逆行子役の下克上-TRUE END-

寿元まりん

第1話 戻ってきた私。

私、思い出した。

 

 引っ越しの最中車に揺れる私たち。 

赤の信号を見ていなかったパパが急ブレーキをした時。

 

 ゴツンッ!と頭をぶつけた反動でなのかはわからないけれど、思い出したの。

 

 あ、昔に戻ってきちゃった。って。

 

「もう!パパ!気をつけて!!」

 明るくよく通る声の、可愛いママ

 

「ごめんごめん!ユズルは大丈夫だったか?」

 メガネが似合う、優しいパパ

 

「うん!平気!!じぃちゃんとばぁちゃんがコレ買ってくれたから!」

 これ!と指差すのは、真新しい青色のチャイルドシート。

 5歳にして、ハキハキと喋るのは見た目も頭も出来の良い兄。

 

 笑い合う、完成した家族像がそこにはある。

 

 小さな体には、ブカブカのシートベルトを上から見下して、

 痛むおでこをさすり、なんとなくパパを見上げてた。

 

「…ちゃんと捕まってなさい。」

 

 私のことをチラッと一回見た後、すぐに視線を正面に戻す。

 パパは、ユズルやママに言った様な声じゃなくて、いつも私にだけ冷たい声をしていた。

 それはママも同じ。

 今も、眉をしかめて私を睨んでるもの。

 

 少し隙間のあいた窓から、暖かな日差しと爽やかな風が色素の薄い髪を、サラリと攫った。

 気怠さと、眠気と、おでこの痛みに、私はそっと、目を閉じる。

 

 理解が追いついてないのが自分でわかる。

 だって、不自然なくらい心は落ち着いているんだもん。

 

 懐かしいな、この感じ。

 ふわふわとした髪の毛に、この頃は作っていた前髪が睫毛に触れる感じ。

 タバコの匂いが染み付いた車内の匂い。

 

 何も変わっていない。

 十六年前と何も・・・。

 

 そういえば、前の私も・・・今日、引っ越していた。

 2歳と1ヶ月の私は、北の寒い田舎から、ここ、東京へ…。

 

 今の記憶と『前』の記憶が混雑する中でも覚えていることの方が多かった。

 なんで引っ越したかも、覚えてる。

 

 そう、前と変わっていないなら、私が…。

 

 

 

 『子役』として、スカウトされたからかな・・・・・・。

 

 顔を上げて、一番最初に目に入ったのは、バックミラーに映る自分の姿。

(あー、懐かしい。)

 

 昔から、顔立ちは、可愛い方だったしスタイルも良かった。

 キツ目の大きな瞳は、生意気そうだって色んな人に言われたし。

 ツンと少し突き出た唇は、形は良いのにいつも不機嫌そうだと文句を言われた。

 今も不機嫌そうだけれど、美しい顔がミラーに映り込んでいる。

 

 この顔のせいで、私は色々と嫌な思いをしたっけ。

 前は、辛かった。人一倍ビビリで、メンタルの弱い私は、この顔に釣り合う様な性格なんてしていなかったし、人に嫌われるのが何よりも怖かった。

 

 そう、怖かったのに、避けられなかったの。

 子役として有名になっても、所詮は使い捨ての消耗品で賞味期限はすぐにきた。

 

 背が伸びて、顔も大人っぽくなって、胸も膨らんだ。

 褒められていた演技も、歳を取る度に馬鹿にされ貶された。

 精一杯、努力して努力して頑張って、磨いた演技も『元有名子役』だから。と一言で済まされた。

 

 悔しくて悔しくて堪らなくて、誰かに相談しようとしても、私の周りには、誰もいなかった。

 

 周りには、嫉妬したネット民の心無い言葉と、ゴシップが大好きなハイエナたち。

 

 家に帰っても居場所なんてなかったし、あの空気は辛いだけだった。

 

 兄を溺愛する両親は、私の収入を全てユズルの為に使い、私を除いた家族旅行を年に何回も行って楽しむことは当たり前で、稼いだお金は、一度も私のために使われることもなかった。

 

 

 家に帰る度に増える、ユズルと両親の写真が、私の黒いところをもっと黒くさせていって、ユズルへの憎悪が日に日に募って仕方がなかった。

 

 

