第21話 にっこり芋虫

 結局エルスは女神、俺は荷物持ちという設定で過ごす事を決めた俺達は何一つ動揺を見せることなくテーブルへ戻ってきた。


「改めてよろしくな!俺はワタルだ。一応勘違いしてるみたいだけど俺はただの荷物持ちのヒューマンだからな?」


「そうですよ!もちろん私は本物の女神なんですけどね!」


 『女神』をやたら強調するエルスと誤解を少しだけ解く俺。


「すみません……。私、変に早とちりしちゃって……間違えられたストレスで爆散とかします……?」


 そんな機能はヒューマンには無いです。


「いや別に大丈夫ですって!それより俺、まだあなたの名前聞いてなくて……」


「そ、そうですよね……。私まだあなたに自己紹介も出来てなくて……駄目だなあ…だから私……」


 彼女は小さく俯き、何かを思い出したかのようにそんな事を言う。


 ……何か少しやりずらいな。


「えっと、私クラリスって言います。一応…この森の守護精霊やってます……」


「守護精霊?」


「…はい。守り神みたいなものだと思ってくれて大丈夫です」


「なるほど。だから俺達が危険なときにすぐ助けに来ることが出来たのか!」


 守護精霊ともなればこの森全体を見渡すぐらい造作もないだろうしな。


「ち、違います違いますううう!!私そんなに凄くないです!!ただの偶然なんです!偶然綺麗な魔力に誘われて歩いていたら誰かが倒れていて……確かに昔は出来てましたけど……」


「それでもクラリスが助けてくれた事に変わりはないだろ?改めて礼を言わせてくれ」


 褒められることにあまり慣れてはいないのかクラリスは顔を赤くしてその場にうずくまってしまう。


「次は赤……流石信号精霊だね。さて、大体まとまった事だし僕は少し外へ出てくるとするよ」  


 するとハクヤが逃げるかのように突如そんな事を言い出した。


「どうしたんだよ急に?ほらっ、もう外は暗くなってきたし夕食になるものもイブとエルスが採ってきてくれただろ?今日はここに泊めてもらって明日またこの森を出れば……」


「……君は夕食でそれを食べるのかい?」


 ハクヤのその言葉に不信感を覚えつつもこの状況で贅沢など言ってなどいられない訳であって……。


「え?何だ好き嫌いか?別に山菜ぐらいどうってこと無いだ―――俺もついて行ってやるから川でも見つけて……」


「ワタルさん!?」


「いや、だってさ……。無理じゃん。」


 俺は先程エルスとイブが持って帰ってきたカゴの中で蠢くものを見ながらそっとリュックを手に取る。


「ハクヤさんに何だ好き嫌いか?って聞いてたのは誰ですかッ!!!」


「うるせえ!!山菜だったらの話に決まってんだろ!てかお前普通、食べれそうな草とか採ってくるだろうが!」


「……その子も食べれますよ」


 それはそうだろうな。


「けどな……やっぱこう……なんつーか、モゾモゾしてるのは……」


 ほら、カゴからこんにちはって……。


「……もしかしてお二人とも虫が苦手とかだったりします?」


「ぼ、僕に苦手なものなんてあるはずが無いじゃないか!そもそもこの前ゴキブリを華麗に倒したばかりだしね」

 

 ハクヤは足を折れそうなくらいガタガタさせながらも否定するがまるで説得力が無い。


 正直デカい虫はモンスター扱いだから特に気にはしないんだが小さいのは……いや、俺は虫ぐらい平気だけどな?ほんとだぞ?

 

「……だったら食べて下さいよ」


「「嫌です」」


「あの……横から失礼しますがこの森の芋虫ちゃんは栄養たっぷりで……にこにこ笑って可愛らしいんですよ……?」


 栄養があればいいって訳じゃねえよ。てか笑うって何だよ。


「ひいいいッ!?ごめんなさいいい!!私なんかが割り込んでごめんなさいいい!!そんな怖い顔しないで下さいよぉ……」


 俺が冷たい目線を向けただけでクラリスはおずおずと逃げてしまう。 

 本当にこいつがこの森を守れるのか……?


