第13話 天才の死


 バァンッ!!

 

 机を叩きつける拳から生まれた衝撃音が辺りに広がる

 

 複数の視線がこちらへ向く

 

 

「お願いします!この子は、本当に天才なんです!!」

 

 この場に集まっているのは、俺なんかが直談判出来るような相手ではなく、誰も彼もがこのオーディションを開催するにあたってのお偉いさん方だ。

 

 そんな彼らに食ってかかる俺は、本当なら見向きもされないだろう。

 

 だが、彼らの顔には、嫌悪ではなく、困惑が浮かんでいる。

 

「雪と蝶の最終話に出演していた子役こそが…この子なんです!」

 

 真後ろのスクリーンに映し出された、303番の子役を指差し声を上げる。

 

 8人ほど座っている彼らの中には、あの『ニノマエ フミト』もいるが、頭が鳥の巣のようにボサボサとした彼は他人事のようにぼーっと視線を宙に投げていた。

 

(クソッ!ニノマエ監督が賛成すれば起用は確実なのに!)

 

 歯痒い気持ちを抑え、ヒソヒソと話す『本来の審査員』たちを見ると、やはり脈はあるのか興味深そうに先程の映像を再生している。

 

「これは、本当に即興なのかい?」

 

 そろそろと、宣伝部のトップが目の色を変えて問いかけてきた

 

「はい!今回のオーディション、僕たちが受け持つグループは、第一次審査で『落とす』ように指示されていましたので、確実に落とせるよう、難題を与えたつもりでしたが、他の二人の参加者が難色を示す中、この子は笑ってさえいました」

 

 食い気味に応えると、宣伝部のトップの顔は喜色に染まる。

 

「監督、使いましょう!この子を!」

 

 テーブルから身を乗り出すようにニノマエ監督に詰め寄るお偉いの一人に、ニノマエ監督はため息を吐き顔を横に振る

 

「な、何故ですか!?この子は天才です!使わないのは損ですよ!子役の寿命は短いんですから使える時に使わないと!」

 

 お偉いの一人が声を荒げた、それに賛同するように数人が首を縦に振る。

 

「…スポンサーはどうするんだ。

 もし仮に、この子を起用するとして、スポンサーのお孫さんである主役の子がこの子に食われたら…彼らは黙ってはいないぞ」

 

 演出家の土井さんが睨みつけるように言うと、途端に静まり返る。

 

「そ、それじゃぁ…新たに作品を作りましょうよ…この子を主役にして…」

 

 宣伝部のトップが、困惑顔のまま突拍子もない事を言うが、思いの外、その案を推すものが複数いた。

 賛同者の声が賑わう中、ずっと黙っていたニノマエ監督が顔を上げた。

 

   

「馬鹿な冗談は止めてくれ」

 

 呆れた顔のニノマエ監督に、今まで騒いでいたお偉い人が黙る。

 

「天才はもう二度と使わない…前から言ってるだろ」

 

 冷たい声色に、体がピシリと固まる

 

「おい、ニノマエ…もうあの頃の事は忘れろよ…何年経っていると思ってんだ…。」

 

 演出家の土井さんが、窘めるようにニノマエ監督に言うが、ボサボサ頭で隠れた目元が見え隠れして、思いの外鋭い眼光が覗いた

 

「土井…お前こそ何言ってんだ…『太陽』を潰したのは俺らだぞ」

 

 緊迫とした空気、睨み合うニノマエ監督と土井さん

 

 『太陽』とニノマエ監督が言った瞬間、室内の温度が更に冷えた感じがした。

 

(太陽って…『TSUBAKI』の太陽じゃないよな?)

 

 ニノマエ監督が言う『太陽』に心当たりがあるのは、TSUBAKIの太陽としか、思い当たる節はない。

 

「…あの子には可愛そうな事をしたと思う…。だが、あれで潰れるようなら芸能界ではやっていけなかっただろ。」

 

 土井さんが、ニノマエ監督の方を向いてそう言うが、ニノマエ監督は土井さんの方を振り向こうともせず、ゆっくりと口を開いた。

 

「あの子が、普通の子なら…な。だが、あの子は『天才』だった。

 今話題に上がっている、『雪と蝶』の子役の様に…。」

 

 ニノマエ監督は、長い前髪で見え隠れする切れ長の瞳に哀愁を漂わせながら、誰もが言葉を発しなくなった空間で、一人言葉を紡ぐ。

 

「あの子が『壊れる』まで使ったのは私たちだ…。あの子は才能があった故に…私たちに使い潰され『壊された』。」

 

 ふと、頭に過ぎるTSUBAKIの太陽を演じた子役

 

(そういえば…太陽役の子って、TSUBAKI以外で演じてるの見た事ないな…)

 

 今思えば、不自然な話だ。

 

 あんなにも世界から注目を集め、人気を誇ったTSUBAKI。

 あの作品で演じた役者たちは、今でも挙って知名度の高い有名人ばかりだ。

 

