会敵と事実
「では、参りましょう」
「ええ。デボラ、階段上れそう?」
「問題ありません」
「はうわわ……」
ひとまず、デボラは一番背丈が低いザックの服を無理やり着て、イライザ、セシリアと共にケイトを護りながら、シェルターになっている2階東側の倉庫へと向かう。
「怖いなら付いてこなくて良かったのよ。セシリア」
「いえっ! もしもの時は、私がお嬢様の最後の盾ですのでっ!」
威勢良くそう宣言したセシリアだが、身体はガタガタと震えていた。
執事執務室を出た直後、
『イライザ! 2人抜けた! 警戒されたし!』
正門にいる執事のザックから、慌てた様子でイライザ達への警告が飛んだ。
「現在、真正面に視認。これ以上の侵入は防がれよ」
その直後に正面扉がシャッターごと蹴り開けられ、ヘルメットを被った2人組とイライザは対峙する。
片方はイライザに近い体格で、もう一方は片割れより少し低い細身のそれをしていて、タイトな黒いライダースーツ型戦闘服から見える骨格は両方女性だった。
「――ッ」
デボラは細身の方から、自身をいたぶった女の気配を感じて冷や汗をドッと流した。
素早く銃を抜こうとしたが、相手が大型のナイフをすでに持っているため、イライザは金属製の籠手を装備した腕による徒手空拳の構えをした。
「良い判断だ。そのまま抜いていたら、お前の頭を落としていた」
イライザは表情こそ一切変えないが、背の高い女が言う事に誇張はない、と感じていた。
デボラと2人で、刺し違えられるかどうか、ですね――。
片方ずつならイライザの方が格上だが、2人同時では手負いのデボラがいても互角以上だ、と、戦士としての直感が告げていた。
イライザとデボラは横に僅かに動き、敵たちが少しでも真っ直ぐケイトへ到達しないようにする。
ケーシーが来るまでおおよそ30秒と見ると、私の命はともかく、最低限お嬢様は護れるはず。
「我々の目的はそこにいるケイト・バーンズ・ハーベストのみだ。邪魔立てしないのならお前ら使用人の命は助けよう」
予測を立てるイライザへ背の高い女がそう訊ね、さあどうする、と言い切るより前に、
「お断りいたします」
「同じく」
イライザとナイフを抜いたデボラは迷うこと無く答え、相手に敵意を示した。
「3人は確定として、そこのチビメイドはどうする?」
可愛そうに、といった様子で背の高い女はため息を吐き、即答した2人の陰に隠れて怯えているセシリアにも問うた。
「と、とととと当然ですっ! 恩人を死なせる訳にはいきません……ッ!」
そう勇気を振り絞って
「ひッ……。ふええ……」
しかし、隙間からとはいえ直接殺意にさらされた途端、さらにガタガタと震えて半泣きになった。
「そうか――」
残念だ、と言おうとした背が高い女は、仔犬じみて震えるセシリアをよく見て、
「――セシリア……? お前、死んだはずじゃ……?」
細身の方はバイザーの下の顔を
「へっ? ええっと、どちら様ですか……?」
「アマンダだよ。ほら、トレジャー家で一緒だった」
激しく瞬きをして訊ねるセシリアに、アマンダと名乗った女は、ヘルメットを脱いで素顔を見せた。
「ええっ! アマンダさん!?」
「知り合いなの?」
「あ、はい。私が前に勤務していたお屋敷で、警備をしていた方で……。その、姉替わりと言いましょうか……」
「なるほどね」
目を見開いて信じられない、といった様子で口元を両手で触りつつセシリアは答えた。
「おい! どういうことだシレイヌ! セシリアは貴族に殺されたんじゃなかったのかッ!」
アマンダの怒りの矛先がケイトから、シレイヌと呼んだ細身の女へと向いた。
「ちぃ。あいつら偽物でごまかしやがったな……」
「答えろシレイヌ!」
質問に答えずに独りごちるシレイヌへ、アマンダはナイフの切っ先を向けながら問いただす。
今のうちに、とデボラがケーシーに救援を求める無線を飛ばした。
「あーあ、良い駒だったんだがなぁ」
ケケケ、と開き直ったシレイヌは、どこまでも邪悪な嘲り笑いをした。
「なるほど。セシリアを殺し、その下手人を貴族ということにして憎悪を
「当たりだデカブツ」
流石は『フロントラインの悪魔』だ、と、シレイヌは馬鹿にした様な感心の声をあげ、
「もうテメエに用は無え! あばよ! この人殺し!」
アマンダへ中指を立ててそう言い残すと
「待てッ!」
罪悪感に顎を震わせつつも、すぐさまアマンダはその後を追いかけた。
イライザとデボラは一応警戒しているが、ケイトとセシリアはひとまず危機が去ったため1つ息を吐いた。
「ねえイライザ。あの2人、今は放っておいても良いと思う?」
「はい。彼女らが居座らない限りは」
「どちらにせよ、シェルターには向かいましょうお嬢様」
「ええ。そうね」
ケイトがそう返事したところで、ケーシーがアサルトライフルを手に顔を出し、危機的状況で無いことをイライザのハンドサインで確認して引き返していった。
「それで、セシリアはどうして欲しいのかしら」
移動を開始する前に、ケイトはイライザとデボラを少し待たせ、心配そうに向こうを見ていたセシリアに訊いた。
「へっ? 私に、ですか……?」
イライザとデボラからもチラリと見られ、その指示をあおがれた彼女は、ビクッと震えておずおずと訊き返す。
「そう。彼女、大切な人なんでしょう?」
「はい。アマンダさんは、こんな私に優しくして頂いた、お嬢様の次に大切な方、です……」
答えが分かっているかのように、ケイトは小さく微笑んでそう言った。
「……なので、私と致しましては、その……っ」
自分の意思1つで人の命が決まる、という事に思い至ったセシリアの言葉がそこで止まる。
「私なんかに、委ねられていいもの、なのでしょうか……」
その重責を感じるセシリアは、プルプルと小刻みに震えて唾を飲み込んだ。
「あなたの気持ちで良いのよ」
「で、ですが……。私の、都合で……」
「――私のお母様は、自分の大切な人にとっての大切な人を助けてあげなさい、と教えてくれたわ」
もう腹は決まっているセシリアに、さあ、言いなさいな、とケイトはその次の言葉を出す事をそっと後押しした。
「はい――。アマンダさんをお願いしますっ」
すぅ、と息を吸ったセシリアは、顔を上げてから、張りのある声でケイトへそう言った。
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