第12話 冒険者になるか……

「おにーちゃんは全部見ちゃったの…だからごめんなさいなの……」


 現在俺と対峙しているのは随分とオシャレなパジャマを身に纏ったサイコパス幼女。


「お、おい?……イブ?落ち着けって!そんなもん人に向けるんじゃ……」


 真っ赤に染まりテラテラと光っている杖をこちらに向けゆっくりとイブが歩いてくる。

 俺はガタガタと震えた足で後退るが背中に平らな感触を受け気付く。後ろにあるのは真っ白な壁だけ。逃げ道なんてものは無い。


 一歩――ニ歩――三歩――――


 来るな……おい…やめろ……!  



 目の前で杖が振り下ろされる。

 




 そこで俺は目を覚ました。


「―――ッハアァァァ!?」


 目を開くとそこには見知らぬ天井、そしてグシャグシャに濡れた枕。


 何か怖い夢を見た気がしたんだが……。


「おにーちゃん?」


「ヒッ!?」


 顔を上げるとドアの前に立っていたイブが目に入る。先程までのは夢だと確信できるが残念なことに昨日の夜起こった事は夢では無い。

 今でもハッキリとあの恐怖の光景が頭に残っている。


「……?もう皆下に集まってるの」


「あ、ああ……そうだな…。すぐ準備するから待っててくれ……」


 イブが部屋から出ていった後、俺は少し今の状況について考える。


 特に何かこの宿で事件が起こった訳では無さそうだ。もし何かあったなら宿の客は集められるはず……。

 殺した後隠蔽でもしたか?


 いや、もしかしたら昨日の事は疲れ切っていた俺の脳が見せた夢である可能性も……。

 しかしそれなら何故こんなにハッキリとあのときの事を?しかし事実は定かでは無いが今のところ俺がどうにかなるってわけでも無さそうだしな……。


 考える事を放棄した俺はすぐに着替えを済ましイブと一緒に一階へ降りる。途中、イブの泊まっていた部屋が見えたがその部屋には

血の跡すら無かった。


 やっぱり俺、疲れてたみたいだな。



 一階では既にハクヤとエルスが料理を囲んで椅子に座っていた。

 

「ワタルさん、遅いですよ!もう料理来ちゃってます!」


「すまん!少し変な夢を見て……」


「ほう…変な夢とはまさか君が勇者の導き手だったか……」


 自称勇者様は朝から飛ばしてんなあ……。


「まあ、それはいいですけど。今日はどうします?一刻も早く呪いの王冠を外したいんだったらすぐにこの町を出なければいけませんが……」


 エルスの言っている通り呪いの王冠を解呪するには隣の国まで行かなければならない。

 それは別に構わないんだが……問題は別にある。


「ふっ……それなら僕がいるから安心したまえ、勇者の聖なる力で近付いてきた雑魚モンスターを粉々にしてあげよう!」


「イブが全部倒すの!」


 こいつらである。


 倒せばモンスターをアンデットに変える幼女に隠してた魔法で状況を良くも悪くも一変させる自称勇者。


「やっぱり俺も自衛ぐらいは出来ないと生きていけないよな……」


「でしたら冒険者ギルドへ登録に行きませんか?」


 俺が嘆いた言葉に反応してエルスが提案する。


「冒険者か……」


「はい!冒険者ギルドに所属していればクエストでお金を稼ぐ事も出来ますし、魔法の適正も教えてくれるかと」


 確かに今のところお金には困っていないが必ず底はつく。その時の為に入っておくのもありかもしれない。

 それに魔法を使えれば自衛ぐらいは出来るだろう。


「……確かに登録ぐらいはしておくか」


「それじゃあ決まりだね。先輩として僕が魔法を教えてあげよう」


「絶対にいらない」


「やめてください」


「変な事言ってると斬っちゃうの」




✦★✦★✦★✦★✦★✦★✦★✦★✦★✦★✦

 

「資格獲得のためのテストがありますがよろしいでしょうか?」


「は?」


 俺は唖然として口を開けたまま固まる。

 

 それもそのはず、受付がいきなりテストがあるなどと言い出したからだ。普通、冒険者になるには簡単なアンケートに答えるだけである。

 まさかテストがあるとは……。


「えっと……テスト…ですか?」


「申し訳ございませんが最近、冒険者で一攫千金を目論む若者が増えていまして……」


 受付のお姉さんの話によるとどうやら最近冒険者で一攫千金を目論んだ若者が討伐に向かって帰って来なくなるという事件が多発しているらしい。

 そこで最低限の能力をテストし、合格した人だけが冒険者の資格を取ることが出来るという……。


 なにそれ無理じゃん。


「……すいません。少しばかり考えさせて頂いても?」


「はい……それはよろしいのですが実は今日もう一人テストを受ける方がいらっしゃいまして、同時に受けて頂きたいと思っておりますのでご決断はお早めに」


「了解です」


 お姉さんにスマイルで返した後、俺はすぐに仲間の元へ駆け寄る。


「おい、テストあるじゃん」


「だ、大丈夫ですよ!私のバフをかければ一般人でも岩を砕けます!」


 バチバチ不正じゃねえか。


 いや、しかしそうでもしないと冒険者にはなれないしな……。


「分かった。よろしく頼むよ」


 自分の身の為だ。不正でも何でもして合格するしかない。


「はい!パワーマネジメント!」


 エルスが唱えた途端、俺の腕の幅が約2倍に膨れ上がる。それはもう血管が浮き出るほどにだ。

 凄え……!今なら何でもぶち壊せる気がするぜ!


「よし!行って来る!」


 喜々として不正した俺はゆっくりとテストへ向かうのだった。







―――冒険者ギルドの受付前にて―――――


「……どんなデメリットがあるんだい?あのワタルがあり得ないぐらい素直に受けに行ったが……」


 初めに声を出したのはハクヤ。


「エルスおねーちゃんが普通のスキルを覚えてるはずないの。きっと洗脳の類いなの」


 次に疑問を持ったのはイブ。


「ち、違いますよ!あの魔法は筋力が増加する代わりに知力が落ちます!だからかと…」


 それに答えたのがエルス。


「「「……まあ、何とかなりますよね(なるの)(なるさ)」」」


 そして、不幸なことにそんな楽観的な考えを持っていたのは全員だった。





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魔物→モンスターに統一

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