第3話 まさかの展開!?

 

 

(あーあ、子役としての人生終了かぁ)

 

 早かったなぁ〜。とため息をつくわたし。

 

 子役として、まだ何も演じてはいないが、やらかしてしまった自分が、この先もう一度使って貰えるとは思わない。

 

「まぁ、良いか」

 

 後悔はしてない。

 

 でも…。

 

「…演じてみたかったな。」

 

 『嫌な奴』以外の演技を…。

 

「じゃぁ、演じてみる?」

 

 後ろから声がした。

 気配なんてなかったのに!!

 

「っ!?」

 驚いて振り返ると…。

 

(っ!!!稲田孝作っ!!)

 

 ニヤッとニヒルな笑みを浮かべる丸メガネの男。

 ボサッとした頭は寝癖だらけで乱れてて、髭も生えっぱなし。

 服も、ダボっとしていてシワが目立つ。

 パッと見、不審者だと言われても仕方がない様な風貌。

 

 しかし、侮ってはいけない。

 この人は、この人の手がける作品は…天才的なんだから。

 

 脚本家、稲田孝作。

 彼を知らないテレビ関係者はいない。

 大学卒業と同時に、華々しいデビュー作『虚像の愛』を手掛け、それからは大ヒット映画、ドラマを連発している。

 彼の作品に出演した人たちは皆、成功を収めていると言っても過言ではない。

 

(そんな、彼が…なぜ)

 

「いやぁ〜。実はさ、今から『みんなといっしょ』に子役借りに行く予定だったんだけど、行く手間が省けてよかったよかった」

 

 軽い口調で話す稲田孝作。

 

(まって…。確か、この頃の稲田孝作の作品といえば)

 

「ほんと助かったよ〜。『雪と蝶』の最後に子供使うの忘れてたんだよね〜。今日が撮影最後だしいー、またオーディションするの面倒くさいからさ〜。」

 

(『雪と蝶』!!私が二歳の時期の視聴率一位!)

 

 水曜十時から放送の『雪と蝶』

 主人公の雪が、三年前、自分の子供を事故で亡くしてしまう。

 その事を夫や両親から責められ離婚。

 それでも、何とか生きる雪の人生を描いた作品。

 そして、最後は、ずっと支えてくれた幼なじみの男性と結婚し、子供が出来たと泣いて喜びあうシーン。

 その後、3年後の雪達の幸せな家族のシーンが流れるんだけど…。

  

 確かに『雪と蝶』の最後で、主人公の雪の子供が出てくる。

 でも、確か…その役って。

 

「あ、でも君って『泣く』演技出来る?」

 

(そうだ、あの、子役潰しのラスト)

 

 最終回で、主人公の雪が車に跳ねられるシーン。

 3年後の幸せな家庭を築いた雪が、子供と散歩をしている最中、信号無視の車が子供に迫り、雪は子供を庇って事故に遭う。

 

 そのシーンで、子供は咽び泣くんだけど、そのシーンが…。

 

(すっごく酷かった。)

 

 子役の泣き方が、まるで幼稚園のお遊戯会を見ているかの様な出来で、稲田孝作の作品で唯一、物議を醸した。

 

 演じた子役は、バッシングに加え、事務所から契約を切られ子役としての人生を終えたのだった。

 

 子役潰しのラスト。と名高いあのシーン。

 

 その役を、私がやる事になるなんて思いもしなかった。

 

 冷や汗が背中を伝う。

 

「ん?泣く演技できるかい?お嬢ちゃん?」

 

 小馬鹿にした様に再度、言ってくる目の前の男。

 

 さっきからその胡散臭い瞳は、期待なんてしてない。とでも言う様に、子役なんて誰でも良いなんて抜かしてる。

 

 そんなの、私がやらないわけないのに!

 

「やる!!私、泣けるよ!」

 

 子供らしく手をあげて声高らかに宣言した。

 

 稲田孝作は、手をパチパチと叩いて子供を褒めるかの様に

 

「すごいねぇ!それじゃぁ早速演じてみようか!!」

 

 

(絶対、負けない!!)

