会話のぶつ切り

「お。フィッシュ&チップスか」


 1階の正面左側にある使用人食堂へ入ると、ちょうどカートで揚げたてのそれが運ばれてきた所だった。


 紙ナプキンが敷かれた生成り色の籠に入ったそれは、部屋に入って右側の壁際に置かれた長机に並べられていく。


 そのうちの1つずつを取った2人は、長机のすぐ近くの席に隣り合って座る。


 サマンサはすぐにフライドポテトをつまんで、口に放り込もうとしたが、


「……」


 猫舌のセシリアが冷まそうと手であおいでいるのを見て止めた。


「……あの」

「ん?」

「食べないんですか……?」

「せっかくお前と食べるんだから、先に食っちまうのはな」

「そう、ですか……」


 サマンサはそれが当たり前の事の様に言い、腕組みをしてセシリアのフィッシュ&チップスが冷めるのを待つ。


 必死に扇いでいるセシリアを横目で見ながらボンヤリとしていると、


「おはようございます。セシリア、サマンサ」


 イライザがもの凄い勢いで食堂に入ってきて、勢いそのままに2人の向かいに座って、その挙動と正反対の優雅な挨拶をしてきた。


「おはようございますっ」

「うっす……」


 表情をにこやかにするセシリアと、残像すら見える動きに唖然あぜんとするサマンサが挨拶を返すと、イライザは早回しの様に食事を始めた。


「イライザ。お嬢様のご容態は?」

「もう熱は下がっておりますね。念のため明日まで休養されるそうです」

「おお、それは良かった」


 一時停止して執事のザックに情報を共有したイライザは、またとんでもない速度で食事を開始する。

 早食いではあるものの、その食べ方は全く下品になってはいない。


 30秒ほどで全て食べ終えたイライザは、風のように移動して籠をカートの上に置くと、入ってきたときと同じ速度でケイトの元へと戻っていった。


「……いつもあんな感じなのか?」

「ですね」


 いつもはイライザと時間が合わないため、その異様な食事風景を始めて見たサマンサの質問に、特に驚いた様子も無く引き続き冷ましつつセシリアは答える。


 さすがにそんな事は無いだろう、と思って周りを確認したが、他の使用人達も平然と談笑しているなど、気にしている様子は無かった。


「――あちっ」


 もう良いかな、と唇で温度を確認したセシリアは、まだ思いのほか熱かったため驚いてフライドポテトを落としかけた。


 思ってたよりとんでもねえ屋敷なんじゃねえかここ……。


 内心かなり動揺しながらも、サマンサはすかさず机の上のピッチャーから、冷水をその横に置かれたガラスコップに注いでセシリアに渡す。


「どうも……」


 彼女はそれで火傷やけどしかけた上唇を冷やした。


「なんていうかあれだな。ちょっと懐かしいというかさ」


 セシリアが水をちびちびと飲んだところで、サマンサはチラチラと隣の彼女を見ながら唐突にそう切り出した。


「そう、ですね……」

「……」

「……」


 何とか話そうとしての事だったが、そこで会話が途切れて黙り込んでしまった。


「……あの、なんかすいません……」


 その意図を察したセシリアは、かなり困った顔で声を抑え気味に謝った。


「セシリアは悪くねえよ。おめー昔っから口下手だろ」

「まあ、はい……」


 肩をポンと触ろうとしたサマンサだが、自分の手に油が付いている事を思い出して引っ込めた。


「最近、暑くて叶わ――いや、セシリア寒がりだったな……」

「はい……」


 定番の季節ネタでなんとか、と考えたサマンサだったが、セシリアが薄手だが長袖のメイド服を着ていることに気づき、勢いが急速に沈んでいった。


 十分冷めた事を確認したセシリアは、リスのようにフィッシュフライを紙ナプキンを挟んで持ち、サクサクと食べ始めた。


「……」

「……」


 サマンサも一緒に食べ始め、再び2人の間に沈黙が訪れる。


「ええっと、これ材料が高えのか知らねーがうめーなっ」

「ケーシーさんの腕もあると思いますっ」

「あー、なるほどなっ。うめー飯を作ってテロリストを改心させた、みてーな逸話あるし」

「そうなんですかっ」


 しっかりと会話のキャッチボールになり、2人はその感触に表情を明るくした。


「――うーむ。これはなかなかええのう」

「原材料価格の割に良い味出てますね」

「これケーシーさんのレシピなんで?」

「いや。これは――」

「マリアナ様のじゃよな。ケーシーくん」

「その通りですエリオットさん」

「へえ。で、ネイサンが作ったんだろ?」

「これに関しては俺達の立場無くなっちまいますね」


 しかし、2人の左横に座った、シェフのエリオット、レミー、ボブ、ケーシーの会話で、2人の話が全て的外れだという事が分かってしまった。


「……」

「……」

「……いい、天気だ――」

「大変! 雨降ってきたから取り込むの手伝って!」

「なんてこった!」

「急げっ!」


 さらに定番の天気ネタを始めようとした途端、急な通り雨が降り出したため、シェフ4人の内3人がイザベラの呼びかけに答えてドタドタと出て行った。


 さらに都合の悪い事にサマンサの勤務時間が迫り、しかも本家での研修になっているため、セシリアと別れざるを得なくなった。


 ややあって。


「はぁ……」

「何か悩みでも?」


 雨の中を自家用車で移動中、自己嫌悪に苛まれるサマンサは、運転手のネイサンに軽い調子で訊ねられ、


「あんたには関係ねーよ」

「こりゃ失礼」


 ルームミラーに映る彼へ渋い顔を見せ、にべもなくバッサリと切り捨てた。

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