 そして、私が子役として機能しなくなり仕事が減ると、ユズルは私の隠し撮りをネットで売り始めた。

 気持ちが悪くて何度も吐いたし、辞めるように何度もお願いした。

 けれどユズルは、何も悪気がない様に言ったの。

 

「は?お前は道具なんだから許可なんていらないじゃん」って。

 

 目の前が真っ赤になって、ユズルに対しての嫌悪感が爆発した。もう、自分では抑えきれなかったの、だから叩いた。

 初めて、ユズルに手をあげたの。

 

 一度、たった一度の平手打ちで、命まで失うなんて、思いもしなかったけれどね・・・・。今考えると、すっごくおかしくて笑っちゃう。

 

 ユズルを平手で叩いた瞬間、パパとママが偶然なのか必然なのかわからないけれど、居合わせた。

 ユズルの頬が赤く染まり、尻餅をついた瞬間。

 私の体は宙を舞っていた。

 パパから殴られ、ママから蹴られて体が浮いていたのだ。

 

 そして与えられた負荷に耐えきれず、後ろから転んでしまった私の後頭部に、運悪く机の角をぶつけてしまった。

 

 気を失う瞬間に見えたのは、両親がユズルに心配そうに駆け寄っていく姿で、私の事など既に視界にすら入れていなかった。

 

 私が最後に見たのは、、そんな光景。

 

 悔しい。すごく悔しい。

 絶対、許してやるもんかって、ぐったりしている自分の体を見下ろしながら思った。

 

 私の体がしばらく経っても動かないのに気づいた両親は、私が覚えている限り、初めて私の体に触れた。

 私の脈や、口に手を当て、頬を打って声を掛ける両親。

 表情を青くさせるユズル。

 三人が慌てふためくまで、そう時間は掛からなかった。

 

 それを他人事の様に見ている私は、ザマアミロって初めて思ったよ。

 『私』の最後は、そんな感じ。

 

 成仏も出来ず、ただ徘徊を繰り返す私は、色んな人の元にいく事にした。

 

 今まで嫌いだった人や会いたかった人を上から見て過ごしていたの。

 意地悪で、心無い言葉を掛けてきた人がお葬式に現れた時は驚いた。

 最初は嫌いだったその人の事情を知る度に、本当は悪い人ではなかったって知れたりもした。

 逆に、ずっと信頼していた人が私を陥れていたこともわかった。

 まぁ、心のどこかで予期していた自分もいたからか、そこまでショックは大きくなかったな。

 

 色んなことを知って、大人になっていくみんなを18歳の私は上から見ていた。

 

 ずっとずっと、私のいない世界で、それを見続けていたの。

 何年も何十年も、もし生きていたら90歳くらいになっていたところ位まで、この世界を見続けた。

 

 この世界を見て聞いた。その中で、たくさんの才能や変革を私は目の当たりにした。

 

 羨ましかった。

 

 だから、願った。

 

 もう一度、やり直したい…。

 自分の為に、自分に正直になりたいって。

 

 透けた体を見下ろして願った。

 目をギュッと閉じて願ったら、目の中で光が弾けたの。

 体が引っ張られる様な感覚で、頭の奥がぐわんぐわんって揺れた。

 

 初めての感覚に動揺していたらね、頭の中で、美しい声が響く

 

『行っておいで、今回は後悔しない様に』

 

 もう出るはずのない涙が、溢れたような、そんな気がした。

 

 最後に、チカって光が目を焼き、私の体はそこから消えた。

 

 意識が漠然と戻ったのは、車の中で頭をぶつけたあの時で、今、ようやく自体が飲み込めた。

 

(そっか、私…戻ってきたんだ。)

 もう何もかも吹っ切れて、頭がスッキリしてる。

 だんだんと胸にこみ上げてくる嬉しいという感情。

 

 与えられた『もう一度』。

 それがどれ程までに求めていたものか、嬉しいものか、感謝しても仕切れないほどの願い。

 

 誓う、私…、後悔なんてしない。

 二度と後悔しない…私は好きな様に生きる!

 

 誰にも利用なんてされない、意見なんてされない。

 

 人にどう思われようが…。

 

(私は好きな様に生きる!!)

 

 見上げた空に、まだ昼の青い空なのに、一筋の美しい流れ星が走ったのを、私は熱くぼやけた視界で眺めていた。

 

 ☆

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