 

 舐めた態度の稲田孝作に闘志を燃やしながら、私はボサボサの頭を追った。

 

 

 ☆

 

 稲田孝作の後についていくと、テレビ局の外に車が止まっていた。

 その車に戸惑いもなく乗車する稲田孝作。

 

「ほら、嬢ちゃん、君も乗りなさい。」


 一瞬躊躇いもしたけれど、私はすぐに小さい体で精一杯跳ねて、車に飛び乗った。

 

「あんまり時間もないからね、一発本番だけど大丈夫でしょ?」

 

 ご飯がないからパンだけど大丈夫でしょ?とでも言う様な軽さ。

 

「あと、台本ないから、アドリブでお願いね。」

 

(…は!?嘘でしょ!?)

 

 あんまり過ぎる指示に、私の顔は引き攣りかけた。

 それでもニコニコとした笑顔を崩さなかった事を誰か褒めてくれても良いと思う。

 

「うーん、じゃあね、一つだけおしえて!

 わたしが演じる子ってどんな子なの?」

 

 ニコッ!と笑いかける私に、稲田孝作は面倒臭そうにため息をついた。

 

(なにさ!あからさまに期待してないとでも言う様に!!)

 

 丸メガネの奥の胡散臭そうな切れ長の目を少し睨む。

 

「そうだなぁ〜。うーん、強いて言うなら明るくていつも笑ってて、全然泣かない様な子。」

 

(普段泣かないような子のなく演技か…。)

 

「まぁ、どうせ一発撮りだし、失敗する様なもんだから力抜いてやりなよ。」

 

 手をひらひらと振り、稲田孝作は、もう話しかけるな、とでも言う様にスマホをいじり始めた。

 

 目的地に着くまで、車に揺られながら、わたしは『雪と蝶』について考える。

 

(楽しみだな…。大物2人に会えるなんて)


 前回の私が、大好きで憧れていた女優、俳優はたくさんいたが、中でも特に好きだったのは、今回『雪と蝶』の主演である、泉さゆりだったりする。

 

 二十二歳から芸能界にデビューした彼女は、可憐な見た目からは想像できないパッション溢れる演技は力強く格好良かった。

 数々の作品に

 出演する彼女は、刑事ものや出来る女系の登場人物をすることが多く、その役柄がピッタリ合っていた。

 

 だから、『雪と蝶』に出ている彼女は、何故だか同じ人物だとは思えなく、後から主演している事を知り、私が前回死んだ後も浮遊霊として、彼女のところに行って観察をしてみたりもした。

 

 私が死んで三年後、週刊誌で、彼女の過去について書かれていた記事があったけれど、私はその記事を読んだ時、もう死んでいて痛みなんて感じない筈なのに、胸がズキっとしたのを覚えてる。

 

 【泉さゆりの真実 過去に流産していた!?】

 

 その見出しを今でも忘れられない。

 その週刊誌が出利始めた時、彼女は芸能界から姿を消した。

 

 苦い思い出を振り返りながら、考えた。

 週刊誌に記載された情報の、おおよその計算だと、彼女が流産したのが、今から約3年前…。

 

(無事に生まれていたら、私と同い年…。)

 

 何だか、感慨深い。

 

 だからなのかな、『雪と蝶』のラストシーンが、とても不自然だったのは…。

 

 子供を助けて事故にあった雪が、病院で目覚めるシーン。

 旦那さんと子供が泣きながら抱きつくんだけど、雪は何だか微妙そうな顔をしていて嬉しそうではなかった。

 

 それが後々、ネット民や評論家が、色んな考察をしてしばらくの間『雪と蝶』ブームが続いたんだけどね。

 

 車が走って十分ほど経った頃、目的地に着いたのか車が停止する。

 

「お、ついたね。…それじゃあ行ってみようか。」

 

 私を見る事もせず、一人だけ車から降りていってしまった稲田孝作。

 

 小さい体で、しがみ付きながらもゆっくりと車から降りる。

 それでも、車体の高い車は怖くて、降りるまでに時間がかかる。

 

「大丈夫か?嬢ちゃん。」

 

 低く優しい男の人の声と共に、私を後ろから抱き上げてくれる腕がお腹に回された。

 

 ゆっくりと地面に下ろされ、抱き上げてくれた人物を見上げた。

 

(わ!!加藤駿平!!)

 

 ふわふわな髪と甘いマスクのイケメン俳優、加藤俊平がそこにいた。

 『雪と蝶』の雪の幼馴染みであり、最後に雪が結ばれる相手の役だ。

 

 かっこいいなぁ、と見上げていると、加藤俊平が頭を撫でてくれた。

 しなやかな指に整えられた爪。

 さすが大物俳優!!

