第12話 オーディション⑵
本当は、どうでもよかったんだ
ある程度、給料が良くて人にまぁまぁ自慢出来るような仕事につければ勝ち組だとも思ってた、だから今の俺のポジションは順当なものだと思ってるし、特に不満も無ければ野心もない。
芸能界は思っていた以上に汚い世界だし、カメラマンとして数年働いてはいるし、芸能人は毎日のように見るが、特に興味がなくて感動もしない。
ただ単に、人生の残りの期間を消費するために毎日生きている感じがする。
今日だって、無駄に無駄を重ねた無駄でしかない無駄な仕事をしにきた。
子役のオーディションの審査員補佐として、数十組の子供の審査をしなければならない。
審査員なんてやったことなければ、やったところで意味のない『出来レース』になんの意味があるのか…。
午前の部のオーディションで、既に30組は見てきたが、誰も彼もが実力はあったし、主役も張れるビジュアルだった。
だが、この世界で必要なのは『才能』ではなく『権力』で、彼らは決して『権力』には勝てない。
広い会場で、肩書きのために集められた哀れな少年たちが哀れで仕方がない…。
会場を見渡して、純粋無垢な彼らを見ていると、芸能界の汚い部分を再認識させられる。
いまは、下っ端のカメラマンであるが、カメラマンという職種を選んだのは特に理由はない、まあ強いていうなら、綺麗なものや壮大な写真や映像をレンズ越しではなく、目で見て肌で感じたかったから。って言うのは就活の時の志望動機で使った。
(まぁ、生でもレンズ越しでもほぼ一緒だったけどさ)
所詮、そんなもんだろう。
タバコを蒸しながら、腕時計に目をやると、既に午後のオーディションが始まる五分前だ。
つくづく嫌になるよ、『千人以上の応募から選ばれた』という肩書だけの為に開催された出来レースのオーディションの審査員なんて…
肺いっぱいに煙を吸い込んで息を吐く
面倒臭いけれど、これも仕事…。ボチボチ行くか…。
タバコのフィルターを噛むと口の中で苦味が広がり不快な味がしたが、その味ももう慣れっこだ
喫煙所から出て、重い足引き摺りながら自分の担当ブースに向かう。
会場に入ると、既にそこらかしこからオーディションは始まっているように見受けられ、下手くそな泣き声、中途半端な歌声が至るところから聞こえた。
右手に持ったパソコンと、左手で抱えたビデオカメラ付きの三脚で思ったより重装備の出で立ちで、会場を歩く
自分のブースに行く途中、同期の菅原を見かけた
眠そうに審査員をする菅原と目が合うと、菅原は肩をすくめて首を横に振っていたので、俺も似たような仕草で返す
(本当、嫌になるよ…)
今回の俺の担当個所『301~305』のプラカードが目に入り、なんだか騒がしい中を覗くように入ると、3人の子供がいた…
その中の、一際小さい子供に目を向ければ、あまりの幼さに固まってしまう。
「え…」
(いや、どう見ても年齢足りてないでしょ)
キャップをかぶった小さな子供は、確かに女の子みたいに器量も良いしカメラ映えもするだろうが、オーディションの規定を破っているのは、どう考えても落ちにきているとしか思えない。
というかタチが悪い。
それを察したかのように、キャップの少年はにっこり笑って口を開く
「こんにちは!花野ミチ6歳です!ずっと『入院』していて他の子よりもハンデは多いと思いますが、頑張りますので、どうぞ宜しくお願いします!」
ハキハキと、腹から声が良く出ているのが分かる発声
声も綺麗で役者向きだ…
(入院ね…だから成長遅いのか?)
まぁ、本人が6歳だっていうんならそれでいいし、問題ないだろう。それにこれ以上、特に興味はないし質問する気もない。
花野ミチ、と自己紹介されたはいいが、このオーディションに履歴書は持ってきていない。というか渡されたこともない。
一応、会社の方で受け取ってはいるようだが、大半の履歴書は、届いた瞬間ゴミ箱へ運ばれる。
だから、目の前の彼らのものも既にゴミ箱で眠ってるだろう…
全くもって資源の無駄でしかないな…。
一瞬遠い目になってしまったが、緊張しているのか固まっている少年たちに意識を戻すと、キャップをかぶった小さい少年の横顔が見えた。
(…あれ?なんか…見たことある気が…)
見覚えはあるのにちゃんと思い出せないモヤモヤがうざったい。どこで見たのか、本当に見たことがあるのか、それさえもわからない奇妙な感覚…。
思い出せないイライラが顔を出したことにより、集中力が思った以上に欠如していたことに気づき、今は仕事に集中せねばと、大脳に指示を出す。
「それじゃぁ、早速始めるから…一人ずつ自己紹介してね、あ、君はもう聞いたからいいや。」
君、と303番のキャップの少年に言うと、パイプ椅子に腰かけた。
(やっぱり、気のせいか?)
