成敗のメイド

「貴様ァ!」


 浴室前出窓付近でシレイヌに追いついたアマンダは、リボルバーを抜き撃ちするが、シレイヌは瞬時に射線からはずれて接近し、それをカランビットナイフで弾き飛ばした。


 廊下の明かりはオレンジ色の薄暗い非常灯のみだが、2人にはそれで十分見えていた。


「なーんで、あんなしょぼくれメイド1人のために寝返るかな」

「黙れ! あの子を侮辱するなッ!」


 すぐさま右手でナイフを抜いたアマンダは、一般人では目視出来ない程の突きを繰り出すが、シレイヌはそれを難なくナイフ1本で弾いて距離をとった。


「真の『救済者』だと思ったんだがな。残念だ」


 ぐん、と踏み込んでのアマンダの斬撃を避けつつそう言うシレイヌは、嘲りの色を一切感じられない言葉通りの曇り顔をしていた。


「動揺を誘おうったって無駄なんだよ!」


 それに対して、アマンダはフェイクだと思い、さらに怒りを強めて突きと左右の斬撃のコンビネーションで、シャッターに封鎖された窓際へと追い込む。


「やれやれ。それで私が殺せると思っているのか」


 シレイヌの背中が着いたところで、アマンダは逆手に持ち替えて突き刺そうとしたが、彼女は軟体動物の様に身体を曲げて避けつつアマンダの側面に回る。


 アマンダは即座に、振り向きながら横薙ぎに切りつけるが、バックステップで2メートルほど距離を取られた。


「さてと、満足したか? 悪の敵サマさん」


 同時に、両手からワイヤーの先に分銅が着いた物の片方を投げ、アマンダの足元と体幹部を絡め取った。


「――ッ」


 突進していたため、アマンダは勢いのまま転倒してシレイヌの足元に転がった。


「こんなも――うぐぁッ!」


 すぐさま筋力でもってちぎろうとしたが、その動きでワイヤが勝手に締まり、絡みついた箇所の肉に食い込んで激痛が走った。


「喜んで飛び込むからそうなるんだよ」

「あ――ッ! ガァッ!」


 シレイヌはアマンダの背中を踏みつけながらワイヤーを引っ張ると、それが防刃のスーツを貫通してアマンダの太股や二の腕が切れた。


 苦痛で悶える度にワイヤーの締まりがキツくなり、肋骨がミシミシと軋み始めた。


「く、う……」


 セシリア……。


 もう抵抗は無駄だと悟ったアマンダは脱力し、激痛で遠のいていく意識の底に沈んでいく。


「ざまあね――ッ ぐぎゃああああっ」

「――これ以上、ご勝手されるのはお止め下さい」


 イヒヒヒ、と邪悪に笑うシレイヌのヘルメットが、イライザの50口径から放たれた弾によってぶん殴られてへこんだ。


「うううう! いたああああッ! いたああああいッ!」


 シレイヌは思考と感覚が追いついた途端、パニックになって頭を押えながら喚き始めた。


「ふむ。やはり耐えますか」


 その際に手を離したため、アマンダを締め上げるワイヤーが大幅に緩まった。


「エレイン! 私の、邪魔を、するなッ! この、腐れ貴族、めッ!」


 いきなりヘルメットを投げ捨て、猛獣の様な目つきと黒の短髪を露わにしつつ、シレイヌは据わった目で怒りを全開にしてどもりながらイライザを罵る。


 脚のレガースと防刃グローブとショルダーホルスター、胸部に弾倉入れが付いたチョッキを纏い、イライザはフル装備の出で立ちだった。


「いえ。ご存じの通り私は平民身分でございますが。そして、イライザ、と申します」

「貴族に肩入れするヤツはみんな貴族だッ! この偽平民めッ!」

「なるほど」


 意味の分からない事をまくし立てるシレイヌへ、イライザは至って冷静な口調でそう言いながら、コツコツ、と2人へと近づいてくる。


 その目の奥には感情が一切混じっていない、極めて純粋でシャープな敵意が宿っていた。


「まあなんにせよ。お嬢様のご意向に沿い、不届き者を排除させていただきます」


 銃を脇のホルスターに収め、イライザは籠手と防刃グローブを付けた腕を構えつつ、ジリジリとカランビットナイフを向けるシレイヌに近寄る。


「うるせえッ!」


 怒鳴り声をあげたシレイヌは、分銅ワイヤーをイライザへ立て続けに2つ放った。


「――」


 アマンダ同様、身体に絡みついたワイヤーにギリギリと締め上げられ、イライザは強制的に直立させられる。


「なるほど、良い品質のワイヤーですね。お嬢様に是非ともご報告せねば」


 クラシカルなメイド服に横の切れ込みが入るが、シレイヌがいくら引き倒そうとしてもイライザは全く動じず、


「本来の使い道は吊り橋のワイヤーでございますか?」

