怪人の森

第19話 バーニングチャレンジ

 森を吹き抜ける風がゴオオオオッ!と音を立て俺達の背中を押す。


「……なんか天気悪くないか?」


「確かに…森に入ってからすぐに天気が悪くなって来ちゃいましたね……」

 

 そろそろ俺達はここ『怪人の森』に入って10分ほど歩いただろうか?周りの景色は特に変わった気配が無いがだんだんと空は曇ってきている。雨が降り出すのも時間の問題だろう。


「この森を抜けるまでは確か……1日あればいけるか……」


「一日ですか?なら野宿は確定ですね。それなら皆さん寝袋とか大丈夫ですか?」


 その質問に足が硬直する。


「さ、流石に大丈夫だろ。冒険者なら野宿ぐらい誰しも経験が――」


 だからすぐ目を逸らすんじゃねえよ。


「ぼ、僕は勇者だよ?野宿なんてするわけないじゃないか?それより王道だとこの先の道でエルフが盗賊に襲われてると思うんだが」


 物騒な事予測してんじゃねえよ。それより野宿の心配をしろ。


「あのなぁ?そもそも人間の事を嫌ってるエルフがこんな人の通る森までこないだろ」


「エルフは人間を嫌っているのかい?」


「な!?ほんとお前何処で育ったんだよ…」


「地球だが」


「へえ…チキュウねえ……ん?チキュウ?」


 聞いたことねえな。少なくとも旅人御用達の『これはおすすめ!美人騎士団長が選ぶ名観光地!』には載ってなかったはず……。


 俺は昔父さんから貰った観光地ガイドの記憶を遡るが思い当たる地名はない。ハクヤが育った場所ということで少し気にはなったがこれ以上足を止めるわけにもいかない。今度暇があったら調べてみようと決め、再び歩き出す。


「まあ、安心するがいいさ。いざ野宿をするという状況になったら僕のスーパーテクノロジーが火を吹くよ」


「……期待はしてないけど言ってみろ」


「その名も『ライター』」


 生活必需品だろうがぶっ飛ばすぞ。


「……ちょっと貸してみろ」


「見たいのかい?まったく…僕の世界ではこんなの誰でも持っているのにね。まあいいさ、這いつくばってジロジロ見てくれて構わないよ」


「……アリガトウ」


「良い事をすると気持ちがいいね。きっと女神様も僕のことを見守って――」

 

「飛んでけオラァァァァッ!!」


 俺は全力で足を踏み切りライターをぶん投げる。すると、俺が投げたライターは宙を舞い、木に激突して………、そして謎の豚の前へ着地した。


「何故投げるんだい!?」


「うるせえッ!生活必需品だわバカッ!文句言うならせめてもっとマシなもん出してみやがれッ………て何だその豚?」


「む……ライターが珍しくないだと……?まさか既にライターを伝えた転移者がいたとは驚きだね。……しかし人の事を豚とはいただけないなあ?」


 お前じゃねえよ。後ろだ!後ろ!


「勇者である僕に豚とは……女神様から天罰がくだるよ?これは僕の世界の話なんだが僕に喧嘩を売ったヤンキーは一瞬のうちに…」


 ハクヤがよく分からない事をもくもくと話す中、今までの出来事から何かを察したのかイブとエルスは俺を盾にするかのようにして隠れる。

 イブに関しては隠れつつも目をキラキラさせながら豚を見つめているので少し気になるところだが……。


「ワタルさん!ワタルさん!あれ、バーニングピッグですよ!」


「バーニングピッグ?」


「そうなの!美味しいの!」


 イブがうっとりした顔で俺の手を握ってくる。よだれがあッ!!よだれがあああ!!

 

「お、美味しいのは分かったんだが、なら何故隠れる必要が?」


「……バーニングピッグは火薬や火を感知する事が出来るんですが、その……火を見つけると嬉しくなって周りに熱気を放つといいますか……」


 いや、何で森にそんなのがいんだよ。


「マジかよ!?じゃあ早くココから立ち去らないと駄目じゃねえか!おい!ハクヤも喋ってないで早く―――」


「待って下さい!」


 俺が言い終わる前にエルスからのストップがかかる。


「なんだよ?熱気を放つんだろ?この場にいても焼死体が出来上がるだけだぞ?」


「い、いえ…あの、バーニングピッグは熱気を放つ際とても無防備になるんです!そしてそこを狙えば……」


「なるほど!今日の夜、上手い肉が食えるってことか!」 


「殺っちゃうの!」


 そう聞くと俄然やる気が湧いてきたな!


 俺はバーニングピッグに目を向けるがまだライターをツンツンとイジっているだけ。中の液体によっぽど興味があるらしい。


「で、熱気を放つんだろ?どうやって近くまでいくんだ?」


「ふっふっふっ……こんなときの為に私の隠しスキルが役に立ちます!」


 やっぱり他にもあんのかよ。いや…でもこれで一つ判明するし悪くはないか……。


「どんなスキルなんだ?この状況を解決するってんならシールドみたいな……」


「そうです!お見せしましょう!」


 エルスが手で魔法陣を描くようにして俺達四人を包み込む透明な膜を作り出す。


「なあ…これは一体……」


「その名も『パーフェクトディフェンスフィルム』この膜が私達を包み込んでいる間は何も通すことはありません!もちろん魔法も効きません!」


「何だそれすげえ!!何で今まで使わなかったんだよ!」


 これさえあればモンスター討伐なんてさぞ楽だっただろうに……。

 いや、今さらそんな事思っても仕方ないよな。今は豚を殺るのが精一杯だ。


「よし……近付いてライターを着火、バーニングピッグが熱気を放ったらすぐに仕留めるぞ!イブ、お前に任せた!」


「首をプッツンなの!」


 よしよし……何とか順調だな……。まさかこんなに素晴らしいスキルをエルスが持っているとは思っても見なかった。

 珍しく順調に進むので緊張からか自分の息が若干荒くなるのが分かる。


 ……ん?いや、違うッ!苦しいぞッ!何だこれ!?


「エルス!なんだかさっきからすげえ苦しいんだが何かしたのか!?」


「奇遇だね。僕もそろそろ意識が途切れるところだよ……。ぜぇ……はぁ……」


 死にかけじゃねえか。ってハクヤに構ってる場合じゃねえッ!


「あ……多分このスキル空気も通さなくなりますね……そろそろ無理そうです」


「バカああああああああ!!!!!!」


「そんな…大声上げたら……酸素が……で、でも何とか…魔法陣…を消せば……」


「は……や…くしろ…」


 酸素不足で意識が途切れそうになりながらも声を絞り出す。ちなみにハクヤは既に気絶済みである。


「今…急い…………――――」


「――――!?おい……――――」


 ハクヤに続き、エルスも倒れとうとう打つ手が無くなる。


「――――ですか!?―――さい!」


 誰だ……一……体…何を……言って……。


 もう、何も聞こえない。


 ゆっくりと意識が消えていく中、俺が最後に見たのはピンピンしたイブと謎の女性が俺の肩を揺らす光景だった。

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