第10話 黙秘権を行使する
「おや、戻ってきたみたいだね。では自己紹介の続きといこうか」
俺が椅子に座ったことを確認し、ハクヤは再度自己紹介を始める。
「ふっ…年齢は16歳だ。冒険者としては魔法使いだね。そしてオールマジシャンッ!血液型はO型、好きな食べ物はかりんとうまんじゅう、好みの女性は年上で――おっと……勇者とは謎多き男なんだ。これぐらいにしておくとするよ」
勇者設定そろそろめんどくせえな。しかも余計な知識ばっか増えたじゃねえか。
それに肝心のスキルについては一言も話してなかったよな?元々そっちに期待をしていたんだが……。
「なあ…スキルについては……」
「黙秘権を行使する」
取り調べじゃねえんだよ。
普通の魔法や剣に比べてスキルは何段階も上の攻撃手段である。
しかし、誰でも習得出来るわけではない。
通常はモンスターを倒し、稀に出現するスキル玉に魔力を込めることで習得出来る。それに保存もきかないため、その場にいる人しか使う事ができない。
だから普通は持っていても4つぐらいなんだが……正直こいつはもっと持っている気がしてならない。
「スキルぐらい教えてくれても……」
「序盤から持っているスキルを知ってしまったらつまらないだろう?ピンチになってから使うことで盛り上がるんじゃないか」
いや、なんでピンチになるまで待たなきゃいけねえんだよ。でも今のこいつが話すとは思わないしな……。クソッ。
「それなら次の町へ行く際にでも見せてくれよ?よし、次イブ自己紹介してもらってもいいか?」
「任せて欲しいの!」
強引にイブにバトンを渡し、自己紹介の流れを続行する。幼女の自己紹介と言うことで周りのお客さんも少し安心したように食事を再開し始めたようだ。
イブなら心配はいらな――
「お名前はイブって言って、パパはいつも魔王って呼ばれてるの!」
「よしタンマ。トイレ」
「……さっきから大丈夫ですか?お腹の調子が悪いとかだったなら言ってくださいね?」
「だ、大丈夫だ。別に……」
俺は3人を待たせ、懐かしのトイレへと向う。またしても、トイレが目的ではない。
魔王の娘……?
いや、そんなはず……でもそれなら子供なのに強いことは納得だが……。
「おい?聞いたか?最近魔王が慌てて人間の町に攻め込む作戦を立ててるとか……」
「おいおいヤバイんじゃないのか?でも勇者様なら……!」
ふと、先程と同じ二人の男性の声が聞こえて来る。
冷静になってよく考えてみれば、そんな魔王の娘が人間の町にいるかってんだ。きっと強面で近所の友達にそう言われたとか子供ならではの事だろう。
うん、きっとそうだ。
考えが纏まった俺は再び自席へ戻る。
「あれ?少し早かったですね」
「ま、まあな」
少し挙動不審になりながらも返事を返しイブの自己紹介を聞く体制をとる。
「あ〜、そろそろいいぞ。待っててくれてありがとな」
イブが首を縦に振り、応えてくれる。やはりイブにはこんな仕草が一番似合うよな。
「えーっと……イブは十歳なの」
大体予想は当たってたみたいだな。しかし髪の色からしてヒューマンではないような気はする。
それに、一見青髪なのだがよく見てみれば薄っすらと毛先がむらさきっぽくなっているのも気になるな……。
そんな俺の考えを分かるはずもないイブは小さい身体を大きく見せるように胸を張り、喜々として杖を振り回し始める。
「こーやって剣をいっぱい使えるの」
それは杖です。
「イブ、危ないから振り回しちゃ駄目だぞ」
「あ、ごめんなさいなの…」
「あと、ついでに一つ聞いておきたいんだがイブが冒険者をやってる事は親御さん知ってるんだよな?」
こんな状況になってしまった以上、場合によっては手紙でも送らなければならないかもしれない。
「……じ、実質知ってるの」
どういう事だってばよ。
「実質?その…も、もしかして…家出とか…」
「それは違うの!パパにも言ったの……」
シュン…とするイブだがこの状況、かなりマズい。イブの様子から察するに俺達は現在家出した幼女を呪いの王冠に巻き込んでいる訳だ。
「なあ…それは一度帰った方が……俺達も一度説明しに行かなきゃならないし」
