第11話 落ち着いて警察に
「ちょっ、イブ!ちゃんと肩まで浸からないと駄目だろ!」
俺は意地でも全身お湯に浸かろうとしないイブの肩を押さえて無理やりお湯に浸からせてる最中である。
「んー!熱いお湯は嫌いなの!ハクヤと同じくらい嫌いなの!」
「俺、そろそろハクヤが可哀想に思ってきたんだけど」
と、こんなやり取りをしている訳だがもうご察しの通り異性とのお風呂に夢や幻想など抱いていない。
いや、まあ分かってたよ?別にドキドキなんてしませんでしたよ?
当然最初期待はした。けどイブが脱ぎ始めた辺りで気付いた訳だ。低身長、貧相な胸、幼い顔。
そういやイブって十歳じゃん。
こんな小さい子と一緒にお風呂に入っても興奮するわけが無い。なんかこう……お湯が嫌いな猫と入ってるみたいな……?
こんなの無効だ無効!
かくして、俺の夢は崩れ去った。
「イブ……お前エリーズでは誰にお風呂入れてもらってたんだ?てかそもそも家出してから何処に住んでたんだ?」
その人の苦労が目に浮かぶ。ここまでお湯を嫌がって暴れるんだ、一種のモンスター討伐より大変かもしれない。
「ミレイアおねーちゃんなの」
「誰だそれ?……いや、それよりその人の事をお姉ちゃん呼びするなら俺の事はお兄ちゃん呼びしてくれても……」
「おにーちゃん?」
よし来た。妹GETだぜ。
「すまん、俺のせいで話が逸れたな。で、誰だってそのミレイアお姉ちゃんってのは?」
エリーズでは一度も聞かなかった名前に少し興味が出てくる。今までイブからはそのミレイアって子の話は出てこなかったからな。
「イブがエリーズに来たとき最初に声を掛けてくれたのがミレイアおねーちゃんなの。それで冒険者ギルドに行ったらステータス測定で凄い才能を持ってるって……」
まあ、結局のところはこうだ。
イブが一人でいる事をほっとけなかったミレイアって女神みたいな子がイブを自分の部屋に泊めてあげていたらしい。
それでステータス測定をしたらしたで凄い才能を持っているから冒険者になったと…。
いい話だ……。
「けど…なんかすまねえな。護衛依頼が終わったあとも俺に付き合わせちまって。別れの挨拶ぐらいしたかったよな?」
すると、イブはなんだかキョトンとした顔で振り向く。
「……?別れの挨拶はしたの」
「え、は?いや、だってあのとき少し休憩してすぐ出発したじゃねえか?別れの挨拶をしにいく時間なんて……」
「だってあのときいたの」
イブの口から驚愕の一言が告げられる。
なにそれこわッ!!!誰も気が付かなかったけど実はいたとか……。
ん?違うな。あのとき俺ら以外に……
「も、もしかしてだがそのミレイアって子は猫耳がついてたり……」
「ん!」
「口が引くレベルで悪かったり……」
「ん!」
「貧乳だったり……」
「ん?」
「ああああああ!!!やっぱりかあああ!!クソ猫かよッ!一瞬でもお近づきになれたらとか思って損したああああ!!!」
俺の声がだだっ広いお風呂で反響して返ってくる。幸いにもこのお風呂は防音だと聞いた。これだけ叫んでも誰に聞こえることもないだろう。
「……落ち着くの。おにーちゃん」
……危なかった。どうにかイブのお兄ちゃん呼びで帰還する事ができた……。
「……もう大丈夫。でもあれだ、クソ猫もイブが護衛依頼から戻って来ると思ってるだろうし手紙ぐらい送っとけよ?」
いくらクソ猫が気に食わないと言ってもそこまで嫌いな訳じゃない。手紙をみて安心して貰うぐらいの事はしてやってもいい。
「それなら必要ないの」
「へ?」
予想外な言葉に変な返事になってしまう。
「元々イブもミレイアおねーちゃんも近いうちにエリーズを出ようと思ってたの。きっともうミレイアおねーちゃんもエリーズを出発してる頃なの」
イブはいいとして、ギルド職員が辞めちゃ駄目だろ。あのギルドどうすんだよ。首都だろうが。
……いや、無くても大丈夫か。
「まあ、別にそれならいいんだが……って、おい!どうしたイブ!?」
茹でだこのごとく顔の赤くなったイブがブクブクと沈んでいく。慌てて俺は脇を掴み持ち上げるが――
……軽いな。ッ!じゃなくてやべえ!風呂場で少し話し過ぎたか!