303番に見覚えはあったと思うけど、それが誰なのかも思い出せないなら、特に気に留める程のことでは無かったんだろう。
とりあえず、今はこの退屈なオーディションを終わらす事だけに専念すればいい、今目の前で自己紹介している彼らも、才能もあれば容姿も飛び抜けて良いだろう…だがそれだけだ。
日本の芸能界という分野でなければ正当に評価されていることだろうが、この世界では、どんな才能でさえ権力の前では無力だ
どんな無理難題を押し付けて、彼らを落とそうか考える。
このオーディションは千人の応募者に対して、わずか二次審査までしかない。
この一次審査は、特に決まった内容の試験がないが、ここで9割が落とされる。
二次審査に残るのは上層部が決めた子供だけで、そのうちの一人は既に合格が決まっている。
この一次審査は、『千人以上の応募から選ばれた』というキャッチコピーの為の踏み台でしかないのに、どうしてこんなに参加者がいるのか不思議でしかない…。
まぁ、これも我らが誇る、『世界のニノマエ』のネームバリューのおかげなのかな?
まぁ、そんなことは置いといて、早く俺も『審査』しないとな…考え事をしていたら、残り二人の自己紹介も既に終わっていた。
この一次審査では、俺ら審査員がそれぞれ好きにお題を出して行う。
なんだっていい、先ほど見た同期の菅原は『泣く演技』を題にし、他のブースでは『歌唱力』を題にしていたから統一性さえもない。
(考えるのも面倒クセェな)
チラッ、とパイプ椅子に座る3人を見る
(そういえば、302番と304番は劇団所属か…)
演劇って、あんま見たことないんだよな…中学の時つまんない公演会を一回見たっきりだ…
どうせ落とすなら、ちゃんと理由のある『不合格』の方が気持ち的に楽だし、『これ』でいいか…
両手をパンッ!と合わせると、302番と304番が面白いくらいビクついていたっから、つい口角が上がってしまう。
それを隠す為にあえてにっこりと笑顔を作り、彼らに『題』を伝えた。
「オーディション一次審査の内容だけど、君たちにの中に二人も劇団員がいるならさ、『自分語り』を演劇の様にやってみてよ!自分の生立ちや芸能界に入った理由とか、なんでもいいから演劇風に語ってみて!」
思わず笑い声が溢れる
固まってしまった子供たちを見て、またもや意地悪く口角が上がる。
(性格悪くなったな〜俺)
いや、もともとか?
そんな事を思ってたら、緊張に固まる二人の間で、303番と目が合う。
闘志爛々と輝く双璧に、なんだか、やっぱり見覚えがあるような気がするが、どうしても思い出せない…。
(劇団所属の二人はまだしも、303番は無理難題だったか…)
普通のオーディションなら、まず考えられないだろう…こんな『題』。
だがこれは落とす為の一次審査…
台本も何もない自分で言葉を考えなければならないこの状況に加え、演劇風に動作も加えなければならない。
6歳という年齢で、それが出来るか?いや、無理だろ普通に…。
手っ取り早く失敗して諦めてくれ…、そんでちゃんと評価される所で活躍してくれよ…。
本当、大人って汚いよな…。
「それじゃ、誰から始める?」
ごめんな、汚い大人で…。
☆
「それじゃ、誰から始める?」
その言葉に、狼狽た両隣が顔を見合わせていた
(まぁ、無理もないか…こんな難題、前回でもそうそう無かったし。)
前回の時のオーディションで経験した『難題』を思い出し、軽くトラウマ心が刺激され鳥肌が立った。
(あの時に比べたら、こんなの可愛いものだもの…出来ない理由にはならない。)
前回の『あの時』を思い出さないように意識しながら、気を逸らし、今回の審査について考える。
今のこの『審査』に打ち勝つ為に私に必要なもの…
第一に頭に上がったのは、『思い出』…『花野ミチ』としての思い出だ。
自身の生立ちを『自分語り』しなければならない今、私は在もしない花野ミチと名乗った。
そして、何よりも先ほどの自己紹介で「入院していた」という虚言すら吐いた
そんな人物、何処にもいやしないのに、架空の人物の人生なんてどう語ればいい?
