頼らしい。
「ええっと……買い物の間子供と遊んであげていて欲しい……か」
時間は一時間ぐらい。報酬も2000ギルと時間にしてはかなり割のいい依頼だ。
「分かりました、これにします」
一応何か問題が起こらないようにする為か人数は4人まで、半数以上女性と言う制限は付いているもののイブとエルスを連れていけば問題は無――
「……イブって女性か?」
「大人なの!」
元気そうにあまりにも平たい胸を張り、大人アピールをする幼女……やっぱり幼女じゃねえか。
「安心したまえ、いざとなればワタル、君が女装すればいい話さ」
「安心しろ、いざとなればお前を抜けば半数以上が女性になる」
「!?」
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「じゃあ、お願いしますね。なるべく早く戻るので!!」
「はい!任せてください!」
バックを片手に持った依頼主の奥さん。その後ろでは双子の姉弟が目を輝かせてこっちを見ている。
イブより少し幼いぐらいか……?
エルスが双子の姉弟を預かると俺達は手を振って奥さんを見送った。
「さて、取り敢えず家入るか」
「そうですね。えっと……」
「俺ヨゾラ!」「私ツクヨ!」
「ははっ!僕の下位互換みたいな名前だね」
「……次余計な事言ったらガムテープで縛ってギルドに放置してやるからな?」
子供相手にマウントをとるハクヤはおいといて……双子姉弟をリビングまで誘導していく。
子供が相手なら適当におもちゃで構ってあげていればいいだけの簡単なお仕事。意外とラッキーだったな。
「遊ぶー」「俺もー」
予想通りツクヨがおもちゃ箱の中から様々な人形を取り出してくる。その後に続いてヨゾラもおもちゃのフライパンを持ってドタドタとかけて来る。
するとそんな余裕そうなおれの表情に何か興味を持ったのかエルスが不思議そうに聞いてきた。
「あの……ワタルさんってちゃんと子供の相手出来るんですか?」
「当たり前だろ?お前らと違って言う事聞いてくれるからな」
「へぇ……そこまで自信ありげに言うなら勝負しません?」
エルスがニヤリと笑う。
「勝負?」
「はい、奥さんが帰ってくるまで遊んで、最終的にどっちと遊んでいる時が楽しかったか聞くんです」
「へえ…なるほどな。面白そうじゃねえか。負けたらどうする?」
勝負する以上何かを賭けなければ始まらない。これはお互いのプライドをかけた大事な戦いだ。何か……
「なら負けた方は何でも一つ言うことを聞くってどうですか?ベタですけど」
「別に良いんじゃないか?俺はそれでいい」
「僕もそれでいいさ」
おい、入ってくんな。
「つまり負けた方二人は何でも二つ言うことを聞くって事でOKかい?」
おいおい増やすな増やすな!
「ま、まぁ私の勝ちは決まっているようなものですし……いいですよ」
ハクヤの参戦に動揺しているエルスだが負ける気は微塵も無さげだ。
だが俺も負ける気はない。
「流石にお前らよりは俺の方が常識があるからな?負けるわけねえだろ」
「勇者は子供に好かれるからね。僕の勝ちは女神さまが決めてくれているようなものさ」
ぽかんと口を開いて待っている双子姉弟を前に俺達のプライドを賭けた大勝負が始まるのだった。
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「まずは俺と遊ばないか?」
「いいよー」「いいぞー」
元気に返事を返してくれる双子姉弟。俺の作戦としてはこうだ。
この姉弟はおそらく元気で走り回って遊ぶタイプ。遊びは向こうの考えたものをやらせてあげ、適度に追いかけてあげるだけで楽しませる事が出来るだろう。
ならば問題は心を掴む事。優しいお兄さんを演じるのだ。さすれば自然と子供は懐いてくれる。
「お店屋さんごっこー」「ごっこー」
おや?やけに静かな遊びだな。まあ、別に問題は無い。心を掴むことから始めよう。
「お兄さんがお店のひとー」「ひとー」
「よし、じゃあ、お兄さんが食べ物を売るからな?」
「はーい!」「はーい!」
順調順調!ここまで聞き分けが良いと軽く感動するな……。
俺は近くの野菜の形をしたおもちゃをバラバラに置き、八百屋さんの真似をする。
「いらっしゃいませ!何か欲しいものはありますか?」
「おい、このバックに野菜を詰めるんだ!早くしろ!」「しろー」
「……お客様?」
「うるさいぞ!ばーん!」「ばーん」
短気かよ。
「ちょっと待――」
「お兄さん死んだー」「死んだー」
二度とお店屋さんなんてするかボケ。
「あはははは!ワタルさん殺されちゃってるじゃないですか!『お前らよりは俺の方が常識があるからな』でしたっけ?常識付けてきてから言ってくださいよ〜!」
後ろではハクヤとエルスが大爆笑。ハクヤに至ってはデュソルエレイザーを抱えながら笑い転げている。
……あのまま斬れねえかな。
こうして俺の作戦は失敗。続いてエルスの出番だ。
「まあ、見ててくださいよ。子供は甘えたくなるものなんです!優しいお姉さんである私が心をばっちり掴んでみせます」
やらしいお姉さんが不思議な事を言っているが、実際どう心を掴むのかは気になる。
「お姉さんもばーん」「ばーん」
「私には効きません!」
ほう……エルスは意地でもお店屋さんを続けるといった作戦をとるらしい。
二人が気に食わなかったら負けの一か八かの手段だが……
「すごーい!」「すげー!」
好評のようだ。これぐらい頭空っぽにしたほうが子供には馴染めるのか?
「見ました?一瞬にして心を掴むことが出来ましたよ!私の勝ちですね!」
勝ち誇るエルスにイラッとするも双子姉弟があそこまで楽しそうにするとは……少しエルスを舐めてい――
「お姉さん強い!」「強い!」
唐突に空気が変わった。
「もっともっと!」「もっと!」
「はい?もっと?」
ツクヨがドタバタと満面の笑みで何処かへ走っていく。何か探しに行ったようだ。
あ、帰ってき――!?
「攻撃!」「攻撃!」
双子姉弟が手に持つのはおもちゃでは無く本物のフライパン。焼くもよし、炒めるもよしの正真正銘鉄で出来たごく普通のフライパンだ。
……多分こっちにも来るよなぁ。
エルスが口をパクパクさせながらこっちを見ているがこの際それは無視するとしよう。
「やれー!」「やれー!」
はぁ…まさか、討伐依頼でもないのに戦うとは思わなかったな。だがこれでも俺達は冒険者の一員。舐めないでもらおうかッ!
「お仕置きの時間だあぁぁぁぁぁッ!!」
この後どうなったかは言うまでもない。
ただ一つ、確かな事があるとするならば俺とエルスに深いトラウマが植え付けられた事だった。
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