第7話 旧交を温める間もなく

「え。恨まれる?」

 またやってしまった。私は口を覆った。おうむ返しをしないようにと意識しているのだが、天馬と二人だけで事件に関する話をしていると、どうしてもこのパターンが多くなる。まるで催眠術にでも掛かったかのようだ。

「何が真相かはさておくとして、神田知子の依頼は神田達彦の無罪証明だ。だが本当にそれだけだろうか。あの子の本心は、真相解明及び彼女にとって平和的な解決を欲している」

「そりゃあ、依頼人は大体そうだろう」

 私が批判的口調で言うのへ、天馬は首を左右に振った。

「言い方が悪かったかな。ここでいう平和的解決とは、依頼人にとってハッピーな結末に限るってニュアンスを込めたつもりだったんだが」

 事件解決でめでたしめでたし、それこそがハッピーとはならないらしい。

「まず、やはり達彦氏が犯人でした、なんてのはもちろんだめ。では澪吏おばさんの自殺でした、なら納得するかというと甚だ怪しい。あの年頃なら、一種憧れの対象である人物が自殺を選ぶこと自体認めたくないかもしれないし、さらにこの件の場合、塩崎澪吏は明らかに達彦を陥れようとしている節が見られるのだからなおさらだ。何故陥れようとしたのか、依頼人にとって腑に落ちる動機があるとは考えづらい。

 執事の仕業でしたでもあの子には受け入れがたいだろうね。澪吏おばさんにかいがいしく仕えていた立石さんがそんなことするはずない!と信じているはず」

「君の懸念は理解できたよ。しかし、真相を突き止めるほかに一体どんな手があるというだ? まさか彼女を満足させる真相をねつ造する訳にも行くまい」

「ああ、もちろん言うまでもない。だから前もって可能な限り情報を仕入れておきたいと思ってね。幸い、我々には全国津々浦々に刑事の知り合いがいる。その能力は様々だが、これまた幸運なことに事件の起きた地域の早矢仕はやし刑事は有能だ。きっと我々の願いに応えてくれるよ」

 天馬からすれば最大級の賛辞を送ったあと、彼は電話をかけ始めた。


「連絡をもらえてちょうどよかったです」

 留守電になっていた早矢仕刑事から折り返しの電話があったのは、その日の午後、昼食を終えたタイミングだった。

「私もその件に携わっています。今、関係者に会うために東京に出て来ておりまして、時間が作れますから、お会いしましょう」

「それはいい。願ったり叶ったりだ。ただ、前もって確認しておきたいことがある。警察の見解を覆すようなことになってもかまわないと?」

「かまいやしませんが、少しだけ込み入った事情になっていまして……お会いした際に、直接お話しします」

 刑事は珍しく思わせぶりな言葉を残して電話を終えていた。

 それから約三時間後の午後四時に、駅に近いコーヒーショップで待ち合わせをして無事に合流。久しぶりの再会の挨拶を手短に済ませると、早速本題に入った。

「先に、込み入った事情について済ませておきましょうか」

 コーヒーを一口だけ飲んで、早矢仕刑事は切り出した。天馬が「ぜひ」と答えると、刑事は声のトーンを低くして続けた。

「私らがまだ捜査を続けていることからお分かりと思いますが、事件は神田達彦逮捕で決着してはいません。腹話術で生きているように見せ掛けるなんて馬鹿げていると考える者が一定数いることに加えて、今回は当初から捜査方針が二分していた感がありまして……お恥ずかしい限りです」

「普通、そんなことにはならないのでは?」

 ドーナツをフォークで八等分ぐらいに刻みながら聞く天馬。警察のゴタゴタを面白がっているように見えなくもない。

「天馬さん達の口の硬さを信じて打ち明けますがね。当初指揮を執った部長が、どうも芸能人に、特に女優に弱いタイプだったらしくて。塩崎澪吏さんの自殺説は取り合わなかった。反面、お笑い芸人には偏見を抱いていたのかもしれません。犯人は神田達彦だと決め打ちしていた感があります」

「先ほどから言い回しが気になっているのだけれど……早矢仕刑事、もしやその部長さん?」

「はい、神田達彦逮捕に踏み切った直後に、大動脈瘤をやってしまいまして急逝しました。故人にはお悔やみ申し上げますが、これが捜査員が二派に分かれるきっかけに。つまり亡くなった部長派は弔い合戦だとして、神田達彦犯人節を頑なに曲げない。一方、かねてから捜査方針に疑問を抱いていた者達が不満を爆発させまして、別の線を洗い始めたところです」

 二人のやり取りを聞きながら、私は密かに苦笑してしまった。早矢仕刑事は「少しだけ込み入っている」と言っていたけれども、少しでは済まないと思う。

「そのこと、ご遺族や関係者の方々には伝えました?」

「いえ。一度は神田達彦を有力な容疑者として逮捕したことを報せていますから、それをこの短期間でひっくり返すのはみっともなくてできないという訳です。私らの関係者への聞き込みも、表面上は神田達彦が犯人であることを裏付けるため、としています」

「ご苦労されている訳だ。そういう早矢仕さんは、当然、神田達彦犯人説には反対?」

「うーん、私は慎重派ですかね。現時点では分からないというのが正直なところです。ただ、神田達彦を犯人と決め付けた捜査方針には首を傾げましたよ」

「それは何ゆえですか」

 天馬は丁寧な口ぶりで聞いた。


 続く

  • Xで共有
  • Facebookで共有
  • はてなブックマークでブックマーク

作者を応援しよう!

ハートをクリックで、簡単に応援の気持ちを伝えられます。(ログインが必要です)

応援したユーザー

応援すると応援コメントも書けます

新規登録で充実の読書を

マイページ
読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
フォローしたユーザーの活動を追える
通知
小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
閲覧履歴
以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
新規ユーザー登録無料

アカウントをお持ちの方はログイン

カクヨムで可能な読書体験をくわしく知る