「そうですよね…親御さんだって心配しているでしょうし…」
「心配なんて……」
「「え?」」
「心配なんてしてないの!イブは絶対に帰らないの!」
「ちょッ!あぶ…」
感情の昂ぶったイブの振り回した杖がテーブルを真っ二つにする。
「おおおおおお落ち着きたまえ、ぼぼぼぼぼぼぼ僕の近くで剣を振るうとは……」
お前の足ガクガクしてんぞ。
ひとまず余裕顔をしてたハクヤがビビり散らかしてるのは問題ないが……この状況はかなりマズイ。今の会話の中で完全に地雷を踏んだらしい。
「わ、分かったイブ!今、その話は置いておく事にするから!な!?」
俺がその場をどうにか収めようとすると突然、イブが何かに気付いたかのように動きを止める。
「ッ!……違うの。暴れたかった訳じゃ―」
「ちょっと、あんた達」
「へあ?」
その声が聞こえたのは俺の真後ろ。振り返ってみるとそこには宿の女将さんらしき人が仁王立ちしている。
また、その強烈な仁王立ちにはどことなく圧迫感がある。イブ、エルス、ハクヤと順に俺の後ろへ隠れていく中俺はつい…
「……俺だけ見逃してくれたりとか――――」
その先は言うまでもない。
✦★✦★✦★✦★✦★✦★✦★✦★✦★✦★✦
「なあ…そろそろ元気だせよイブ…冒険者の宿出禁なんて日常茶飯事だろ?ほら、肩車してやるから」
肩を差し出す。
「……でもイブが…」
「同じパーティーメンバーだろ?別に他の宿探せばいいって」
「そうだね。僕達はパーティーメンバーだ。もし誰か一人が喧嘩を売られれば僕達は全員でそいつを二度と故郷の土を踏む事が出来なくさせる。そんな考えを持つべきだね」
俺の仲間が危険思考すぎて怖いんだが。
ハクヤの考えに恐怖しつつも俺はイブを肩車し、宥めながら宿を探す。
結局その後、俺達は最初の宿から500メートルほど先にあった少し高めの宿で一泊することになった。
「4名様ですね。お部屋は……」
……そう言えば考えて無かったな。
「なあ、部屋はどうする?俺は全員別々で良いと思うんだが」
「それでいいと思いますよ。私達まだ知り合ってそこまで経っていないですからね。ハクヤさんとイブちゃん以外は……」
エリーズを出発した辺りから気付いてはいたがどうやらエルス達三人はエリーズで知り合ってるらしい。これなら最初から仲が悪かった事も頷ける。
まあ、今はそんなことより宿である。
「じゃあ4部屋でお願いします」
すると宿の方は鍵をそれぞれに渡し、案内してくれた。
結果として言えばこの宿にして正解。
各部屋には貴族の屋敷の様な、きらびやかな浴槽。そして、一度身体を倒せばすぐに深い眠りにつけそうなフカフカなベッド。
文句のつけようが無い。
少し高めの宿を選んで正解だったな。
そんな中、高級家具を見るたびに顔を真っ青にしていたエルスが口を開く。
「……今更なんですけどこの宿代って誰が出すんですか?」
「あー……今回は護衛の報酬って事で俺がハクヤ以外の宿代は払っておいたから好きに使ってくれて構わないぞ」
「何故かその報酬が払われていない人がいるのだが理由を聞いても?」
「黙秘権を行使する」
なお、実際は思ったより先程の宿での賠償金がかさんだのである。
するとサイフの中身を見て絶叫するハクヤとは裏腹にエルスは緊張が解けたようで軽く息を吐き、『また明日お願いしますね!』と言って自分の部屋へと戻って行った。
あの後ろ姿……何処か気品がある様な…
「気にしてもしゃあねえし、俺も部屋に戻るとするか……」
俺は考える事を放棄し、回れ右をして部屋へと戻ろうとする。
しかし、俺の袖を引っ張るようにして掴みそれを阻む小さき者が1名。
「……イブ、もう夜だぞ。何か話したいことがあるなら明日聞くからさ」
「違うの!」
「じゃあ一体――」
「―――ろ」
「いや、それじゃあ分からな…」
「お風呂に……入れて欲しいの…」
「……は!?」
夢にまで見た、異性とのお風呂が決まった瞬間だった。
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