帰るべき家

                    *



「イライザ。今からお昼寝するわ……」

「はい。お疲れさまです」


 帰宅するやいなや、ケイトは居間の長ソファーにどしゃっと座り、心底疲弊した様子で開放された掃き出し窓から見える庭を眺めながら、傍らのイライザに告げる。


「ねえ。……膝枕して、もらえる?」

「ふふ。お安いご用で」


 素直に甘えてくるケイトに、ふんわりと柔らかく微笑ほほえみながらイライザは二つ返事で従う。


 主人の頭が来る位置に座ると、イライザは太股ふとももの位置にクッションを置いてスタンバイする。


「1時間ぐらいしたら起こして……」

「はい。おやすみなさいませ」


 その上にゆっくりと倒れ込んだケイトは、昨夜添い寝したとき同様、すぐに寝息を立て始めた。


 勇気を振り絞って兄に立ち向かったケイトの寝顔は、非常に疲れ切った様子だった。


 イライザは愛おしげにそれを見守りながら、ソファー前のガラスローテーブルに置かれていた扇で、ゆったりと優しくあおぐ。


 悪意にさらされる事の無い、そんなどこまでも穏やかな夏の昼下がりが過ぎていく中、


「……おや、寝てしまったかね」


 ケイトの父・ケヴィンがひょっこりと姿を現し、声を抑えてイライザに訊ねた。


「大旦那様」


 ケイトを起こさないために、足音を立てないようゆっくり近づいて来たケヴィンに、イライザは小さく頭を下げる。


「どうだったかね。三兄弟うえのこたちは」

「はい。とてもお嬢様は、同じ家に住む事はできないと思われます」

「だろうね。ちなみに何があったのかね?」


 イライザは淡々と今日あった事を全て、覚えている限り事細かく説明した。


「そこまでやるとは……」


 出るわ出るわの悪行三昧に、ケヴィンは額を抑えて天を仰ぎ、三兄弟の情けなさを嘆く。


「こう申し上げるのは少々問題がありますでしょうが、私の見ていない隙に毒でも入れられたら事です」


 やりかねない、と感じていたケヴィンは、言葉の裏に怒りがにじむイライザの言葉に反論しなかった。


「できれば、この子の思い通りにさせてあげたいんだけどね……」


 憂いの表情を浮かべながら、ケヴィンは小さく胸を上下させている、愛娘の頭をそっと一撫でした。


「それならば、現状ですでに十二分でございますよ」

「……そうなのかい?」


 ケイトが本宅に住みたがっている、と思っていたケヴィンは、穏やかに微笑ほほえむケイトの言葉に目を丸くする。


「ええ。先程お嬢様が、移動の車中で――」

『私の家は、もう本宅あそこじゃなくて、別宅あつちだって良く分かったわ』

「――と、おっしゃっておりましたから」

「そうか……。親離れって気付かないうちにくるんだな……」


 ケヴィンはイライザから聞かされた我が子の言葉に、成長を実感する感慨深さと、その寂しさの入り交じった複雑な笑みを娘に向けた。


「これも、君がこの子に愛をそそいでくれたおかげだよ。ありがとう」


 顔を上げた大旦那様の言葉に、スッと自身の胸元に手をやり、イライザは誇らしげな笑みを浮かべながら口を開く。


「礼には及びません。なぜなら――」

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