一騎当千

                    *



「――大変だったのはそれからでした。メイド長殿に1からビシバシご指導いただき、1年ぐらいはひいひいしておりました」


 それからケイトと再会するまでの日々を、小さく苦笑しながら、イライザはそう懐古する。


「そう、なんだ……」

「お嬢様?」

「私……、要らない訳じゃないのね……」


 ケイトは大きなため息を吐いて顔を伏せ、うめくように声を出した。


「ごめんなさい。あんな雑に扱ってきちゃって……」

「いいえー。私が至らぬのが悪いのですよ」


 相変わらず全く気にしていない様子で、申し訳なさげな様子で振り向くケイトへ、イライザはにこやかなままそう言う。


 少しの沈黙の後。


「……それでその、このままだと、イライザは、酷い目に遭わされる、のよね……?」


 見張りに聞こえない様に声を抑えて、ケイトは不安げな声色で訊く。


「ええ、まあ」


 主人がこれから何を言うのか分かっているかのように、薄い笑みを浮かべて短く答えた。


「この状況から、なんとか出来るの……?」

「はい。しかし、非暴力、という訳には参りません」

「それ以外に、やっぱり何もない、のよね?」

「お恥ずかしながら」

「そう……」

 

 一切の余地もない程の即答に、腹が決まったケイトは、


「1つ、約束して?」

「はい。お嬢様のためなら何なりと」

「また、私にクッキー焼いて頂戴」


 つないでいるメイドの手を強く握りしめながら、今か今かと指示を待つイライザにそう約束を持ちかける。


「ええ。お約束いたしますよ」


 それを受けてイライザは、ケヴィンへした様に、自信たっぷりにそう宣言した。


「じゃあ、お願い」

「はいっ」

「! おいっ! 何をコソコソやってやがる!」


 ケイトがそう主として命じたところで、2人がひそひそ会話していた事に、見張りの男がやっと気がついた。


 しかし、時はすでに遅く、指の力だけで両方の手錠の鎖の輪をねじ曲げて外したイライザは、もう見張りのすぐ目と鼻の先にいた。


「がへッ!?」


 靴底が削れるほど踏ん張って止まった彼女は、右のその男に左手掌底突きをらわせ、


「グゴッ!」


 その軸足を逆の左にして、前回し蹴りを顔面にたたき込み、それぞれドア枠に激突させた。


「なっ――」

「やべえ――」

「うがごっ!」


 交代要員の3人がすかさず応戦しようとしたが、それぞれイライザが投げたフライパンに頭蓋骨を砕かれた。


 イライザは男達の死体から、拳銃とその弾倉を奪って装填そうてんし、ケイトの元にトンボ返りした。


「しっかり私につかまってて下さいね」

「ええ……」


 死ぬところを見ない様に、目を閉じているケイトをひょいと足の根元に右手を回し片手で抱え、イライザは胴体に彼女をしがみつかせた。


「これを耳に」


 彼女にキッチンペーパーを耳栓代わりに詰めさせた後、その状態で廊下に飛び出したイライザは、角を曲がって玄関にある階段へと向かって猛ダッシュで向かう。


「あっ、お前――」

「止ま――」

「人質が逃げ――」

「ぎゃあ――」

「うわあ!」

「く、来るなぁ!」

「ああああ!」

「化け物か!」

「たすけ――」


 2人に気がついた廊下にいる手下達10人へ、1人1発ずつヘッドショットを喰らわせて、あっという間に玄関へとやってきた。


「クソッ! 話が違うじゃねーか!」

「使用人が私兵も兼ねてるなんて聞いてねえぞ!」

「てかどんだけ弾あんだよ!」

「こっちが持たねえぞ!」


 使用人達との撃ち合いになっている手下達は、それに全く気がついていなかった。


 数は玄関との境目の角の、手前側に3人、その反対に3人の計6人いて、2階の使用人達とはそれぞれ逆サイドを相手している。


「お嬢様。ここで少しお待ち下さい」

「……ええ」


 7~8メートル程前の柱の陰に、ケイトを降ろしてそう言うと、弾倉を交換して手下達の元へと向かう。


「――! おいッ! エレインが――」