「と、とにかく俺達は絶対に虫は食わねえからな?今から川でも探しに……」


「夜行性のモンスターが危ないの」


 袖を引っ張ってイブが教えてくれる。


「そう言われてもな……。その点はハクヤがいるから大丈夫だろ」


「そうだね。僕がいれば向かってくる敵全て燃やし尽くしてあげよう。必ず食べ物を見つけてくるさ勇者だからね」


 頼りにされて嬉しいのか少しテンションが上がっているハクヤは手のひらで青い炎の玉を作り出す。


 ……この森全焼まで見えた気がするな。


「じゃあ何か採ってくるまで戻ってこないで下さいよ?やっぱり虫食べますって言ってもあげませんからね?」


「へっ!そうやすやすと戻ってくる訳無いだろ?お前こそ俺達が何か採ってきてもあげないからな?」


「言いましたっ!言いましたからね?」


 まあ、イブに欲しいって言われたら考えなくも無いが。


 最大限反抗した俺達二人は玄関を出る。


「よし、何か見つけたら戻ってくるよ。それまで少し待っててくれ。それでクラリス、この辺に川みたいなのは無いか?それか果物の木とか……」


「へッ!?ええっと……あちらの方角にモモって言う果物が……」


 クラリスは俺達から見て右の方角を指差し貴重な情報をくれる。


「ありがとうな、いろいろ。すぐ戻るから」


「お、お気を付けて……」


 そして会話の最後、ひっそり付け足すようにクラリスは言った。


「この森、夜は大量にゾンビが沸くので…」

 

「いや、それ先に言っ――――」


 バタンッ!とドアが閉まる。

 きっと今開けると、あれあれ?戻るの早くないですか?とか言ってエルスに煽られるだろう。それはなんとか回避したい。


「……ハクヤってアンデットオオカミ倒せてたしゾンビもいけるよな?」


「愚問だね。アンデットの類いは大体燃やせば何とかなるはずさ。それより早く金銀財宝を見つけに行こうじゃないか?」


 目的変わってんじゃねえか。



 クラリスに教えてもらった方向に歩くこと2分、俺達はモモのなる木を見つけた。

 これだけ早く見つかったとなれば恐らくエルスとイブはこちらには来ていなかったのだろう。


「……以外と近かったな」


「僕ほどの勇者になれば木から近づいてきてくれているのかもしれないね」


 木は歩かねえだろうが。


「馬鹿なこと言ってないで早くこれをリュックに詰めて――」


 その時だった。一瞬のうちに辺りの空気が変わるのが分かる。

 しかし俺が違和感を感じたのもつかの間、謎の土埃が俺達を囲む。


「おいハクヤ、これって……」


「あるあるだね。勇者は囲まれるものだ」


 土の中から手を伸ばし腐敗したヒューマンが地上へと上がってくる。

 俗に言う…「ゾンビ」である。


「早く燃やしちまえハクヤ!!好きなだけぶっ放していいぞ!!せっかく水の初級魔法を覚えたんだ!!俺が消化してやるからッ!」


「任せたまえ!フォーエバーフレイム!」


 ハクヤお得意の永遠の業火がゾンビの群れを包み込む。流石にこれでは灰しか残らないだろう。


 ヴォ…ヴォ…とゾンビが何か言葉を発しながら燃えている。

 一つ気になる事とすれば……


「……こいつら何で倒れないんだ?」


 ゾンビは燃えながらもゆっくりと距離を詰めてくる。まるでハクヤの炎が効いていないみたいな……。


「……これはアレだね」


「……アレ?」


「ずばり、火属性耐性」


 ピンポイント過ぎるだろうが。



 そう、俺達の目の前に現れたのは火属性耐性を持った集団ゾンビであった。

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