遠景のあなた

「おっし、買い物終わったし、セシリアの行きたい店行こうぜ」

「えっ、私が先でも良いんですか?」

「おう。アタシは別に後回しでもいいぜ」

「じゃ、じゃあお言葉に甘えて……」


 セシリアは申し出を1度は遠慮しようとしたが、断る方が失礼かと考え、


「ほー、ここにこんな店あるんだな」


 暇があれば常々行きたいと思っていた、先日開店したばかりのサイクル用品店へ向かった。


「すごい……」


 メインストリートに移転した、大型家具店の居抜きのため、西側ゲート近くにある店の中は広々としていて、車体やパーツ、ウェア等が豊富に揃っていた。


 目をまぶしいほど輝かせてそう言ったっきり、セシリアは一言も発さずに店内の商品を熱心にチェックし始めた。


 店員は2人……。経路は正面とカウンター奥と工房の出入口……。護身用のショットガンだけ……。


 そんなセシリアの後ろを着いて歩く、手持ち無沙汰なサマンサは、いつもの癖で襲撃からの脱出する経路を考えていたが、


 おっといけね。セシリアは――あそこか。


 セシリアから目を離した数秒間で、彼女が店の出入口がある左手前から、1番奥に置かれている、最新モデルの車体の前まで移動していて少し焦った。


「……」


 素早くその隣へとやって来たサマンサは、セシリアがギアの辺りを凝視している事に気が付いた。


 アタシらでいう、拳銃ハジキの発射機構のチェックみてーなもんか?


 何の意味があるのかは把握出来なかったが、そういうことにしておいて、ひたすら楽しそうなセシリアを見つめていると、若い男の店員がいそいそと近づいてきた。


「どうですかお客様。そちら少々ずんぐりと野暮ったく見えるかと思われますが、荒れた道であっても一年中駆け回る事ができる質実剛健さと、小さな体格の方にも負担にならない柔軟性を兼ね備えた逸品でございます」


 と、彼はしつこくなりすぎないセールストークを、ペダルを手で回して確認しているセシリアでなく、


「おっ――は、はあ……」


 横で保護者感をにじみ出しているサマンサへした。


「なんでア――私に?」

「……? ああっ、これは失礼」


 彼はセシリアがサマンサに付いてきただけのメイド見習いである、と勘違いしていた事に気が付き即座に謝罪した。


「こちらは、試乗可能でしょうか?」


 そもそも話を聞いていなかったセシリアは、気にすることもなくサイクリング中のクールな空気感をまとったプロのそれで彼に訊ねた。


「試乗車をご用意しております。少々お待ちを」


 若い男はそう言うと、カウンターの内側に座っている店主の中年女性へその旨を伝えた。


「ではこちらに」


 彼と役割を交代した店主は店の奥の整備場から、展示品とは色違いの同型車を押してきた。


 どうせだから、と本命である購入したウェアに試着室で着替え、店主の案内で店の脇にある枝道へとやってくる。


 そこは店が占用許可をとっていて、南側通路へ繋がる道の左半分が可動式ポールで仕切られていた。


 ヘルメットを被ってサドルを目一杯下げた車体に跨がり、セシリアは安定した挙動で前進する。


 転倒しないか、とサマンサはハラハラしていたが、軽快に進んでいく様子に追いかけようとしていた足を引いた。


 ペダルの感覚を確かめるようにしながら、いつもの頼りない様子を一切見せずにセシリアは往復する。


「……」


 クールな表情ながらも非常に楽しそうな様子に、サマンサは彼女が遠くに行ってしまった様に感じていた。


 しかしメイド服に戻ると、いつも通りの小動物感満載の様子に戻り、


「た、高いですぅ……」


 改めて値札を確認すると、自分の給料1年分ほどの額で驚愕きょうがくして震えていた。


 セシリアは南山岳州の片田舎にある実家へ、給料をほとんど送金しているため、手持ちの金額ではウェアが精一杯だった。


「どーすんだ?」

「まだ今のがあるのでそれを……」

「……そうか」


 安売りのメーカーロゴステッカーを追加で買って、彼女は名残惜しそうに店を出た。


 帰りの車内でも、セシリアは表には出さないようにしているが、雰囲気が明らかにションボリしていた。

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