 勘の良い1人が迫り来るイライザに気がついたが、あえなくヘッドショットで射殺された。

 後の5人も遅れて気がついたが、1人目と大体同じ目に遭った。


「そこにいるのはアイリスですね?」

「イライザ。お嬢様は?」

「ご無事です」


 10人抜きの騒ぎを聞きつけて、中庭からやって来た2人の下っ端が、イライザと使用人が話している隙に、柱の陰で小さくなっているケイトの背後から忍び寄っていた。


 もう数歩で手が届く、といったところまで来て、下っ端は油断してイライザから目線を外した。


「ギャッ」

「ゴガッ」

「お待たせいたしました」


 その間に、ロードバイクの様な勢いで戻ってきたイライザの跳び蹴りを喰らい、2人まとめてもんどり打って吹っ飛び、首をとんでもない方向に曲げて絶命した。


「……今、誰か蹴らなかった?」

「ええ。不届き者を2人ほど」

「そう……」


 何事も無かったかのように、ケイトへ恭しく一礼したイライザはそう説明する。


「さ、もう大丈夫でございますよ」


 深入りしなかったケイトをお姫様スタイルで抱き上げ、イライザは素早く使用人達が籠城している2階部分へと移動した。


 階段横の柱の陰に、左右1丁ずつ機関銃が設置されていて、アイリスの他に、イザベラ、ザック、デボラがそれぞれ2人ずつ担当していた。


 2階は窓全てに防弾シャッターが降りていて、非常灯で照らされた廊下を使用人達の内の戦闘要員が、小銃を肩から提げて警備に当たっていた。


「皆さんお怪我けがは?」

「セシリアが転んですりむいた以外は」

「なるほど」


 アイリスからの報告を受けたイライザは、引き続きよろしくお願いします、と言って、ケイトの部屋とは逆サイドにある物品倉庫へと向かう。


 武器倉庫も兼ねているそこには、メイドのセシリアと執事のクリス、シェフのエリオットとボブが避難していた。


 ちなみにその扉の前では、タンクトップスタイルのケーシーが、ショットガンを手に仁王立ちして守っていた。


 2人が入ってくると、4人中3人の使用人は一礼したが、


「私は本当に情けないメイドですぅ……」


 セシリアだけは部屋の奥の隅で、体育座りの格好で頭を抱えて落ち込んでいた。その膝には四角い絆創膏が貼ってあった。


「そんな事はないぞ。無事に逃げるのも仕事じゃて」


 普段よりさらに小さく見える彼女を、最年長のエリオットが傍らで慰めていた。


「そうですよセシリア。あなたはきちんと仕事をしています。ですよねお嬢様」

「ええ。恥じる事なんかないわ」


 ケイトをそっと降ろしたイライザは、穏やかに微笑んでそう言うと、ケイトもそう擁護する。


「恐ろしい中、よく頑張りました」


 セシリアの目の前にやって来てしゃがみ、そっとその頭を撫でた。


「イライザさぁん……」


 嬉しさのあまり、彼女はボロボロと涙を流してイライザに抱きついた。


 僅かの間そうした後。


「さて、私はもう一仕事に向かわねばなりません。また後で」

「あっ、はいっ」

 

 イライザがそう言ったのを聞き、クリスが武器を準備しているのを見て、セシリアはすぐに離れた。


「お嬢様を頼みますよ」


 イライザはその頭をポンポン、と軽く触った後、


「こちらを」

「ありがとうございます」


 クリスが差し出した、50口径の自動式が収まっている、太いベルトのレッグホルスターと、前側にマガジンポーチが付いたベルトを腹部に巻き付けた。


 両腕には近接格闘用の金属製籠手こてを着け、白いストッキングに包まれた両足首には、同じ用途と材質のゲートルを着けた。


「もうしばらくお待ちくださいませ。お嬢様」

「……ねえイライザ」

「はい」

「絶対、帰ってきてね……」

「仰せのままに」


 スツールに座っているケイトへ、イライザは深々と一礼したあと微笑ほほえみかけ、コツコツと足音を鳴らし倉庫から出て行った。

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