第31話 愚痴だな
「なあ、イブ?どうしたんだ?」
目の前にはメラメラと焼け落ちた橋と真っ青な顔で腕を組んでいるハクヤ。
だが、イブは手を握ってくるだけで何も話してはくれない。
……困ったな。
そんな俺をエルスが引っ張る。そして耳元で言った。
「もう!ワタルさんは鈍感ですね…。ハクヤさんの必死に逃げ惑い、苦しむ顔が見たかったに決まってるじゃないですか!」
お前じゃねえんだよ。
「……っていうのは嘘で…本当は悔しかったんじゃないですか?」
「悔しかった?」
「はい。イブちゃんはまだ子供ですが、しっかりしている子なのでハクヤさんが活躍しているのに自分が何もしてないという状況がムズムズしたのかと……」
しっかりしている子かどうかは議論の余地があるが確かにイブはどこか負けず嫌いなところがあるからな……。
「それに…ワタルさんが褒めてたので」
「そうか……」
もしかしたらイブも何かしら褒めて欲しかったのかもしれないな。あとでこっそり何か手伝ってもらうとしよう。
俺は横で頬を膨らませているイブの頭を撫でると荷物を整え、また歩き出す。
「……まあ、もしくは」
「ん?」
「ただ単純にハクヤさんが嫌いだったとか」
どうしようもねえじゃねえか。
✦★✦★✦★✦★✦★✦★✦★✦★✦★✦★✦
「……腐敗した木が増えてきたな。この近くなのか?」
「はい……。以前魔王軍の方と遭遇したのがそ、そこの大きな岩があるところで…」
クラリスが指差すのは苔のびっしり生えた大きな岩。
近付くと表面に何か傷が多くついていることに気が付く。
「文字か…?何か書いて――」
「ちょ、ちょっと見せて下さい!」
「お、おう」
珍しく強気なクラリスが顔を近づけ、まじまじと岩の文字を眺める。
文字の書いてある場所には苔が生えていないな……。最近書かれたのか?
さて、なんて書いてあるのか――。
「……これモンスターが使う文字ですね」
読めねえよ。
「で、ですけど大丈夫です!私…少しは読めますから!」
これは幸運だな。流石守護精霊。昔のこの森にもモンスターは生息していたわけだし意思疎通が出来るくらいには読めるようにしているのかもな。
「なら読んでもらってもいいか?」
「りょ、了解です!どうやら何か日記のようなものが……」
お、魔王軍の機密情報でも書いてあるか?
「えっとぉ……『1月15日今日はエネルギー放射爆破計画開始から12015日目。フェレビア様に6回も殺されたワン。あのクソ上司いつか後ろから刺してやるワン』……」
静まり返る空気。
「えっ!?な、なんで黙っちゃうんですか!
ちょっと!皆さん!も、もしかして続きも読めって事ですか?…つ、続き読みますよ?」
俺達は誰一人として反応せず一人で慌てるクラリスは動揺しながらも続きを声に出す。
「そ、それでは…『1月16日目今日はエネルギー放射爆破計画開始から12016日目。フェレビア様に8回も殺されたワン。大体なんであんな偉そうに格好つけて命令出来るワン?
鏡見た事無いのかワン?お前の顔最近溶け始めてんぞ!?ワン』……」
……なるほど。
「愚痴だな」
「愚痴ですね」
「愚痴のようだね」
「愚痴なの」
はい、全員一致。機密情報という微かな希望がズタズタにされました。
残念ながら話としてはクラリスの記憶に出て来たコボルトが上司(?)である骨のモンスターを嫌っている事しか分からなかった。
「はあ…期待したんだけどな」
俺は分かりやすく肩を落とす。しかしそんな俺を見てエルスは薄く笑う。
「まあまあ…。でも案外見えてきましたよ!
今日の日付は1月17日。と、言うことは?」
と、言うことは?
「――ッ!そっか!ここで隠れてればあのコボルトが日記……もとい愚痴を書きに来る可能性があるのか!」
「正解です!」
「頭良いな!よし、この辺で隠れられる場所と言えば……」
もちろん知るわけが無い。
「隠れるなら高い場所が良いんじゃないでしょうか?この辺り一帯を把握出来ますし」
「そうだな。取り敢えず気に登るとして…」
辺りを見ても腐敗してはいるがまだまだ背の高い木が立ち並んでいる。
「あれと…あれ、あれそしてあれだな」
俺は岩を囲むように登る木を指定したあとイブを肩車し、どうにか木へ登らせる。
そして配置は岩を地図の中心として右上を俺とイブが担当、右下をエルス、左上をクラリス、左下をハクヤといった形だ。
ちなみにクラリスは登る必要が無いらしく
木と同化している。
「おーい!全員位置についたか?最初に言っておくがここで捕まえても意味は無い。帰って行くところをついていくんだ」
「了解です!」「了解したよ」「了解なの」
三人の声に合わせてクラリスは木を大きく振動させてくれる。
よし、時間は既に夕方。魔王軍がよっぽどブラックな職場でなければそろそろやって来てもおかしくは無いが―――。
「来たの」
「え?」
突然腕に抱きかかえているイブが目を鋭くして森の奥を睨む。
「俺にはそんなの見えな――あ……」
否定しようとしたその時、森の奥から一匹のコボルトが姿を現した。
「す、凄えな……。よくこんなとこから…」
「イブは凄いの?」
「ああ!凄い凄い!」
先程褒めてあげられなかった分もここで褒めておいてやるか。イブの頭をワシャワシャと撫で、コボルトが愚痴を書き終わるのを待つ。
「お、終わったか?」
満足したのかコボルトはまた森の奥へ戻っていく。
「よし、尾行するぞ。静かにな?」
「任せたまえ、僕は元の世界で運命の出会いをするために気になる女性の通る道を調べ道の角でぶつかるために尾行したことがある。その経験が役に立つときが来たようだ…」
おい、誰かこいつを閉じ込めておけ。
✦★✦★✦★✦★✦★✦★✦★✦★✦★✦★✦
「……遠いな」
「そうですね……こんなにこの森が広いなんて知りませんでした」
尾行中、俺とエルスが弱気な声を上げるのだが、何故か不思議なことにイブとハクヤ、クラリスはケロッとしている。
クラリスは守護精霊だしなんとなく不思議なパワーがありそうな気はするのだが……。
「イブ?疲れないのか?」
「楽しいの!」
どうやらイブは楽しいと捉えているらしいな。まあ、子供はよく分からないことで笑う事もあるし違和感は無いな。
「ピクニックみたいなの」
それは絶対に違うけどな。
「僕からすればこんな尾行朝飯前だね。おっと今は夕方だったね。ハハハハハッ!」
誰かこいつを殴ってくれッ!!!
「ひ、ひらけた場所に着いたみたいです」
そうして尾行も終了し、俺達はゆっくりとコボルトの進んでいく先を見る。
しかし―――。
「……何だよこれ。大きな…クレーター?」
「こんな所…私…知りません……!」
そう……俺達の目の前に広がっていたのは直径約二百メートルは余裕であるだろう大きなクレーターだった。
新規登録で充実の読書を
- マイページ
- 読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
- 小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
- フォローしたユーザーの活動を追える
- 通知
- 小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
- 閲覧履歴
- 以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
アカウントをお持ちの方はログイン
ビューワー設定
文字サイズ
背景色
フォント
組み方向
機能をオンにすると、画面の下部をタップする度に自動的にスクロールして読み進められます。
応援すると応援コメントも書けます