第2話 戻ってきたデビュー日。
「はなちゃん!準備はできた?」
聞き覚えのある、軽い声。
見上げると、パーマをかけたであろう茶色の髪をセットしてキメている若い男がいた。
(須藤…。)
見覚えるのある顔に、嫌悪感を抱く。
「はなちゃんは、これからココにいるみんなと楽しく歌って踊ればいいんだよ!」
周りにいる、私より一つか二つ年上であろう子供たちを指しながら、須藤はニコニコとわざとらしい顔をして話しかけてきた。
忘れもしない、この男。
おちゃらけた顔をしたこの男の名は、須藤 一【スドウ ハジメ】。『前回』の初めてのマネージャーだった男だ。
須藤…。仕事は出来るが、取ってくる仕事は常に私が『嫌なやつ』に見える仕事ばかり取って来ていた。
確かに、須藤が取ってくる仕事は、私の『顔』には合っていて、とても適任だったが、それでも幼い私につけられた『レッテル』を悪名高いものにしたのは、この男が原因だ。
いじめを問題にしたドラマのいじめっ子役だったり、性格の悪い親子の子供役だったり、須藤は好んでヒールな役回りのものを選んだ。
そのせいか、私に根付いたイメージは『嫌な奴』で、ネットや周囲の目がとても厳しいものになり、辛かったのを覚えている。
一度、須藤に直談判したことがある。
「お願いだから、『嫌な奴』の役はもう取ってこないで!」
涙ながらに頼む私を、須藤は面倒臭そうにため息をついてこう言った。
「いや、君さ、『嫌な奴』の役でしか仕事取れないのに、何わがままいってるの?
それに、案外本当に普段の生活でもいじめとかしてそうなんだから、何も問題ないじゃん?」
その言葉に、私は何も答えられなかった。
大半の時間を共に過ごして来て、少しはお互いを相棒だと思っていてくれていると思っていたのに、須藤は、私をそんな風にしか思っていなかったのだ。
その後、須藤は私を『売れっ子』にした事が評価され昇進し、私のマネージャーから担当を外れた。
そのことを知ったのは新しいマネージャーが担当すると伝えられた時だった。
何も言わず、私から離れた。
だから、私は須藤が嫌いだ。
利用するだけ利用して、最後は捨てられる。
ニコニコと嫌悪感を与える笑顔を私は内心顔をしかめて睨みつけていた。
しかし今はまだ、私のマネージャーではなく、親子番組に出演する子供たちを纏めて子守する新人の役目しか与えられていない。
(それなら、私がとる行動は)
「おねがぁいします!」
ふにゃっ、と眉毛をハの字になるよう力を抜き、釣り上がった目元を極限まで垂れさせ、三日月の様にくしゃっと細くさせる、頬をあげ、広角を緩く左右対象になる様に上げる。
柔くまろい声色になる様に発声し、とびきりの『シロウトスマイル』を放つ。
軽く首を傾げて上目使いで須藤を見上げると
「っ!!…かわっぃ。」
思わずっ、とでもいう様に咄嗟に口元を隠し語尾が小さくなる須藤。
ふわふわとした微笑みをキープして、子供たちの輪に入れば、子供たちの中でも飛び切り小柄な私は完全に目立っていた。
(いいね、この感じ。目立ってる目立ってる)
カメラマンや音響、スタッフ達が動きを止め、私に目を止めているのがわかったので、私は一人ひとり順番に、目を合わせてニッコリと微笑めば、みんなして同じ様な反応をした。
「あの子、めっちゃ可愛い!」
「今日初めての子でしょ?」
「今日の撮影、あの子メインでカメラ回すわ」
「あんな可愛い子どこで拾ったんだ!羨ましい!」
(良い反応してる。イメージ植えは良い感じね。)
周りに悟られない様にほくそ笑む
今日、撮影するのは子供番組の『みんなといっしょ』の収録。
一般の子供から事務所所属の子役まで、幅広く出演している。
前の私も、初めての撮影は『みんなといっしょ』だった。
あの時は、緊張のあまりカチンコチンに固まり、挨拶もろくに出来ず、収録中もむすっとした顔で、スタッフの人を困らせてしまったのが懐かしい。
(今回は挨拶出来た…よし。)
ギュッと胸元でに入り拳を作る。
周りの子供達はソワソワと落ち着きがない中、ダンスの振付師が、子供にもわかる様に丁寧に振り付けを教え始めた。
簡単な振り付けで、すぐに覚えられたが隣の男の子はコツが掴めないのか焦った様に腕をぶんぶんと振り、懸命に体に覚えさせようとしていた。
「あのね!みぎの手がうえのとき、ひだりの足を前にしてると、つぎのふりのとき、らくちんだよ!」
ニコッと愛嬌のある笑顔を向けながら、男の子に言うと、男の子は顔を真っ赤にさせ顔を背けた。
(あれ?余計なお世話だったかな?)