 

(うわぁ!!すごい!)

 

 今、自分の目がキラキラと輝いているのがわかる。

 

「ありがとーござぁいます!」

 

 ふにゃっとした笑顔を向けると、加藤俊平はまた撫でてくれた。

 

「嬢ちゃん、どうしてここにいるんだい?誰かの娘ちゃんかな?」

 

 笑顔で問いかける加藤俊平に子供らしく擦り寄る。

 

「ううん!あのね、撮影しにきました!」

 

 はい!と手を挙げると、加藤俊平は驚いた顔をして、すぐに困った様に頰をかいた。

 

「まじか」

 

 そう言うや否や、加藤俊平は私を抱き上げ、稲田孝作が歩いて行った道を進み始める。

 

「嬢ちゃん、お名前は?」

 

「はい!道野はな!3さいです!」

 

「そうかそうか、偉いなぁ自己紹介出来て!」

 

 そういってまた頭を撫でてくれた。

 こんなに至近距離でイケメンに撫でられたことなんて無いから、私の頭はお花畑状態である。

 

(めっちゃ好き!)

 

 ホクホクとした気持ちで加藤俊平とお話をしていると、あっという間に目的地についた。

 

 見渡すと、カメラの機材やスタッフの人数が『みんなといっしょ』の比ではない。むしろ比べちゃいけない。

 

「うわぁ!」

 

 意図的に作った、はしゃいだ声を出すと、加藤俊平はクスクスと笑い出した。

 

「娘がいれば、こんな気持ちなのかな?」

 

 愛おしそうに微笑む加藤俊平に自然と頬が赤くなる。

 

「かとうさんがお父さんって、すっごくうらやましいなぁ!」

 

 キャッキャと無邪気に笑うと、加藤俊平も笑顔を返してくれた。

 

「はなちゃんみたいな娘が欲しかったなぁ」

 

 何だか悲しそうな顔をする加藤俊平に、私は首を傾げた。

 

 今の加藤俊平はまだ三十歳だし、もう結婚して奥さんもいるのに、なんで子供を諦めた様な口ぶりなんだろう。

 

「かとうさん、こども欲しいなら橋の下に行けば拾えるってママ言ってたよ!わたしも橋の下で拾われたんだって!」

 

 元気付けるために、そう言うと、目を丸くさせ驚いている加藤俊平と目があった。

 

「あー、はなちゃん?はなちゃん、橋の下で拾われたの?」

 

「うん!ママに赤ちゃんはどこからくるの?って聞いたらそういってたよ!」

 

「なるほど、そう言うことか」

 

 冗談を察したらしい加藤俊平に、わたしも内心ホッとした。

 

(早い段階で察してくれてよかった)

 

「うちは、ちょっと難しいかな」

 

 加藤俊平が悲しそうな声色で呟いた。

 

「え〜?どうしてぇ?」

 

 首を傾げて可愛らしく尋ねると、加藤俊平は目を伏せて数秒黙り込んでしまった。

 

(子供らしく、無遠慮に入り込みすぎたかな)

 

 内心焦り出す私を他所に、加藤俊平は絵になるけれど、悲しそうな笑顔を私に向けた。

 

「僕の奥さんね…。赤ちゃんが来づらい…ううん。見つけづらい体質みたいなんだ。だから、橋の下の赤ちゃんを、ずっと見つけられないでいるんだ…。」

 

 泣きそうな顔の加藤俊平に、私は気づいた

 

(不妊…か)

 

 初めて知る、加藤俊平の裏の顔。

 

 華やかで成功したイケメン俳優の暗い部分。

 

(イケメンの悲しい顔は国の損失だよね)

 

 私は、意を決して、加藤俊平の頭を撫でた。

 

 目を丸くさせ顔を上げる加藤俊平。

 彼のことは、あまり知らないし、過去に何があったかも詳しくない。

 でも、彼の未来なら、少し知ってる。

 その未来が、あまり良いものではないっていうのを知ってるから。

 

 わたしは彼に幸せになって貰いたいって心から思うよ。

 

 

 わたしの行動を戸惑う彼に、くしゃっとしたあどけなく無邪気に言う。

 

 

「じゃあ、はながいっしょにさがしたげるね!!」

 

 今にもこぼれ落ちそうな、潤んだ瞳に笑いかけた。

  

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