大仰に語った所でボロが出る…この普通ではないオーディションで『普通』に語ったとしても勝ち取れる訳も無い…。
今の私が縋れるのは、私自身の記憶と前回の経験だけ
たくさんの作品と天才と展開を見てきた…その中で感動した話を自分のように話す…?
(いや、そんな上手くいく訳ない)
ああいう感動する話には『温度』がある
『温度』のない私が、それを演じるように語った所で、人の気持ちを揺さぶることなんて出来ない…。
『嘘』の人生を語った所で、誰が心を揺さぶる?
これは普通の『演技』ではない…最初から『登場人物』として設定されている作品と違って、今のこの人物像が0の状態で、どう『花野ミチ』を生み出せばいい?
(っ、どうしよう…どうすればいい)
最初は、勝ち取れるって自信しかなかったのに、急に不安になってしまうのは、前回からの悪い癖…。
黙り込む私達を見て、ニヤケ顔のアフロが『尖塔のポーズ』で、私たちの様子を伺っている
(何よ、落とす自信満々ってこと?)
イラっとしたが、その苛立ちのおかげで冷静さを少し取り戻せた
観察するようにアフロの『尖塔のポーズ』を盗み見る。
『尖塔のポーズ』…高慢ちきな芸能関係者でも、これをする人は多い。
考え方や地位に対して相手より優勢に感じたり、単に自信家の人が多くこの仕草をしている…。
前回の時、人とのコミュニケーションに対して自信がなかったから独学で『行動心理学』を興味本位で勉強していて、その時のトピックの一つに、この『尖塔のポーズ』が載っていた。
芸能関係者でこの仕草をする人が多いものだから、未だに覚えていたけれど、こんな所で分析するなんて思ってもみなかったな…。
こんな所で思い出しても意味ないのに…。
下唇を軽く噛み、目線の先には、未だに『尖塔のポーズ』を崩さないアフロがいて、心を落ち着かせようと軽く目を閉じた。
(…そういえば…)
目を閉じ、ふと目蓋の裏で昔読んだ本が浮かび上がってくるような感覚がして、その時、『尖塔のポーズ』が書いてあった本の中で、『嘘』について書いてあった事を思い出す。
朧げな記憶で、詳しくは覚えていないけれど、なかなか印象的だったから、そこのフレーズだけ覚えている…確か
『嘘を吐くときは少しだけ真実を混ぜるといい
そうすれば、自身の大脳辺縁系さえ騙し通せる。』
そのフレーズは、確か…FBIの諜報員のものだって記載されてたはず…、『嘘』についての他の詳細は忘れちゃったけど、なぜかそこだけ覚えてる…。
(嘘に少しの真実を混ぜる…)
『花野ミチ』という人物に、『道野はな』を混ぜれば…私自身さえも騙し通すことが出来たりする…?
それにその意味合いだと、まず最初に騙さなければならない相手って、『私自身』って事?
