第13話 猫耳には既視感が

 バフをかけてもらった俺にもう怖いものなど無い。自信に満ちた表情で受付へ向かう。


「すいません!受ける事に決めました!」


「あっ、はい!こちらに――!?」


 なんだろう。お姉さんが死んだはずの彼氏と再会する娘を見る様な目で見てきている気がしてならない。


「あの……う、腕どうしたんですか……?」


「……?元からこんな腕ですが?」


 まあ、迫真の演技で押し切れるだろう。


「えっと…し、失礼しました……こちらへどうぞ」


 ほらな。疑わしきは罰せずってやつだな。


 疑いはするも強くは出られないお姉さんは俺を冒険者ギルドの奥へ連れて行く。

 

 恐らくはこの奥に試験場があり、合否が決まるのだろう。そして今回テストを受けるのは二人だったはず……。


「あの…今回受けるのって二人ですよね?もう一人は何処に?」


「もう一人の方なら先に案内しておりますので既にいらっしゃるかと」


「へえ……」


 白い部屋の前までつくとお姉さんはゆっくりとドアを開け、俺を招き入れる。

 部屋の中には沢山の机と椅子。そしてドアの前では試験官らしきおじいさんが立っていた。


「早く座りなさい。すぐにテストを始める」


「は、はあ……」


 着席を促され指示通り座る俺だが一つ重大な欠陥に気付く。


「あの…テストって……」


「はい。冒険者としての基本的知識ですか何か不都合が?」


 筆記かよ。クソが。


 バフの意味ねえじゃん。俺、冒険者に必要な知識とか無いよ?か弱い旅人だよ?

 もう一人は説明されていたのだろうか?


 左隣の席にいるもう一人の冒険者志望さんに聞いてみる事にする。机に突っ伏しているので性別が女性だという事しか分からないがもし受かったら同期になるわけだ。仲良くしておいて損はないだろう。


「すいません。テスト始まりますよ…」


 初めに小声で話しかける。


「ん、にゃあ……」


 だが起きる気配は無く、代わりに猫耳がぴょこぴょこと反応を返してくれる。


 猫耳ってなんか既視感あるよな。


「……始まっちゃいますよー!」


 少し大きめな声にシフトする。試験官のおじいさんは揺すって起こしても良いと合図を送ってくるが相手は女性だ。下手に触ってセクハラで訴えられても困る。


「ん……なにぃ…?」


 おっと、どうにか起きた様だ。しかしこれまた聞き覚えのある声……確か少し前に――


「あ…」


 ようやく相手の女性が顔を上げる。すると同時に俺の視界には有り得ない光景が映し出される。

 長くて綺麗な白い髪にぴょこぴょこ動く猫耳。そしてこの溢れ出る圧倒的ウザさ……。


「まったく……誰よ……この私を起こしてくれちゃっ――!?」


「目を覚ませカスッ!」


「!?」


 俺は何の躊躇いもなくクソ猫を椅子から蹴り落とす。正体がわかった以上もう躊躇など要らない。


 椅子から落ち、盛大に股を開きながら文句を言うこの猫。


 そう、エリーズでの冒険者ギルド受付であるクソ猫ことミレイアがそこにいた。





「ちょちょちょっと誰よ!?こんな可愛くて愛らしい女の子を蹴ったのは!?」


「は……?そんな可愛くて愛らしい女の子は何処にもいねえだろうがッ!自惚れんな」


 顔が100点なら性格は−120点だからな。最終的なトータルは−20点です。ありがとうございました。


「なんですって――あっ!?あんたエリーズにいた貧弱な暴力的ヒューマンじゃ――」


 俺を見た瞬間クソ猫が硬直する。


「な、なんだよ…」


「ねえ…あんたもしかして退化してゴリラにでもなった?その王冠から予想するに群れのリーダーだと見るわ」


 ヒューマンは退化してもゴリラになんねえだろうが。せめてサルだろ。


「ちげえよ。ただ単に今はバフがかかってるだけだよ。ちょっとしたら戻るから」


「ふ、ふぅ〜ん。まあ、それなら別に……てかあんたは何しに来たのよ?まさか貧弱でバカばっか、考えることと言えばエロいことしかないヒューマンが冒険者としてやっていけると思ってるの?」


 クソ猫は腕をぐぅっと伸ばしながら何故かヒューマンに向けて宣戦布告をしてくる。


 ……いいぜその喧嘩かってやるよ。


 俺はクソ猫を指差して高らかに宣言する。


「否定はしない……けどな今回は知識のテストなんだよ!発情期ばっか迎えてる猫なんかに負けるかよッ!ズタボロに負かして跪かせてやるよ」


 その宣言がテスト勝負の始まりだった。



✦★✦★✦★✦★✦★✦★✦★✦★✦★✦★✦


 テスト開始から約30分経過。


「……そりゃ分かるわけねえよな」


 俺、冒険者について詳しく知らねえもん。


「そもそもゴブリンを漢字三文字で書けってなんだよ。モンスターに漢字があるの初めて知ったわ」 


 まったく……初代勇者も変な文字を広めてくれたものだ。分からねえから麌鶩躪とでも書いておくか。


 その他にもダガーの正しい持ち方など旅人の俺には分かるはずのない問題が多数並んでいる。


 このままだと負けるな……。

 

 しかしいくら分からないと言ってもこのままあのクソ猫に負けて煽り散らかされるのもストレスが溜まりそうだし……。


 どうにかして頭を巡らせ最適解を導き出そうとする。しかしそんなスペックがあるわけが無い俺の頭はバグってしまったのかある選択をした。


「……カンニングするか」

 

 そう、カンニングである。このカンニングと言う行為。本来ならば恥ずべき行為なのだろう。しかし今の俺には他に選択肢が無い訳であって……。この場合はきっと神様も許してくれるんじゃないだろうか?


 さて、チラッと左隣の席を――


「あ……」


 俺がカンニングをしようとした瞬間、同じ事を考えていた者がもう一人。目の前で目をぱちくりとさせ冷や汗を流している。


 いや、お前も分かんねえのかよ。


「……何こっち見てんの?」


「……お前が見てるんだろうが」


 と、まあそんなやり取りをしているものの実際はもう気付いてる。しかし俺達の鉄壁なプライドがそう簡単には譲らない。


「……ねえ、あんた?ここは協力しない?」


 そんな冷戦が続く中、終止符を打ったのはクソ猫だった。


「協力って何だよ。そんなことしても分からねえ事に変わりはないだろ」


 きっと俺とクソ猫の頭を足してもこのテストの合格ラインには遠く及ばないだろう。


「ん?あんたはこの事を黙っていてくれればいいわ!」


「黙ってるって一体……」


「まあ見てなさい?スリープ!」


 クソ猫がそう唱えると試験官であったはずのおじいさんがたちまち椅子に持たれかかり夢の世界へと旅立ってしまった。


「ばばばばばバカッ!?何してんだ!?」


「何言ってんのよ?早く解答を写すわよ!」


 マジで言ってんのかよ。


 いや……でもこれなら確実に合格出来るしな……ここは乗っておくべきか……。


「……よし。俺は何にも見てない」


「そう来なくっちゃ!」



 こうして俺は念願の冒険者ギルド所属の証であるギルドカードを受け取ったのだった。

 

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