お嬢様の思慮
*
「――という事があったそうです」
「なるほどね」
寝室の大きな天蓋付きベッドの左端に座り、宮に背を預けているケイトは、書類を読みながらドアの横に立っているイライザから2人の様子についての報告を聞いた。
その書類は新規立ち上げの労働・貧困層向けファストフード事業で提供する、フィッシュ&チップスの試食アンケート集計で、結果は各層からかなり好評を得ていた。
「仲が悪い、という訳じゃないのよね」
「はい。私が見る限り、セシリアが嫌がっている様子はありませんでした」
むしろ親密であると言っても差し支えないと思われます、とかなり自信がある様子で答えた。
「環境が違ったせいで起こる感覚のズレ、みたいなものがあるのかしら」
「と、思われます。戦士であればいかに敵を殺すか、という事だけを考えねばなりません。その上娯楽も限られますので」
「そうよね」
イライザの答えを聞いて2度頷いたケイトは、サイドテーブルに置かれたマグカップに入っている、ぬるめのホットミルクを啜った。
「イライザはどうやって馴染んだのかしら」
「お嬢様のお
つまり参考にはならないと思われます、と、少し苦いものが混じる笑みを浮かべた。
「んー。案外全くって事は無いと思うわよ。私とあなたの関係とは違うけれど、お互い特別だと思っているはずよ」
「愛情の面でならば、という事でございますね」
「ええ」
集計結果に満足げな様子のケイトは、書類を整えながらそう言ってイライザに微笑みかける。
「どうやら好評のようですね」
「ええ。でもまだお母様の味には及ばないのよね……。レシピは同じもののはずなのに……」
先日からその要因を考えているが、彼女はこれと言った答えを出せないでいた。
母・マリアナ故郷の味であるそれは彼女の得意料理であり、ケイトが特に気に入っているものだった。
「お嬢様。風邪は治りかけが肝心でございます。ひとまず本日はゆっくりなされるべきかと」
「そうね」
ケイトはサイドテーブルに書類を置くと、腕の力で少し前に進んで横になった。
「……あ。ねえ、イライザ」
「はい。どうされました?」
「セシリア達の事だけれど――」
ふとセシリアとサマンサの件について思いついたケイトは、肘を突いて頭を上げてイライザに指示をする。
*
その翌日。セシリアとサマンサの姿は、石造りの要塞の様にも見える外観をした、通路がガラス天井で覆われた商店街の出入口にあった。
「何で私らが買い出しなんだ? こういうのって持ってこさせるもんじゃねーの?」
「お、お嬢様の事ですし、何かお考えがあるのかと……。はい……」
使用人の福利厚生のために使う、茶葉とクッキーに入れるチョコチップの買い出しを全快したケイトから、2人は朝一番に直接命じられた。
いずれも大して
「ま、私服かなんかでも買うか……」
「ですね……」
買い物終わりにでも、自分のものを買っても構わない、とも言われていたため、とりあえず理解するのを一旦保留した。
シンプルな装飾が施されたアーチのゲートを潜って通路に入ると、中流階級民から上流階級の使用人までの客層でそれなりに
自分達がいたら浮くのでは、と思っていたサマンサだったが、実際のところあちこちにメイドの姿が見えるため
まずは茶葉の店へ、と地図を見ながら通路を進む彼女は、つい癖で通路をパトロールしている警官の位置や装備を確認していて、セシリアの事をほんの少しの間忘れていた。
「あっ、セシリア!」
「はいっ」
速く歩きすぎて置き去りにしたか、と慌てて振り返ると、すぐ目の前にキョトンとした顔のセシリアがいた。
「……おめー、そんな足速かったっけ?」
「ああ、ええっと。最近私、サイクリングをよくやっていまして……」
「へえ。本当はそういうのが好きなんだな」
「私もびっくりしてます……」
目を丸くしているサマンサは、今度はセシリアの歩幅に合わせて並んで歩く。
「やっぱり楽しいか?」
「はいっ。それはもう。いつもと違う自分になったような気がするというか……」
ちょっと照れくさそうにはしているセシリアだが、ふんわりとした笑みを浮かべていた。
いつも鬱々とした表情ばかりしていた、彼女の変化にサマンサの表情も自然と緩む。
やがて、地図に書かれていた場所にたどり着いたが、
「あれ。茶葉の店ってこの辺のはずなんだが……」
そこには靴屋があって、茶葉店はどこにも見当たらなかった。
「あっ。た、確かそこの横道の方に移転されたはずです……」
眉間にしわを寄せて首を
「お、本当だ」
そこへ入ると、少し進んだ右側に真新しい外装の茶葉店があった。
「セシリアすげーじゃねえか」
「どなたでも出来ますよぅ……」
感心した様子で楽しげにセシリアを見たサマンサへ、彼女はそう恥ずかしげに謙遜する。
1月分程を購入してケイト宅へ配達を手配すると、次は中心の円形広場を通過してそのまま南方向へ抜けた先にある、プロ向けの製菓用食品店へと向かう。
「うわ、臨時休業かよ」
「あ、西側の方にもう一店舗ありますっ」
そこは店主の急病でシャッターが下りていたものの、セシリアが同業の店の位置を覚えていたため事なきを得た。
「すぐ出てくるとかやっぱすげーじゃねーか」
「そんな事は……。本当どなたでも出来ますから……」
「えっ。じゃあ、あのデカ――イライザも?」
「お、恐らく……」
「マジか……」
そんなに高いレベルを求められるのか、とサマンサは内心では表面上より強く焦る。
だが、実際のところはセシリアと同じ事を出来る使用人は半分もおらす、イライザもそこまではできない。
新規登録で充実の読書を
- マイページ
- 読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
- 小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
- フォローしたユーザーの活動を追える
- 通知
- 小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
- 閲覧履歴
- 以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
アカウントをお持ちの方はログイン
ビューワー設定
文字サイズ
背景色
フォント
組み方向
機能をオンにすると、画面の下部をタップする度に自動的にスクロールして読み進められます。
応援すると応援コメントも書けます