 その中で、太陽役の子は、あれ以来テレビ出演の面影もない…不気味だ。

 あんなにも強烈な印象を残した『太陽』のその後を、俺たちは何の疑問も持たずに、いないものとしていた。

 まるで、『太陽』が、本当にTSUBAKIでの登場人物でしかない、架空の人物かのような扱いを今までしていた…とでもいう様に。

 

(うわ、今…鳥肌立った…。)

 

 常識を覆すほどの、作品へののめり込み様に今更気づき、『太陽』の異常なほどの才能に鳥肌が止まらない。

 

「天才は…短命だ。太陽は、壊れたが死にはしなかった…。

 だが、この子はどうなるかわからないだろう…この年齢で異常な才能…。」

 

 

 

 才能に殺されるのは時間の問題だ。

 

「そ、そんなの…ただの可能性でしかないじゃないですか!俺たちが気をつけてあの子を見ていてあげたら、そんな事起こることもないじゃないですか!?」

 

 無意識に声に出していた言葉にすぐさま後悔する。

 ニノマエ監督は、ゆっくりとこちらを向き口を開いた

 

「雪と蝶の監督、稲田孝作は…この子の演技を見て『マネシカケスの涙』と称した。

 マネシカケスの涙…アメリカが誇る最高峰の女優だった、アンジェラ・シーカーに宛てた言葉だ」

 

 詩を朗読でもするかのような声色で話し始めたニノマエ監督

 

「アンジェラ・シーカーもまた、天才だった。」

 

(…その人って、確か)

 

 ゾワッ、と冷や汗が背筋に伝う

 

「彼女は、30歳で死んだ…。…『自殺』だった。」

 

 かちゃん、何かが落ちた音がしたが、誰も拾うそぶりすら見せない。

 視線を床に向けると黒のボールペンが落ちていて、それが自分のものだと気づくのは一拍置いてからだった。

 

「この業界では有名だよ…『天才の早死に』は…、才能のある奴に限って神様ってやつは手元にでも置きたがってるとでも言うようにな…」

 

 くしゃっと頭をかき混ぜるニノマエ監督

 

「本当…嫌になるよ…」

 

 重い空気に押しつぶされるような錯覚

 

(天才の早死に…)

 

 自分が見えていなかった、芸能界の闇

 

 ニノマエ監督は、TSUBAKI以来…傑作を挙げていない…

 あんなにも才能のある人なのにTSUBAKI以降の作品は全て『面白い』だけのものだった…。

 

「俺は、もうあんな光景を生み出さない。」

 

 唇をギュッと噛み、射抜くような目線で宣言したニノマエ監督の瞳は力強かった。

 

(ニノマエ監督…)

 

 今まで、尊敬はすれど、憧れなどしていなかったのに…

 

(この人…すごいな)

 

 高揚感に胸が弾んだ

 

 彼には彼なりの考えがあって、俺はそれを見てはいなかった。

 

 彼の生き方を、今まで見ようとなんてしなかったのが悔やまれるくらい、彼の生き方には人として憧れるものがある。

 

 

「だから、この子は使わない。」

 

 

 

 刺のある声で牽制するように、ニノマエ監督はお偉い方を睨んだ。

 

 

 

 

 

 

 

 

 ☆

 

 ガチャン

 

 受話器を置いて、天井を仰ぎ見る。

 

「落ちた…。」

 

 9時ごろにかかってきた須藤からの電話に、もう気分はどん底だった。

 

 フラフラとした足取りで、リビングに向かいカーペットの上で大の字になりながら寝転がる

 

 キッチンでは、パパとママとユズルの楽しそうな声が聞こえて、何だか無性に腹が立つ…。

 

(落ちた…この私が…落ちた)

 

 

 あのオーディションから早1ヶ月…。

 

 

 放心状態のまま、私はまだ綺麗な天井を仰ぎ見る

 

 絶対受かると確信さえしていたのに…どうして?

 

 『「はなちゃん!やっぱり落ちてたよ!」』

 

 須藤のいやに明るい声と『やっぱり』のフレーズが頭の中で再生させられる。

 

 悔しい…悔しい…。

 

 窓から差し込む太陽の光に、視界がぼやける。

 

「父さん!おれ、ここ行きたい!」

 

 休日の今日どこに行こうか予定を組んでいるユズル達3人の声が不意に聞こえ、ユズルの声に、何となく耳を向ける

 

「ん?何だ?舞台?」

 

 パパがユズルからチラシみたいな紙を受け取ったのか、カサッと音がした。

 

「わぁ!これ、最近人気の出てきた『花鳥風月』って劇団じゃない!」

 

 ママの甲高い声に、私は勢い良く体を起こす

 

 がばっ、と起きた私と目があったママは、何だか気まずそうに顔を背けた。

 

「花鳥風月…。」

 

 聞き覚えのある、いやむしろめちゃくちゃ知っている単語に思わず前のめりになって会話に参加してしまった。

 私が呟いたことで、パパがこちらに視線を向け、苦虫を含んだ様な顔で、ユズルに代案を提示した

 