「誰が答えるかバーカ!」


 フーフー、と息が荒いシレイヌに訊きながら、並外れた筋力であっさり引きちぎってしまった。


「な――ッ」


 それに一番動揺したのは、ワイヤーの拘束から抜け出し、横に倒れたままのアマンダだった。


「他にも何か投げ物がございますか?」

「うるせえ! 死ね! この腐れ貴族がーッ!」


 半笑いで馬鹿にする様な口調に、キエーッ、とシレイヌは激昂してイライザへ襲いかかる。


 その両方の腕から繰り出される斬撃は、まるっきりデタラメに振り回され、いつも通り動きを読んでの対応では捌ききれず、メイド服がボロボロになっていく。


「なるほど。神経毒」


 さらに、ナイフには毒が塗ってあり、イライザは所々浅く裂かれた位置に微かなしびれを覚えた。


「――」


 尋常ではない解毒能力によって、それは動きにほぼ影響はないが、シレイヌの純粋な腕力だけで言えばイライザを押し込む程で、受ける度にその重心が後ろに揺れる。


「ぐ……」


 何の前触れも無くナイフを捨てたシレイヌのタックルが来て、イライザは身体を浮かされながら押し込まれる。


「がは……ッ」


 イライザは肘打ちをその背中にたたき込もうとするが、シレイヌはその重心が一瞬上がった隙を見逃さず、彼女を床にひっくり返してしまった。


「がッ」


 そのまま頭上に抱え上げられ、背中からたたき付けられたイライザだが、受け身をしっかりとったので顔を僅かにしかめただけだった。


「ぐッ」


 しかし、素早く引っこ抜く様にのもう一発は、受け身を中途半端にしかとれず、後転の途中の体勢でほんの一瞬ダウン寸前になった


「オラァ!」

「――ァ……ッ!」


 その隙をつかれて股に容赦なくアームハンマーが振り下ろされ、流石のイライザも唾を吐き出しつつ悶絶して派手にのけぞる。


 精神力で痛みを堪えて素早く両手を床に付いたイライザは、反る勢いと腕力で素早く前方に跳んで間を空けた。


 これほど離れていれば、万が一の巻き添えの心配は無いでしょう。


 その距離をほぼ瞬時に詰め、掌底突きでイライザの顎を狙うが、当たる寸前でそれは空を切り、シレイヌは斜めに伸び上がった状態になった。


「……は?」


 いつの間にかその後ろに取り付いていたイライザが、シレイヌの左の手首を自身の右手で掴み、


「せいッ」


 その自慢の怪力でギュルンと裏返し、ショートラリアットを胸元にたたき込んだ。


「……ッ!?」


 胸を中心に回転して空中で仰向けになり、左腕の返す刀のチョップを喰らって床にたたき付けられたシレイヌは、訳も分からないままノックアウトされた。


 少し残心していたイライザは、シレイヌが白目を剥いたまま動かない事を確認し、それをフッと解いた。


 いきなり瞬間移動したかの様な動きを見せたのは、彼女が思考ではなく反射神経優先に切り替えたためだった。


 無言のまま顔を上げたイライザの視線は、ダメージのため床に倒れて動けないアマンダの方に向いた。


「――」


 殺され……?


 無表情でツカツカと彼女に近づいたイライザは、


「肩が外れておりますね。失礼いたします」

「いだだだッ」


 そう言うと、恐怖で微動だに出来ないアマンダの半身を起こし、彼女が縛られた時にはずれた左肩をはめ直した。


「……お、おう。悪いな」

「はい。しかし癖になると面倒です。後でお医者様をお呼びしいたしましょう」


 礼には及ばない、といった様子でシレイヌを拘束しに向かったが、


「……」


 アームハンマーのダメージがまだ残っていて、イライザはガクッと崩れ落ちたが素早く起き上がった。


「ご覧にならなかった事に、していただけますでしょうか」

「あっ、はい」


 拝借した分銅ワイヤーでシレイヌを縛り上げているイライザから、特に殺気を出す事も無く普通に頼まれすぐに了解した。


 シレイヌの鎖骨を数個ずつに分割した、先程の破滅的な一撃を目にしては、アマンダには実質それへ「はい」と答えるしか無かったが。


「なんで、アイツの攻撃を受けて――あ、私か」

「はい。万が一起き上がられた場合、反射的に攻撃してしまいますので」

「そうか。……お前、本当は人間じゃ無いだろ」

「さて。どうでしょう」


 アマンダは割と真剣な調子で訊いたが、当人はいつもの様にとぼけて小首を傾げた。

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