急いでイブにバスタオルかけてリビングへ飛び出す。
こんなときには涼しい所へ連れて行くのが正解だと父さんに聞いたことがある。
「あ、ワタルさんお風呂に入っ――びゃあああああああああ!!!!」
「良いところにエルス!イブを何とかしてくれ!のぼせたみたいなんだが……」
「い、イブちゃんとお風呂に!?こ、こんなときはどどどどうすれば!!ととと取り敢えず落ち着いて警察に……」
なんでだよ。
「バカッ!イブは任せるからな!俺は冷たい飲み物でも買ってくる!」
「ちょっと待ちたまえ。その役割、僕が全うしようじゃないか」
ドアの前ではなにか意味有りげなポーズを取りながらハクヤがニヤニヤしている。
その事にエルスも気付いたらしくハクヤに冷ややかな目線を向けている。
「お、おう。それは助かるんだが……」
「おや?なんで居るんだよと言いたげだね?やれやれ、僕は勇者だよ?仲間が困っていたら助けるのは当然じゃないか。それに今の君が外に出れば辿り着くのは留置場だ」
確かに俺は今、産まれたままの姿をしている。どうやらハクヤはその事を案じて代わりに買って来てくれるらしい。
それよりお前どこ見てんだよ。
「……けど、フッ…男としては僕の勝ちのようだね」
「頼むから死んでくれ」
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「ああ……今日は疲れたな……」
一人部屋ではあるのだが昼間から溜まっていたストレスと疲れのせいか口から独り言が漏れ出してしまう。
あの後結局、イブはエルスが部屋に連れて行った。
既に時間は12時をまわっている為、もう寝ている頃だろう。
……それにしても昼間寝ちまったせいで全然眠くねえな。散歩でもして来るか……。
俺は他の部屋に泊まっている人を起こさないようドアを静かに締め、スパイダーの如く床を這いながら宿の出入り口を目指して進んでいく。
その時だった。反対側の部屋のドアが開いて光が廊下へ漏れている事に気付く。
あれは……イブの部屋か?おっと、なにやら話し声が……
少し開いたドアの隙間から覗くようにして部屋の様子を確認する。
「―ですからッ!早く城にお戻り下さいっ!父君も非常に御心を痛めております!最近ではイブ様を再現した人形に向かって『どれどれ、パパがヒューマンの解剖を手伝ってやろう』などと語り掛け始めまァ゛――!?」
ズシャアァァァァッ!と何か硬いものを切断したような音と共に辺り一帯に真っ赤な血が飛び散る。
ヒィィィィィィッ!!!首ィィィッ!
「……あれ?誰がそこにいるの?」
やばいやばいやばいやばいいい!!!見つかったら俺も……。
明日この宿では死者が2名って……。
クソッ!死んでたまるかっ!
「ニャ、ニャ〜〜〜ン……」
危機回避奥義ネコの真似!いけるかっ!?
「……ネコだったの」
よっしゃ!俺は思わずガッツポーズを取る。今のうちに部屋へ――
「……でもよく考えたらネコが入ってくる訳ないの」
ヒィィィィィィィィィッ!!!!?
真っ赤に染まった杖を片手で握りながらイブが振り返りゆっくりと近付いてくる。
あああああ!!!何でこんなことにっ!?
「ワ、ワンワンッ!」
俺は階段に向けてポケットに入っていた石を投げイブの注意を引き間一髪のところで自分の部屋へと滑り込む。
「ハァ…ハァ…し、死ぬかと思った………」
布団にうずくまり息を荒だてる。
何だよあれは……。あれって血……いや、そうと決まった訳じゃない。そうだ!寝ちまえばいいんだ!明日になったらキレイさっぱり―――
そこで俺は睡魔に負けたのだった。
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