第20話 握手したら仲直り

 ドタドタドタドタッ!と音が響き、その瞬間微かなホコリの匂いが俺の鼻を刺激した。


「ん……ん?ボゥォッホ!ボゥォッホ!」

 

 ちょ、何だこれ!?ホコリが!?


「す、すみません!お掃除は苦手で……」


 俺がホコリの強襲によって怯む中、聞き覚えの無い声が俺の耳へ届く。

 その声はまるで女神が歌っているかような透き通った声。ついつい聞き入ってしまう。


「あの……?大丈夫ですか?も、もしかしてホコリが原因で持病が……!ああ…!私とうとう人殺しに!?ごめんなさいいいい!!」


 それは無いです。


「い、いや大丈夫ですよ!この通り元気ですよ!ピンピンですよ!」


 ようやく現在の状態を理解し、重い頭を上げながら薄っすらと目を開く。

 正直、呪いの王冠が頭の重さの8割を占めている気がする。これ10キロぐらいあるだろ。

 

「……ん?」


 するとそこには見知らぬ美少女。歳は……俺と同じくらいだろうか?綺麗な白髪を指でなぞりながら、起きた俺をオドオドと覗き込んでいる。


 ……この状況、何が正解だ?やはり最初は感謝からだろうか?


「えっと……助けてくれてありがとうございます。一体此処は……?」


「あ!す、すいませんんんん!!こ、ここがどんな場所なのかも言わなくて……!も、もしかして盗賊か何かだと思ってますッ!?やっぱり思ってますよねッ!?やめてくださいいいいい!!!殺さないでえええええええええ!!」


 ……何となく分かった。こいつバカだろ。


 経験上初対面で叫びだす奴にマトモな奴はいなかった。俺の直感は正しいはず…。


「落ち着いてくれ!別に疑ってなんかないから!俺はただお礼を言いたいだけで……」


「え……?」


 涙目でこちらをチラッと見てくる。


「本当……ですか?いきなり手からビーム出して来たりとか……」


「出しません」


「毒ガス噴射したりとか……」


「しません」


「「……。」」


 俺と彼女の間に妙な間が流れる。


「なあんだぁ!良かった!」


「……お分かり頂けたようで」


「精霊さんだったんですね!」


 やっぱ分かってねえじゃねえか。


「あれぇ!?そ、その顔……精霊さんじゃないんですか!?ど、どうしよう……私が眠っている間に何が……」


 一向に話が進む気配が無い。どうにかして経緯を聞きたいものだが彼女が慌てていてこちらから話す隙がない。

 俺は辺りを見回す。家の中は散らかっていて長年放置されていたかのようにホコリが溜まっている。窓から見える景色から怪人の森だという事は分かるが……。


「と、とにかく今回はありがとうございました!すぐに出て行くので!」


「あっ!今、外にでたら!」


 他の三人を探す為に近くに置いてあった俺のリュックを確保し、家を飛び出そうとした時だった。


「ネオライト・フォトンプラズマ!」


 バチィィィンッ!!!と轟音が響き、俺の顔僅か十センチ前を巨大な雷の塊が通り過ぎる。


「おや?ワタルも起きたようだね。ははっ!丁度今、体を動かしていた所さ!一緒にどうだい?」


「……。」


「聞こえないのかい?まったく勇者である僕の声が届かないとは残念な耳だね」


 ハクヤがやれやれと歩いてくる。


「……なあ、ハクヤ…これ見てくれ」


「何か面白い物でも?」


 覗き込むハクヤの顔が俺の右手へとゆっくり近付く。


「……?何も無いじゃないか?」


 そして最大限ハクヤの顔が近付いた所で…


「……フラッシュ」


「あ…」




✦★✦★✦★✦★✦★✦★✦★✦★✦★✦★✦

 

「……いい加減許してくれないだろうか?」


「ばあああああか!!」


 俺は目の前で謝罪するハクヤに対してブチ切れながら夕食を探しに行ったらしいイブとエルスを待つ。


「あわわわわ!?なんでこんなに険悪に!?ほら!勇者様も精霊さんも仲直りしてください!握手したら仲直りですよ!せーの!」


 頑なににテーブルから離さない俺の手を引っ張りながら顔を赤くする美少女を見ながら俺はもう片方の手でお茶を飲む。

 何故かこの家にはお茶が無かったので自前の緑茶だ。

 