(見えてきた…かも)
悶々と湧く打開策のヒントに、好調感から口元が上がる
「ん?303番くんは余裕そうだね?」
意気揚々としていたら、突如声を掛けられ、視線を上げるとアフロと目が合う
思わず目をパチクリとさせてしまうが、悟られないように微笑んで見せる。
「はい!とても幸せな思い出だったので、どれを話せばいいか迷っちゃって!」
用意していた言葉を子供らしくそういえば、アフロは少し眩しいものを見るように目を細めた。
「じゃぁ、トップバッターは君でいいかい?303番くん」
『尖塔のポーズ』のままこちらへ尋ねるアフロに、眉毛から目元の力を抜いて、へにゃっとした『素人スマイル』を浮かべると、アフロは無意識なのか、同じように眉毛を下げていた。
「よろしく願いします!」
ぴょんっ!とパイプ椅子から飛び降り、アフロの前に降り立った。
…時間稼ぎはもう出来ない…一発本番の『虚言劇』スタートってわけね。
拳を握りしめると、汗で掌は湿っていた。
(行くしかない、後には引けない…)
『花野ミチ』を創造する際、ベースにする人物は既に心当たりがあった。
(今日は『本』に助けられるな…)
前回の時に、たまたま手にとった闘病生活における自伝書籍。
筆者の幼少期から青年期に渡るノンフィクションの闘病日記だ。
かなり前に読んだので、大まかな内容と心情描写しか覚えていないが、あれは私の人生においてかなりの爪痕を残したのは未だに覚えている。
その時の筆者の気持ちを、私は『花野ミチ』として置き換える。
そして、『道野はな』としての『真実』を混ぜれば…
『花野ミチ』は完成する。
(一発本番、今だけは『私』を捨てろ)
目を開くと、そこは既に舞台だ…
行くよ、『花野ミチ』
☆
音をシャットダウンした空間の中、僕は何もないそこに投げかける。
『花野ミチ』を晒け出す
「僕は、生まれてから一度も…おかあさんの顔を見たことがありません…。母は、僕を産んだ日に亡くなりました…」
顔に驚くほど力が入らない…目の前には暗闇が見える
言葉が、まるで鉛を転がすように鈍く口から溢れる
「母が残してくれたのは、僕の名前と、母を死に追いやった『病気』だけでした。」
心臓に手を当てて鼓動を確認し生きていることを実感する
「生まれてから一度も、おとうさんは僕の目を見て話してくれません。
僕が生まれたことにより、母が亡くなったからです。」
朧げな記憶の中に潜む、僕の記憶
ゆっくりと両手を広げ、天を仰げば青空が見えた気がした。
「それでも、僕は愛されていました…。
愛されていたと信じています。
母と同じ病気が発症した日から、入院したその日から…
父は目を合わせてくれませんが、毎日僕のもとへお見舞いに来てくれて不器用ながらも、リンゴをむいてくれるのです。」
父が切った、不揃いのリンゴの大きさに思わず口元が緩む
本当に嬉しかったのだ、父は無愛想で笑顔なんて見せてくれないけれど、毎日むいてくれるリンゴだけは父の愛が感じられたから。
「治療の為に飲んでいた薬が合わず、胃が荒れてたくさん血を吐き、毎日僕の周りは赤く染まっていたのです…毎日、毎日…」
あの日を思い出すと、喉の奥が熱くなって、思わず両手で喉を抑える。
あぁ、リンゴの香りを思い出す…
「飲まなければ病気に蝕まれ死んでしまう、そう言って嫌がる僕を押さえつけ、無理やりこじ開けられたせいか、毎日…口の端が切れていました」
たくさんの血を吐くけれど、それでも飲まなければ死んでしまうから、無理やり飲まされた薬…
血をかぶった不格好なリンゴの姿
「痛くて、苦しくて、…」
薬の副作用で激痛に悶える体は痛くない所がなかったし、食べ物もまともに食べられず、点滴で腕の血管を使い潰した。
あの日の苦しさを体が思い出し、鳥肌と冷や汗が止まらない。
思わず、喉を抑えた掌に力を込めると喉からヒュッ、と音がした
「生きたい、もっと生きたいと思う反面…僕の体は何度も死に向かい…」
ぎりっ、歯軋りの音が口内で響く
「痛みで眠れない日々が続き、ついに死を望むようにもなったのです」
生きたい、という気持ちと、死にたい、という気持ち
鬩ぎ合う葛藤に、血を吐きながらも懸命に命をつないでいた
「何度も…しにたい…と無抵抗な父に拳を振り上げました」
殺して、許して、父に向かって泣き叫んだ言葉を今でも忘れられない。
「父は、何も言わず僕を抱きしめました…毎晩毎晩…痛みで暴れる僕を抱き締めました」
喉を抑えていた手を自身を抱きしめるように両手を交差させる
「父は抱きしめてくれるだけで、僕に何も言葉くれませんでした…。
その時、『あぁ…僕はやはり愛されていないのか』と、悲嘆さえもしました。」
あの日感じた悲しみを思い出し、顔を歪める
