第4話 初撮影


 ☆

 

「お!嬢ちゃん!やっと来たか!!」

 

 早く早く、稲田孝作に手招きされ、(お前が置いて行ったんだろ!)と内心毒づきながら、加藤俊平にそこまで連れて行ってもらう。

 

「お!早速、『お父さん』と登場か。」

 

 お父さん。と呼ばれた加藤俊平は動揺した様に震えた。

 

「かとうさんがおとうさんなの、うれしーいです!」


 にぱっ、と効果音がなりそうな笑顔を向けると、私を抱っこしていた加藤俊平の腕が強まった。

 

 顔を向けると、眉を下げながら嬉しそうにはにかむ加藤俊平。

 

(顔が良い…。)

 

 

 微笑み返し笑い合っていると、咳払いをした稲田孝作に名前を呼ばれる。

 

「君の『おかあさん』役が君に挨拶したいってさ。」

 

 スッと、影が私の前に現れる。

 面白そうに笑う稲田孝作の後ろから出てきた人物に、息を呑んだ。

 

 

(泉さゆりっ!!)

 

 切れ長の大きな瞳に、スッと通った鼻筋。

 キリッとした眉毛と、バランスの良い配置に設置されたパーツ達。 口元の大きめな黒子は大人の色気を存分に引き出していて、石鹸の様な良い匂いが鼻をかすめる。

 

「初めまして、泉さゆりです。」

 

 凛とした声は、見た目に沿わず少しハスキーでかっこいい。

 

(本物の泉さゆりっ!!すごい!!綺麗!)

 

 こちらを真っ直ぐと見つめる黒い瞳。

 その瞳に映るのが自分だと認識すると、胸の中の高揚感が高まる。

 

「道野はなっ!!さんさいですっ!」

 

 大きめの声で元気に挨拶をした。

 3歳という事をアピールしようと指を3本立てようとするが、どう見てもピースの2本しか立っていない

 

「…っ、3歳なのね。」

 

 途端に曇った顔になる泉さゆり。

 押し黙る泉さゆりは、口をつむぎ言葉を発するような気配はない。

(そんな顔させたかった訳じゃないっ!)

 

 唇を一度直噛み締め、泉さゆりに向き直る。

 

「いずみさん、いたいいたい?」 

 

「っえ?」

 

「いたそうな顔してるよ?だいじょーぶ?」

 

 眉を下げ、心配そうな顔を作り、涙を潤ませ泉さゆりを見つめる。

 加藤俊平も心配した様に声をかける。

 

「っ、平気よ。」

 

 顔を背けて、離れようとする泉さゆり。

 嫌われたくない一心から、どう声をかけようか考えあぐねた。

 


 背を向け去ろうとする泉さゆりに、咄嗟に出た言葉は

 

「おかあさん!!」

 

 バッと振り返る泉さゆり

 

(っ!!)

 

 その顔が、すごく悲しそうで、辛そうで、私は胸が痛くなった。

 

 まるで、迷子の子供みたいの様な今にも泣いてしまいそうな表情。

 

「私は、あなたの母親じゃないっ!」

 

 裏返った声で突き放す様に言われた言葉に、私の心臓はドキリとはねた。

 

 少しショックを受けていると、ピューっと口笛の音がして

 

 音の出所に目を向けると、稲田孝作が面白そうにニヤニヤと笑っている。

 

(なに、こいつ!)

 

 いらっと、したが顔に出ない様に努め、とりあえず泉さゆりをガン見する。

 

 泉さゆりは逃げる様に私から顔を背ける。

 

 もう一度、声をかけようと口を開くが稲田孝作が邪魔をする

 

「はい!じゃあ雑談はここまでにして!

 

 早速、『君』のシーン撮ろうか!!」

 

 ニタニタと笑う稲田孝作。

 

(心の準備もさせてくれないって訳ね…。それに)

 

 チラッと泉さゆりを見ると、顔色は悪く、それでいて落ち着きがない。

 

(主演のコンディションも悪い中で、本当に一発撮りなの?)

 

 ギュッと拳を握り、稲田孝作を睨む。

 

「はなちゃん、緊張する?」

 

 優しい声が耳元で呟かれる。

 

 加藤俊平が優しい顔で微笑みながら私の頭を撫でた。

 

 落ち着いた声で、わたしを諭すかの様に、本を読み聞かせるかの様に語りかける。

 

「最初はね、誰でも緊張するんだ。

 でもね、だんだんとその緊張が僕らを成長させる。

 だから、はなちゃんは自分が思う様に演じていいんだよ。」

 

 優しい眼差しが眩しい。

 彼の思いやりが、ストレートに伝わる。

 

(いいな、こんなに綺麗に生きられて)

 

 少し、嫉妬しちゃうかな。

 

「うん!はな、がんばるね!」

 

 彼の言葉で、わたしはハッキリと、今自分がやらないといけないことがわかった。

 

 前の分まで、頑張らないといけない。

 

 頑張らないと、『死んだ』意味がない。


 だから、私は『わたし』になるの。 


 ☆



「それじゃあ、公園で『雪』と『娘』が遊んでるシーンから行くよ!」

 

 稲田孝作の隣に立つ監督さんから指示が飛ばされる。



 ニヤニヤ笑顔の稲田孝作は


「はなちゃん!ミスってもそのまま使うからね!」


 という始末。



 周りのスタッフたちが固唾を飲んで動揺する中、隣に立つ泉さゆりは怖い顔をしていた。

 

 その顔は、母親の顔と呼んで良い物ではなく、どちらかというと刑事ドラマの泉さゆりの顔だ。

 

 カメラマンの隣で加藤俊平が心配そうにこちらを見ていたので、小さく手を振る。

 

(あ、振り返してくれた。)

 

  

 演出として繋がれた『雪』と私の手。

 

 『雪』の手は酷く冷たく、母親らしい暖かさが無い。

 

 私は元気で明るい、『雪』の大事な娘。

 優しい『雪』に育てられた私は、辛いことや悲しいことは知らずに育ってきている最中。

 ようやく生まれた大切な娘を、『雪』は過保護になって甘やかしていても不思議じゃない。

 ましてや、一度、子供を亡くしている『雪』にとって私は命よりも大切な存在。

 

  

(思い出すのは、天才『東雲しのぶ』)

 

 私が死んだ20年後に現れた天才女優、東雲しのぶ。

 彼女の演技は凄かった。

 

 

 【メソッド演技】

 彼女はその才能を生まれながらにして持っていた。

 

 自分がその人物になり切る事で、より感情を込めてその役に命を吹き込む。

 役になり切る事で、あたかも自然な立ち振る舞いと、感情の熱量をそのまま表現出来るのだ。

 

  彼女を見た時の、あの感覚を…

 

(思い出せ、あの感覚を…。私は『雪』の娘っ) 

 

「ねぇ!おかあさん!」

 

「っ!だから、私はあなたのおかあさんじゃないって言ってるでしょ?」

 

「?なにいってるの?おかあさんはわたしのおかあさんでしょ?」

 

「なにを、いって…」

 

 焦った顔の『雪』に首を傾げる

 

「よし、時間ないし本番いくよ!」

 

 その言葉に、『雪』はわたしの手を振り解こうとしていたのを辞めた。

 

 

 アクションッ!!

 

 

 

 _____________

 

 

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