龍の女の怒り

「残りの敵は?」

「はい。中庭に10、食堂の前に15程です」

「なるほど」


 弾を装填そうてんしながらイザベラからそう訊いたイライザは、顔より下で銃口を上に向けて左手で構えつつ、足早に2段飛ばしで階段を降りていった。


 書庫側の出入り口から中庭に入ると、あちらこちらにいる手下たちが警戒を行なっていた。

 あちらこちらで、花壇の花が無遠慮に踏み潰されていた。


「て、敵しゅ――」


 真っ先にイライザのすぐ横にいた1人が叫んだが、言い切る前に50口径のホローポイント弾に頭を粉砕された。


 すぐさま、全員が調度品や樹木の遮蔽しやへい物に隠れ、反撃に移ろうとしたが、


「ガッ!」

「ぎゃああああ!」

「速――」

「どこいっ――」

 

 通路をすさまじい速度で駆けるイライザに、当てる事が出来なかったり、そもそも見失ったりして瞬時に半滅してしまった。


 無事に隠れた残りと、食堂側の扉から現われた増援の射撃が始まったが、


「当たらねえぞ!」

「どうなってんだあのバケモノ!」

「どこ――」

「後ろ――うわああああ!」


 低い姿勢で庭園中を自在に動き回る彼女には、スカートの裾にかすらせる事すらできない。


 圧倒的な人数差があるにも関わらず、反動を一切無視したかのような精密射撃で、手下達は食堂前の者も含め、あっという間に残り1人を残して全滅してしまった。


「く、来るなぁ……!」


 空中で側転しながら2人仕留め、スカートを翻し軽やかに着地したイライザは、その庭園の角で腰を抜かす残りにツカツカと歩み寄る。


「なっ、なんなんだお前はぁ!」


 メインの小銃もサブの拳銃も弾切れを起こし、失禁する彼はやけくそ気味にイライザへナイフを向けて叫ぶ。


「敬愛なるご主人の、忠実なメイド、でございますよ」


 そのカチカチと歯を鳴らしての問いに、イライザは口元だけに笑みを浮かべ、スカート裾を少しだけ上げて答え、左回し蹴り一閃いっせん、彼のこめかみにらわせて気絶させた。




 ちなみに5数人程恐れをなして、キッチンから逃げようとしたが、


「ご機嫌よう諸君。あの世への直行便を用意しておいたよ」


 夕食に使うブイヨンの様子を見に来たケーシーに、麺棒のみで全員撲殺されていた。




「さて」


 白目をく男を小銃の吊り紐で縛り上げたイライザは、3本目の弾倉を挿入して食堂側の扉から中をうかがう。

 しかし、手下達の死体があるだけで、誰も動く者はいなかった。


 それを確認したイライザは、自分が隠れるサイズの手下を片手で盾にして、食堂の扉を思い切り蹴り開けた。


 すると、横倒しの大型な長方形テーブルを遮蔽しやへい物にしたメイガンが発砲してきたが、その小口径では死体を貫く事は出来なかった。


「おいエレイン! んな姑息こそくなことやってねえでかかって来やがれ!」


 メイガンが後ろのイライザを挑発すると、ゆっくりと死体が前に倒れ始めた。


「さて、どう来るつもり――ッ!」


 左右どちらかから来る、と予測していたが、イライザは助走なしで跳ぶ事を選んでいた。

 天井から吊るされた、ふんだんに水晶を使ったシャンデリアの右横を通過して、彼女はメイガンの後ろに着地した。


 振り返って、とっさに抜いたナイフで迎撃しようとするが、手に蹴りをらって取り落とした。


「ちいッ!」


 つかみかかってくるイライザの手から、メイガンは4足歩行で猫の様に素早く逃げた。


 イライザはもはや名前の訂正すら求めず、テーブルをひょいと飛び越えて、体勢を立て直したメイガンと対峙たいじする。


「なんで撃たなかった! そこまで抜けちまったか?」

「……」

「それとも何か? 私如きステゴロで十分だってかぁ? オイ!」

「……」


 メイガンに煽られるイライザだが、絶対零度の様に冷たい、全くの無の表情で、答える義理はない、とばかりに無視して拳銃を後ろに投げつつ、姿勢を低くして構えた。


「まあいい。あんときの続きと行こうじゃねぇか!」


 珊瑚さんご礁の様子を描いた油絵をバックに、来い、と掌を上にして動かす。




 数年前、依頼を受けたイライザは、単独でメイガンの率いていたテロ組織への襲撃を行ない、彼女以外の構成員を全員殺害した。


 その際、副首領だった彼女の恋人も当然殺害され、2人の肉弾戦にもつれ込んだが、お互い1歩も譲らないまま消耗戦になっていた。


 ややメイガン有利、となったところで政府軍が後始末に来たため、メイガンは戦闘を中断し逃走した。


 それ以降、5年もの間メイガンはイライザへの復讐ふくしゅうのために生きていた。




 そんな彼女は、


「死ねクソアマ!」


 怨念のこもった気合いの叫び声と共に、グッと踏み込んで、常人には認識できない程の右の突きをイライザの顔面に向けて繰り出す。


 彼女はそれを余裕で目視して、腕の部分でその突きを左へと受け流した。


「オラァ!」


 間髪入れずに逆で2撃目を繰り出すが、イライザはそれも同じ様に受け流した。


 続けて右膝蹴りを繰り出すも、イライザに素早い小バックステップで回避された。


 さらに続けて繰り出した、左の中段蹴りは前腕で受けて防がれ、右の肘打ちも最低限ののけぞりで避けられた。


「受けてばっかりじゃ張り合いねえだろ! テメエも入れてきやがれ!」


 メイガンはさらに煽りながら、左のボディーブローを繰り出すが、イライザは右側にずれて難なく回避した。


「それともなにか? お嬢サマのせいで切れ味が鈍ったかぁ!」


 そこを狙っていたメイガンの右ストレート、と見せかけた左フロントキックが、


「グ――ッ」


 わずかに対応しきれなかったイライザの上腹部にヒットした。


 うめき声こそ漏らしたが、クリーンヒットでもなく、その強靱きょうじんな肉体には大したダメージは与えられなかった。


「どうしたどうした! その程度も避けらんねえのか?」


 口の端をつり上げたメイガンは、追撃の左ローキックを繰り出すが、イライザはそれを小ジャンプで難なくかわし、右に回り込んでその左腕を取ろうとする。


「その手をうかよ!」


 関節技に持ち込まれては不利である、という事は想定済みであったメイガンは、左方向に回りこんでイライザの右腕を左手で右方向へ全力で引き、


「ガ……ッ」


 右フックを彼女の右下腹部にたたき込んだ。


 口から少し唾液を飛ばし、足元が若干揺らぎながらも、イライザはメイガンの腕を振り払いはした。


 しかし、その隙に彼女の懐に潜り込んだメイガンは、右アッパーカットを繰り出し、受けられはするも、ガードごとイライザをのけぞらせる。


 半歩下がったところに、すかさずメイガンは渾身こんしんの右サイドキックをがらきの上腹部にたたき込んだ。

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