「けれど…けれど…それは僕の勘違いだったのです…」
ギュッ、と再度自身を抱きしめ直し顔を伏せる
「苦しいのも痛いのも、もう嫌だ…。と、目を合わせてくれない、父に向かって、そう泣き叫んだけれど」
言うだけ言って、僕は父の顔を見ようとはしなかった…。
辛いのは自分だけだと悲劇の主人公気取りだったんだ
「僕が気づかなかっただけで…父はいつも泣いていたのです」
抱きしめられた腕の隙間から見えた僕以上に辛そうに顔を ぐちゃぐちゃにさせて泣くおとうさんの姿を思い出す
「僕に心配をかけまいと、泣いている声を押し殺す為、唇を血が出るほど強く噛み…手が震えないよう力を込めて握り締めた拳は爪が割れていました。」
両の手を胸へと当てる
「いつも不器用で、微笑んでさえくれない、父が…。」
喉から熱いものが込み上げる、鼻がくぐもる
あの日、あの場所で、おとうさんが泣いたあの時
「死にたいと言った僕に向かって『生きていて欲しい』と、初めて目を合わせ、産声のような泣き声でそう言ってくれたから…」
初めて見たおとうさんの瞳は、僕が思っていた以上に優しくて、愛に溢れていた。
あぁ、思い出すと、思わず心がポカポカする…
僕、今きっと笑ってるんだろうなぁ…
「僕は、愛されている事を…生きる事を、受け入れました
生きるのは苦しくて、本当に投げ出したくなるけれど…
僕が死にたいと言った一日は、母が死ぬほど生きたかった一日なのだと気づいたのです。
僕は母に生かされて、父に生かされている。
その命を…人生を…満了することが、今の僕に出来る唯一なのです。」
母のことを思うと、死を望むことに後ろめたさを感じる
僕を産むのと引き換えに、母は命を落とした…
母の死に囚われ、僕と目を合わせてくれないのだとも思った
だが、一番母の死に囚われていたのは、僕自身だったと気づいたのだ。
「僕の人生は、これからも続き…そしていつか散るのでしょう…
人生は一歩一歩、死に向かう…だから、僕は安心して…
今を生きるのです。」
生きることは確かに辛いことだけれど…『死』が必ずあるのなら、僕は、安心して生きていける…。
だって、死は希望だから。
ゆっくりとお辞儀をすると、視界が広がり思考回路が解け始めた。
『花野ミチ』自己語り 終幕
☆
(…うん、及第点)
雪と蝶の『舞』の時みたいに全部記憶が飛んでいるわけじゃないから暴走せずに済んだ。
(演劇風って言われたから、言葉使いを気をつけたけれど、わざとらしくなってなかったかな…?)
前回も今回も、演劇経験なんてないから、『演劇風』に対しては本当に即興だった…。
一応、ここが舞台だと思って感情のままにボディランゲージしてはみたけれど…
アフロの反応が気になる…
ゆっくりとお辞儀していた頭を上げて、キャップの隙間から覗き見ようとしたが…
パサッ
一気に視界が広がった、思わぬ出来事にたじろぎ頭を振る
「えっ、」
キャップに敷き詰めていた髪が散らばり視界から舞い落ち、肩に広がる。
ついていけない思考回路のまま、キャップを剥いだ目の前の人物に視線を上げる
「…やっぱり」
真っ赤に充血した目と、頬に涙の線が残ったアフロの顔
「お前っ!」
後ろで、若月エリオットが声を上げていたので振り向くと、どんぐり少年は涙と鼻水で汚い顔をしながら、あんぐりと口を開けて金魚のように口をパクパクさせていた。
嫌な予感が胸中に広がった
「…『舞』」
アフロがポツリと声に出した瞬間、悪い予感が的中してる事を確信し、考えるより先に無意識に足が動いていた。
(ばれたッ!!)
私は、パイプ椅子をなぎ倒しながら駆け出していて、後ろで制止する声を無視し私は退場する参加者の間を小さな体を利用して縫うように駆ける。
既視感のあるこの行動に、ふと雪と蝶のクランクアップ後を思い出し、思わず苦笑いした
(でも、今回は逃げなきゃマズいよね!?)
前回と違い、今回は応募規定を丸っと無視しての参加だ。
このまま捕まれば、これからのニノマエ作品に出演できないかもしれない。
それは絶対に嫌だ!
今回だって手応えはある、かなりある。
(あとは…)
脳裏に過ぎるアフロの泣きはらした表情を思い出す
(アフロにかかってるってことね…)
思った以上に軽い足取りは、これからの私の運命をどう切り開いてくれるんだろう…。
弾んだ胸の鼓動が、それを教えてくれればいいのに…。
☆
作者の呟き
一次審査で五分間という制限時間かけた前回の私、なんて事をしてくれたんだ!!
五分に収まるようになんとかストップウォッチ片手に音読…。
アフロ、頼むぞ、アフロ…。
はなちゃんの為に上に噛み付いてくれアフロ…。
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