颯爽と駆ける

                    *



 その2日後、ケイトは届いたロードバイクに乗って、イライザ、セシリア、デボラを連れてロードに出た。

 デボラ、セシリア、ケイト、イライザの順に車列を作り、近所の川沿いにある最近整備されたサイクリングロードを走る。


 セシリアはケイトに合わせて速度は抑えていたが、人が変わったかのように落ち着きはらって、黙々と前を見据えてペダルをいでいた。


 予定通りに、折り返し地点である公園へと到着した4人は、木陰のベンチで休憩をとる。


「ねえイライザ。ずっと気になってたのだけど、あなたなんでメイド服で乗ってるの?」

「サイクルジャージでは、職務中のメイドらしさがないかと思いまして」

「いや、在り方がメイドなら別に良いと思うわよ」

「なるほど。その考えはありませんでした」


 イライザからお茶をもらいながら、ケイトは彼女といつも通り、気の抜けたやりとりをしていると、セシリアが目の前にやって来た。


「ええっと、お嬢様。私、なにかご粗相をしてはいませんでしょうか?」

「一切無かったわよ。むしろ格好よかったわよセシリア」


 父・ケヴィンに連れられて視察した、自転車競技の会場で見た選手の様なかっこよさを感じていたケイトは、その事をセシリアへ伝えた。


「お、お褒めに預かり光栄です……。はい……」


 ちょっと興奮気味に称賛されたセシリアは、ポッと気恥ずかしそうに顔を赤らめた。


「で、デボラさん。褒めて頂いてしまいました……」

「良かったじゃない」


 少し離れた所にいたデボラの元にパタパタとやって来て、うれしそうに報告するセシリアの頭を彼女はそっと撫でた。


「セシリア、来たときよりなんか活き活きしてると思わない?」

「ふふ。左様でございますね」


 その様子を娘でも見る様な目で見たケイトとイライザは、顔を見合わせてクスリと笑った。


 1年ほど前のこと。セシリアは前の勤め先で散々いびられた挙げ句、使えない、と放り出されて、道ばたで泣いていた所をケイトに拾われた。

 屋敷にやって来た当初、ただ単に話しかけられるとすぐに謝るほど、四六時中怯おびえた様子で、なかなか打ち解ける事が出来ていなかった。


 それを憂慮していたケイトは、彼女が心を開いてくれる様、メイド各位に策を練るように指示を出した。


 すぐにいだかれたイライザの次に、心を開かせたのはデボラで、そのきっかけは彼女が私物の自転車をセシリアが通る所でメンテナンスしていた事だった。


 デボラが部品に油を差していたところ、セシリアが興味津々で見ていたのを見て、デボラがサイクリングに誘ってみると、彼女は半ば流される様に乗ってきた。


 最初はおっかなびっくりだったが、セシリアは練習している内に、その楽しさに目覚めて現在に至っていた。


「さてと、帰るわよ皆」


 20分程休んだところで、ケイトはおもむろに立ち上がって振り返り、そう従者達に告げた。


 そのときは、まだセシリアは赤い顔をしていたが、


「……」


 再びサドルにまたがった途端、スッと赤みが引いて引き締まったものになった。





 そして、その数日後。

 会場である、自動車会社令嬢の実家の持ち物であるテストコースには、ドレスコードの乗馬服で颯爽さっそうと走るケイトの姿があった。


「……ちょっと! ハーベストの娘、自転車乗れないのではなくて?」

「そ、そのはずですわよ……。優秀な探偵を雇ったもの……っ」

「実は腕がよろしくない者にだまされたのではなくて?」


 彼女をあざ笑うつもりだった、その後方を走る主催者を含めた3人は動揺しながら、申し合わせた無線の周波数でヒソヒソと会話する。


 その直後、メイド服姿のイライザが猛スピードで追いついて来て、


「……」


 併走する彼女は、3人へ意味深な笑みを向けると、主人へ追いつくために加速した。


 目が笑ってないそれに、冷たいものが背筋に走った3人は、イライザの格好に呆れた様子で彼女と併走するケイトに、危害を加えるのは止めよう、と心に誓ったのだった。

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