「いや、だから何でさっきから俺の事を精霊さんって呼んで――」


「ただいまーーなの」「戻りました」


 すると、丁度俺の言葉を遮るかのように二人が帰ってくる。


「あ!ハクヤさん起きたんですね!一人だけなかなか起きなかったのでもう駄目かと思いました……!」


 なんで俺こんなに殺されかけてるんだよ。


「一応、もしもの為に埋める場所も探してきてはみたんですけど……」


「……お前には後で話がある」


「……冗談です」


「あっちの大きい岩の裏なの」


「あ!?」


「良くやったイブ」


 俺は擦り寄ってくるイブの頭を撫でながらジリジリとエルスへ距離を詰める。


「あわわわわ!女神様まで!落ち着いてくださあああああい!!!無事だったからいいじゃないですかああああ!」


 すると突然、先程まで顔真っ赤にしていた美少女が今度は顔を青くしバタバタしだす。

 

「ふっ……赤から青。信号みたいだね」


 うるせえよ。信号って何だよ。


「…ってそれより女神様って言ったか?今」


「す、すみませんんんんんん!!やっぱり私みたいな弱小精霊が女神様の名前を呼ぶなんて許せませんよね!?」


「いや、そうじゃなくて――」


「……少しお話が」


 エルスがまたもや俺の言葉を遮って服を引っ張る。まったく……さっきからタイミングの悪い……。

 



 そして重要な話があるからとそのまま俺を外まで引っ張ってくると、エルスは話した。


「勘違いをしてる!?」


「そうなんです!」


「いや、流石にそんな勘違いあるはずが…」


「普通は無いですよね!?」


「お、おう」


 凄まじい圧のエルスに気圧され少し怯んでしまう。


「で、でも何で?」


「それが……」


 話を聞くと意外と変な話だった。

 まず、エルスが起きた際には既に女神様扱いだったそうだ。そしてそれは恐らくハクヤが自己紹介をしたからだとのこと。

 まあでも大体の予想はつく。おおよそハクヤが自分は勇者だと名乗り、俺達のことを少し誇張して伝えたのだろう。


「でも何で俺は精霊なんだ?」


「それはきっと彼女が精霊だからだと思いますよ」


 そういえば確かにさっき自分を弱小精霊だとかどうとか……。


「一体どういう事だ?あの子、普通のヒューマンにしか見えなかったんだが」


 精霊といえば小さくてふわふわ飛んでいるしているイメージしかない。


「えっと…、それは分かりませんけど魔力の質がとても綺麗なので精霊なのは間違い無い筈です。そして……実はワタルさんもかなり魔力の質が綺麗なんです!」  


「俺の魔力が?」


「はい。限りなく精霊に近いくらい。だからきっと勘違いしたのかと……」


 へえ……。良く分からないが悪い気はしないな。


「よし、状況も分かったことだしまずは誤解を解いてだな」


「それなんですけど、今のままの方がいいかと……」


「そりゃまた何で?」


「精霊ってヒューマンが苦手なんですよ。森や海を荒らしているのは私達なので……。だから誤解を解くと何処かへ逃げて行っちゃうと思うんです」


 確かに精霊がヒューマンの前に姿を表すことは珍しい。彼女が本当に精霊だったなら貴重な体験と言える。


「それに……あの子が逃げちゃったら私達この森出られないので……」


「……今なんて?」


「先程夕食になるものを探して来たんですけど……無いんです」


「……何が?」


 額に汗が溜まってくるのが分かる。


「この場所、地図に載ってないんです」


「はああああああああッ!?なら何処なんだよ此処は!?」


「それが分からないから今彼女に逃げられる訳にはいかないんですよ!」


「うっ…そうだな」


 焦る気持ちを抑え込み息を整える。先程と違ってもう誤解を解こうなどという気持ちは1ミリもない。


「でも大丈夫なのか?お前聖職者なのに女神様の名を騙ったりして……」


「あ、私女神とか信じてないので」


 うっそだろおい。

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