鉄壁のメイド

 昼食までの間、暇を潰すために庭を散歩する事になり、ケイトはメイド2人を連れだって3人で中庭の石畳の道を歩く。


「いやあ、それにしても良い天気ですねえ」

「そうね」

「日向に出たら暑いでしょうかね」

「そうかもしれないわね」


 隣を歩くイライザは、ケイトの表情がずっと浮かないままのケイトを和ませようとするが、彼女の反応はあまりかんばしくなかった。


 その様子をらした雑巾を手に、三男が彼女達の進んでいく先の上で、窓から見下ろして頭上に落とさんと待ち構えていた。


 ちょうど真下に来るタイミングで、三男が雑巾を投下するが、


「あ、お嬢様。あの薔薇ばらの品種は何というのでしょうか」

「分からないわ。アイリス分かる?」

「いえ。デボラなら分かると思いますが」


 左手の植え込みにあるピンク色の薔薇を指差し、イライザはケイトの足を止めさせた。 そのためにそれは当たらず、それは彼女の目の前に落下した。


「あー、すまないね。ちょっと落としてしまったよ」


 分かっていたかのようなタイミングで阻止され、三男は一瞬唖然あぜんとしたが、慌てて白々しく故意ではないフリをした。


「なるほど」


 彼を見上げてそう言ったイライザは、雑巾を拾い上げて水気を絞った。


「他の方に届けて頂いた方がよろしいでしょうか」

「いや、こっちに投げてくれたらいい」

「承知しました」


 イライザはそういうと雑巾を丸め、手を広げて待ち構える三男に投げ返した。


 それを受け取った三男は、すぐに引っ込んで、何とかごまかしきれた、と安堵あんどしながら手にしている雑巾を見た。


「……は?」


 すると、それはほとんど乾いた状態で、まるでプレスしたかように硬くしまっていた。


「いやあ、危ないところでしたね。どこかれてませんか」

「運が良かったわね。大丈夫よ」


 いかにも忠犬、といった様子で主人に訊くイライザは、恐れおののいた様子で窓から顔を見せている三男をちらっと見た。


 その際に、イライザは一瞬だけ彼に殺気に近いものを向けた。すると、彼は銃撃でも喰らったように、バッタリと後ろに倒れて失神した。


「行くわよイライザ」

「はいー」


 呼びかけられて主人の方を向くと、イライザは瞬時に元の人懐こい表情へと戻った。


 そんな風に、弟が失敗した事を知るよしもない次男は、


「水まきなら私がいたしますよ」

「いやいや、たまには僕にもやらせてくれよ」


 中庭から外庭に出る、上部がアーチ状の門を出てすぐの地点で、ケイトに水まき中の事故を装って水をかけようと待ち構えていた。


「せっかく来たのですし、帰り際に何か買って帰りませんか」

「いいわね。イライザは何か欲しいものある?」

「そうですねぇ」

 

 出てきたケイトが、完全に油断していると思った次男は、さりげなくノズルを彼女の方へ向けて水を噴射した。


「おっと」


 しかし、イライザがちょうどのところで日傘を開いて、飛んできたそれをガードした。


「うわ、申し訳ない」

 

 三男同様の白々しさで後頭部を触りながら、飛んでくるのが分かっていたかの様に防がれた次男は、内心驚愕きょうがくしていた。


「濡れていませんのでお構いなく」


 ケイトはそれに愛想も何も無く淡々と返し、イライザが水を払ってさし直した、日傘の陰の下に入った。


 もう一度、という訳にもいかず、次男は普通に植物の水やりをするハメになり、ケイト達に背を向け歯がみをしていた。


 下2人の嫌がらせが不発に終わった後、長男が昼食の準備で忙しいキッチンに、何食わぬ顔で入り込んでいた。


 ケイトが使うスープのカップに、彼女が嫌いな辛味成分のリキッドを1滴入れ、使用人達に気がつかれる前に退散した。


「あなたがやらなくても、人手は足りてるわよ」


 そのしばらく後、料理運びをやりたいと言いだしたイライザと、いろいろな意味で心配だから、と着いてきたケイトの2人がキッチンにやって来た。


「これもスキルアップのためです」

「そういう意識は良いけど、私のだけにしてちょうだい」

「了解ですー」


 にへ、っと笑いながら、並んでいる料理をカートに乗せようとしたところで、


「……」


 イライザは真顔になって、長男がリキッドを入れた皿を凝視する。


「イライザ?」

「なんでもありません」


 すぐに元の表情に戻ると、しれっと長男のものを取った。


 メインのカルボナーラとサラダも取って、クローシュで蓋をした。


 その直後にやって来た、三兄弟担当のカートを押すメイド達の後ろに、イライザとケイトは続いて歩く。


「なかなか手際よくなったじゃない」

「ふふ、これが鍛錬の成果、でございますよ」

「大げさねえ」


 大した事ではないのに、もの凄く得意げな顔をするイライザに、ケイトは今日本宅に来てから始めて小さく笑った。

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