「ユズル、舞台なんかより、遊園地に行こう!きっと楽しいぞ!」

 

 そういえば、前回の時も、遊園地…日焼けするからって理由で連れて行ってもらった事がないな…。

 

 

「はな、あなたは『お仕事』があるから遊園地には行けないわよね?だって日焼けしちゃうものね?」

 

 ママが引き攣った顔で意地悪そうに、私に言った

 

(あぁ、そうだ、前回もこう言って連れて行って貰えなかった)

 

 何だか懐かしい。

 

 

「やだ!ぼく、ここの劇見てみたかったんだもん!」

 

 ユズルが地団駄を踏み遊園地を拒否した

 

(珍しいな…ユズルが遊園地断るのなんて)

 

「で、でもなぁ」

 

 チラッ、と私を見てくるパパ

 

 来て欲しくないんだろうな、と分かってはいるんだけど…

 

(私も行きたい)

 

 ダメ元でも言ってみようかな?

 

「わたしも、いきたい」

 

 ギュッと目をつぶって言ってみると、すぐに否定の声がくるかと思った。

 

 でもいつまで経っても、否定の声が聞こえないから、思わず瞑っていた目をうっすら開けて様子を見てみた。

 

(あれ?)

 

 

 予想と反して、パパとママの表情は鳩が豆鉄砲を喰らった様な間抜けな顔をしていた。

 

 初めて見るかも、この表情。そんなこと思いながら二人の顔を見ていると、パパと目があった。

 

「そ、そうか…はなも行くか…」

 

 心なしか、弾んだパパの声に違和感が残った

 

 あ、でも、ママはいまだに怖い顔だ…

 その瞳の中には『嫉妬』が垣間見れた

 

「行かない…私は行かないから」

 

 ママが私を睨みつけてパパに言うと、パパの顔は曇る

 

「どうしたんだ?ママ」

 

 困った顔のパパがママの機嫌を伺うかの様に尋ねると、ママは涙を目にためて大きめの声でこう言った

 

「私、ユズルと出かけるから!あなた達も勝手に出かければ!」

 

 ふんっ!と、駄々をこねるユズルを道連れにリビングから出て行ってしまうママ。。

 

(相変わらずヒステリックだなぁ…)

 

 そんなところも懐かしいけれど…

 

 残されたパパに目を向けると、パパは相変わらず困り顔をしていた。

 

「パパ…ママのとこいってあげて…わたし、おるすばんしてるから」

 

 いつも置いてくんだし、今日もどうせ置いてく気満々だったんだから、特に変わんないでしょ?

 

 にっこりと笑ってパパを追い出そうとしたら、パパはなぜか手を差し出してきた。

 

「はな…今日はパパと出掛けよう」

 

(は?)

 

 目も合わせてくれない癖に、何を今更父親ぶってるのか意味が分からない。

 

 それに、今日『は』って何?

 

 まるで前回もあったかの様な言い方じゃない。

 

 

 今日は何だか厄日かも…

 

 オーディションは落ちるし、謎の家族サービス(求めていない)されるし…。

 

(わたしを殺したくせに…)

 

 前回の記憶に残るパパを思い出すと、何だか悲しくなる。

 

 あんなにも愛を求めていたあの頃と違って、今の私には愛情なんてもの求めていない。

 

 今更、押し付けようとしないでよ…。

 

 

 手を取らない私に、パパは手を引っ込めようか迷っている様だった

 

(ノーセンキュー、あんたの愛情なんていらないから)

 

 ふんっ、と顔を背けるとパパは先ほどのチラシを差し出してきた。

 

「はな…これ見たかったのか?」

 

 チラシの方へ視線を向けると、見覚えのある顔ぶれがあった

 

「あ…」

 

 狐顔の端正な顔と、どんぐりの目が印象に残る一面に、わたしは思わずチラシを受け取っていた。

 

「…行こう、はな」

 

 再度、伸ばされた手を、わたしは取るつもりもないけれど…

 この舞台は見たい…

 

(…今日だけ、一回だけ…良いかな?)

 

 チラシをギュッと胸元で抱えて、伸ばされた手の上にそっと自分の手を乗っける。

 

(これは違うから、手を繋いでいるわけじゃないから)

 

 今更、愛なんて求めちゃいけないの。

 わたしは一回、この人たちに殺された…だから、好きになっちゃいけない。

 

 わたしの手を包み込む様に握られた手は、思った以上に大きくて優しくて、何だかとっても泣きそうになった

 

(…こんなの嬉しくない…悔しいだけだ)

 

 目の奥が熱くなり、何だか涙が出てきそうだけど、これはきっと悔し泣きだ。絶対そうだ。

 

 

 

 でも、胸の奥が、ポカポカと暖かいのは…絶対に認めちゃダメなんだろうな…。

 

 

 あー…悔しいなぁあ。

 

  

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