男の子が離れたところに行ってしまい、一人ポツンと取り残される。
まぁ、良いや。と自身の振り付けを再度確認し、もっと可愛く見える様にアレンジを考え始めると、奥の方でバタバタと忙しない音が聞こえた。
「はーい!それでは!ゆうなちゃん入ります!!」
スタッフの一人が声を張り上げる、 バンッと扉が乱暴に開かれ、
甲高い声が辺りに響き渡った。
「お願いしまぁす♡」
鼻にかかった媚び媚びの声。
(うわ、わかりやすっ)
わかりやすく媚びた声に、鳥肌が立つ。
ゆうな、と呼ばれた女の子を見ると、まず初めに目に飛び込んできたのは、キッツイどっピンク。
(…前のときは何とも思わなかったのにな)
フリフリのドレスは蛍光色のピンクで、二つ縛りで結ばれたリボンも真っピンクだ。
番組の衣装だとしても、目に悪すぎる。
ゆうなは、現在十二歳の子役としては既に期限切れの年齢だが、何とか教育番組で繋ぎ止めている運が良い方の子役だ。
顔も特別可愛いと言うわけでもないし、歯並びが悪く目も大きくない。
そして、何よりも…。
「それじゃぁ!ゆうなちゃん!リハーサル始めるので定位置に立ってください!」
「はぁい♡」
内股小走りで、私たちの前の位置に立つゆうな。
チラッ、とゆうながこちらを見る。
(あぁ、やっぱり。)
ギロッ、私たちに睨みを効かすゆうな。
その睨みに萎縮する子供達。
嫉妬に濡れた表情のゆうなに、私は思わず笑みが溢れた。
(その気持ち、わかるなぁ)
年齢には勝てない。それが子役の常識だ。
私も過去に体験したことのある嫉妬の気持ち。
今のゆうなの気持ちは痛いほど分かる。
ゆうなをじっと見つめていると、バチンッ、目があった。
一際小さい私を見て、ゆうなは眉間にシワを寄せ、スタッフに声をかけた。
「ちょっと!あの子外してください!!」
あの子!と私の方を指差すゆうな。
「え?ゆうなちゃん?急にどうしたの?
どうしてあの子を外したいんだい?」
困った様子のスタッフに、ゆうなが噛みつく
「あの子!睨んでくるんです!!目つきも悪いし、この番組には合ってないわ!」
金切声でゆうなが喚く。
「ちょ!睨むって、あの子、今日からデビューの二歳の新人ちゃんだよ?もう少し優しく出来ない?」
呆れた様な顔でゆうなを嗜めるスタッフの一人に、ゆうなはめげずに声をあげている。
(…前と違う)
前は、ゆうなが睨みを効かせて萎縮した子供達が練習以上にぎこちないダンスを披露しながらも、何とか無事に収録を終えていたはず。
こんなこと、起きてない。
まさかの展開に反して、心は凪いでいる。
たくさんの視線を浴び、それでも動揺しない心持ちに我ながら、成長したな、と感慨深いと考えて、周囲を見渡す。
目が合った一人ひとりに、悲壮な面持ちで助けを求める様に目で訴えると、それまで見ていただけだったスタッフ達がコソコソと集まり話し始めた。
「ゆうなちゃん。聞いて」
スタッフの一人が興奮の止まないゆうなに話しかける。
ゆうなはギッと睨みつけながらも、口をモゴモゴと動かしながら押し黙る。
「今まで、ゆうなちゃんのわがままは出来る限り聞いてきたけれど、もう限界だよ。
ゆうなちゃん、君に看板を任せるのは今期で終了だ。」
ゆうなは、目を見開きぽかんと口を開けていた。
(!!嘘、前の時は、もう一年ゆうなが出演してた…。今期いっぱいなんて…。何で、一年も早く?)
自分が記憶ありなのが、この原因としか思えない。
ゆうなは、真っ赤だった顔が今では真っ青で、ボロボロと涙と鼻水を流している。
その姿が、かつての自分と重なって見えた。
(…私がいなければ、済む話だったんだよね、きっと。)
罪悪感が芽生える。
ゆうなの仕事を、私が潰してしまった。
このままいけば、無事に私はミスをせず、好印象のまま撮影を終えられる。けど…。
『行っておいで、今度は後悔しない様に』
きっと、このままじゃ、後悔する。
それに、どうして私…。好かれることに意固地になっているの?
私は確かに愛されたかった。でもそれは、前の話。
嫌われるのが怖かった、前とは違う。
(好かれようと嫌われようと、今の私には関係ない。)
それなら
「え〜ー!ゆうなちゃん、ようやく降板するんですかぁ?」
ニヤニヤと、いやらしそうな笑顔を意識する。
声も舌足らずながら意地悪そうに言い放つ。
シンと、辺りが静まり返る。
「ゆうなちゃんってぇ、歌もダンスも演技もへたっぴだからぁ〜。わたし、ふしぎだったんです〜!」
ゆうなが傷ついた表情をし、また瞳から涙が溢れ始める。
スタッフ達も、わたしの急変に追いついていけない様で、いまだに間抜けな顔をしている。
「ゆうなちゃん!!もうお芝居やめたら?」
むいてないよぉ!とニッコリ笑うとゆうなちゃんは蹲ってしまった。
須藤が慌てて私を抱き上げて駆けた。
収録室を抜け、廊下の角のベンチまで走ると、ベンチに私を下ろしてくれた。
肩で息をする須藤が、私の隣に一人分のスペースを空けて座る。
私に対して何か言おうと口を開いては閉じるの繰り返しだ。
前の時は、自信の塊でしかなかった須藤が、こんなにも自信なさげに俯いてる姿は初めてだった。
私は、自分のしでかした事で須藤が頭を抱えているのがわかったから、かわいそうになって、ついベンチの隣の子供用に作られた背の低い自動販売機で、須藤が好きだった、焦がしミルクティーを買い、ベンチに座る須藤の隣に置いた。
「え?」
顔を上げる須藤を尻目に見ながら
「わたし、かえりますぅ。」
と後ろてで手を振った。
慌てる須藤の静止する声を聞いたけれど、もう二度と会うことはないだろうなって思いながら。
ヨタヨタした足を懸命に動かした。
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