眠れぬ夜に

「……」


 いつもの様に日付が変わるより早くベッドに入ったケイトは、どうしても眠れず閉じていた目を開いた。


 ちなみに、この地方は真夏であっても、夜は晩春の朝ほどは冷えるため、掛け布団は薄手の羽毛のそれを彼女は使っている。


 早く寝なくちゃ、と思えば思う程、眠気が遠ざかっていく様な感覚をケイトは覚えていた。


 体勢が、悪いのかしら……。


 そう思って、ごろり、と右側に寝返りを打つと、


 誰かいる……?


 夜風に揺らぐカーテンの隙間から差す、満月の光に照らされ、窓際にあるチェアに座るボンヤリとした人影が目に入る。


「……イライザ?」


 少し不安感を覚えたケイトは、なんとなく自分のお着きのメイドの名を呼んだ。


「はい」


 彼女の声に反応してスッと主人の方を見て、いつも通りイライザは優しく返事をする。


「眠れませんか?」


 目の前のテーブルに置いてあった、携帯用のランタンを点灯して立ち上がった彼女は、人なつっこい笑みを浮かべてケイトへ訊ねる。


 イライザはいつものメイド服を簡略化した様な、黒いワンピース姿をしていた。そのレッグホルスターには、愛用の自動式50口径が挿してある。


「ええ……」

「明日は久しぶりの本宅での講義ですからね。楽しみで眠れないのも無理はありません」

「そんなんじゃないのよ……」

「おや」


 ややうつむき加減で身体を強ばらせ、物憂げな反応をするケイトに、イライザは少し目を見開く。


「なんて、言うのが正解かしらね……。それ自体は楽しみだけれど……」

「ご尊兄の方々についての不安、でしょうか」

「まあ、そんなところ……」

「なるほど」


 顔を曇らせているケイトは、身体を丸めてぎゅっと膝を抱いた。


「……ねえ、イライザ」

「はい」

「こういうときどうしたらいいかって、分かる?」

「そうですね。私の弟妹きようだい達は、母かわたくしと一緒に添い寝しておりました」


 ベッドに腰掛けたイライザは、ケイトに微笑みかけながら、懐かしそうな様子で答えた。


「じゃあその……、お願いしても、いい?」

「はい。お安いご用です」


 恥を忍んで、という様子の上目使いで頼むケイトに、イライザは二つ返事で応じ、失礼します、と言ってベッドに上がった。


 そのままケイトの傍まで四つん這いで移動すると、イライザはホルスターを頭元において、主人と向かい合う格好で添い寝する。


「……」


 ケイトは何も言わず、どこまでも柔らかな表情で自身を見守る、イライザの胸元に額を押し当てた。


 そんな主人に、イライザは愛おしそうに目を細め、その細く小さな背中に右手でそっと触れる。


「イライザ……」

「ああ、触れられるのは嫌でしたか」

「それはいいの……。あなた良い匂いするし……、凄く温かい、し……」

「なるほど。そう言っていただけると、私も嬉しいです」

「そ、う……」


 かれこれ2時間近く、眠れずに苦しんでいたケイトだったが、


 こんな感覚どこかで……。――ああ、そうだ。これは、お母様、の……。


 はるか昔の優しい時間の記憶に包まれて、やがてケイトは小さく寝息を立て始めた。


 彼女の体温を感じつつ、イライザも浅い眠りに入ろうとしていると、


「お母、様……」


 ケイトが幸せそうな甘えた声で寝言を発した。


「……私は代わりにしかなる事が出来ませんが、最期まであなたのお側におりますよ。お嬢様」


 そんな主人に、ほとんど独り言の様に告げたイライザは、その左手をケイトの小さな頭に回して抱き寄せた。

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