第5話 安楽椅子から立つ頃合い

 止める間もなく、探偵の小演説が続く。

「もちろん、個別の事情考慮せねばならない。たとえば事件全体の謎が解けていなくても、部分的な謎、たとえば暗号解読などはさっさと済ませる場合が結構ある。暗号は暗号として完結した謎だと見なしているんだろうが、ならばそう見なした根拠も示さなくてはフェアじゃないと思うんだがね。犯人は誰かといった全体の謎を解き明かす過程で、暗号そのものが大いなる罠だったというケースがないとは言い切れないのだから」

「は、はあ……」

 完全に暴走気味である。私は手を伸ばして彼の肩をぽんぽんとやった。

「こらこら。依頼人をほっぽり出して演説を繰り広げるのはやめなって」

「演説ではない。一部のミステリ作品に対する批評だよ」

 しゃあしゃあと言った天馬は、椅子に座り直して依頼人の方を改めて向いた。

「僕にはそんなルールはないから、話してもいい。あくまでも想像だと承知してくれるのなら」

「はい、了解しました」

「レコードではなくCDを使ったのは、タイマー機能で音楽を流すためかもしれない。塩崎さんと達彦氏がドア越しに会話した時点で音楽は流れておらず、遺体発見時には音楽が流れていた。もしレコードだったら、達彦氏は犯人ではあり得なくなる。古めかしいレコードプレーヤーなら、任意の時刻に自動的に再生するのは無理だろうからね。車で出掛けている間に、妻の部屋のレコードを掛けるなんて不可能だ。でも現実にはCDが使われていたために、達彦氏への嫌疑が晴れることはなかった」

「……真犯人がいて、叔父さんに罪を擦り付けるために、わざとレコードではなく、CDの曲を流した。こう聞こえます」

「ああ、僕もそのつもりでしゃべった」

「で、では、その真犯人とは?」

 気負ったためか、口調が固くなる依頼人。彼女の質問に、天馬は当然、首を横に振った。

「前もって断ったように、これは途中までの推理だ。誰が真犯人かなんて命題には、答を出せていないよ」

 呆れまなこで一瞥してきた探偵にプレッシャーを感じたか、「そうでした……」とまたもや消え入るような声になる依頼人。そのまま存在まで消えてしまうんじゃないかと心配になる。

「しかし、想像を広げ、膨らませることならできる」

 天馬が力強く言い切るのを見上げる依頼人。表情に再び明るさが戻りつつある。忙しいことこの上ない。

「まだ確証を持つには至っていないが、達彦氏が犯人でないのなら、真犯人がいて、しかも達彦氏に罪を被せようとしてる。このような構図の事件では往々にして、場をコントロールできた者が真犯人であるケースが多くてね。過去の経験のみに頼るのは落とし穴にはまる可能性を高めてしまうのであまりやらないのだが、現状では推理する手掛かりがないので一種のテストとしてやってみよう。達彦氏を買い物に行かせることができるのは?」

「えっ?」

「事件当時、別荘にいた人達の中で、君の叔父さんを買い物に行かせることができる人物がいたはずだよ」

「……澪吏おばさん?」

 こんな当たり前の答でいいのかと、探るような目つきになっている。

「そうだね。亡くなった本人は確かに該当する。塩崎さんの部屋にあったCDプレーヤーを扱えて、自動再生をセットできるのは誰だい?」

「機械を操作できるかどうかという意味でしたら、よほどの機械音痴じゃない限り、誰にだって使えたと思いますけど」

「どんなCDプレーヤーなのか分からないから何とも言えないけれど、略した英語表記のみ、あるいは記号のみで表記してある機種だって珍しくはないからね。普段使い慣れていないと意外と手こずるかもしれないと考えたんだが」

「あ、そういう……でしたら、私には何とも言えないです」

「では時間的な条件に着目してみよう。関係者Dの証言を信用すると、犯人がCDプレーヤーをセットしたのは、事件当日の午後一時半までのはず」

「関係者のDさんが陣取るよりも前に、おばさんの部屋に入れた人とイコールと考えていいんでしょうか」

「うむ。そうなるね。もっと絞り込むとしたら、CDプレーヤーが最後に使用された時点から、Dが陣取るまでの間となるかな」

「でしたら前日の夜からになります。就寝前に一曲、何か聞くのが常でした。ああ、澪吏おばさんは夜はCDプレーヤーを使っていたんですよ。ヘッドホンで聴くときはレコードよりもこちらの方がいいと言って……」

 いささか話が脱線し、懐かしげに語るもすぐに涙ぐむ依頼人。天馬はドライに話題を戻した。

「時間帯が絞られたので改めて聞くが、事件のあった前日夜からDが陣取るまでの間に、部屋に入れて自動再生をセットできるのは誰なんだろう?」

「あの日は澪吏おばさんはずっと部屋にいたと聞いてますから、気兼ねなく入れる人……達彦叔父さん、執事の立石さんぐらいしか。でもどちらもおばさんを殺そうとするなんて考えられない」

「そうか」

 天馬は短い反応のあと、また考え始めた。その間に目と指先とで私に合図をよこしてきた。一旦、お引き取り願えと。


 つづく

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