第3話 習慣と予定外

「犯人は被害者自身に部屋に入れてもらったあと、犯行をなし、被害者の鍵を使ってドアに施錠した。そして遺体発見時のどさくさに紛れて、室内に鍵を置いた。こう考えれば可能性がある人物は一気に広がる」

「え、そんなシンプルな……。神田さん、ドアの前に誰か見張りが立っていたとかはなかったのかな」

「わ、私は現場にいたのではありませんから……でも、話を聞いた限りでは、見付かった当初は大混乱だったみたいです。だって大女優が亡くなったんですから」

 神田知子はそこまで言うと、右手人差し指を顎に当て、何か思い出す風に中空の一点を見つめた。

「どうしました?」

 私の声に彼女は視線を戻して答えた。

「これを言うと叔母さんの死がブラックユーモアというか、ひどく滑稽なものになってしまう気がして、あまり言わないでいたんですが……動かなくなっている叔母さんを見て、最初は誰もがいたずらだと思ったそうです」

「いたずらねえ」

 早々に得心した様子で幾度かうなずく天馬。

「想像するに、大女優・塩崎澪吏は、普段から人をよく騙しては、驚くのを喜んでいたということかな」

「はい。イメージが狂うからという理由で公にはなっていないはずですが、よく知る人の中にはいたずらを失敗した挙げ句に死んだんじゃないかって囁く方達がいたそうです。でも冗談でも輪っかにしたロープに頭を通して、首吊りの真似をするなんてないです、絶対に」

「君の感想はよく分かった。話を少し戻そう。結局、塩崎さんの部屋が開放されてしばらくは、混沌とした状況だったと言っていいんだろうか。彼女の死を真に受けない者と、大いに慌てふためく者とで」

「恐らく……鍵を置くことができるかどうかは知りませんけれども」

「確証はなしか。まあいいさ。仮にさほど混乱していなくても、鍵を室内に置くことは難しくなかったかもしれない」

「と言うと?」

 天馬の語気に自信ありげなものを感じた私は、即座にわけを聞いた。

「絨毯はふかふかだった。室内には音楽が流されていた。この二つの状況を利用すれば、鍵をぽんと放っても、床に落ちる音に気付く者はいないんじゃないかな」

「ああ……言われてみれば。現場保存は徹底されたそうですから、遺体が見付かったあとも音はずっと流れっ放しだったのかも」

 依頼人は両手を胸の前で組んで感嘆していた。この事務所に入ってきたときから探偵・天馬を頼っているのは明白だったが、天馬が垣間見せた推理に信頼度が高まったと見える。

「ところで、さっき登場した立石氏のおかげで、色々と確認したいことが増えたよ」

 天馬のこの言葉に、依頼人は身を縮こまらせ俯いた。そして消え入りそうな声で言う。

「ごめんなさい、もっと早く言えばよかったですか。気付かなくって」

「いやいや、そうじゃない。この事務所から飛び出さなくても、調べたり確かめたりすべきことがまだあると分かったという意味だ。非難してるんじゃあない。むしろ手掛かりと言えるかもしれない」

「そう、なんですか」

 まだ不安げな眼差しで天馬を見つめ、そのあと私の方にも目を向けてきた。こっちを見られても何ともしようがないんだけど。

「探偵を信じていればいいんです」

 とりあえず、そんな言葉で背を押した。

 すぐに天馬が「いいかな?」と言い、返事を待たずに始めた。

「つい先ほど短く話を聞いただけだが、僕はこんな印象を受けた。立石氏は“大女優・塩崎澪吏”命!みたいなところのある人なんだろうなと。まずはこのイメージが当たっているかどうか、君の判断を聞かせてもらいたい。もちろん、一緒に暮らしていた訳ではないのだから、難しいかもしれないが、これまでに見てきたことを総合すればどうなる?」

「そうですね……当たっていると思います。澪吏叔母さんのために尽くす人というか、でも、依存しているとか崇拝しているとかいうのではなくって、本当に優秀な執事さんそのものなんです。澪吏叔母さんが失敗しないように、恥を掻かないようにフォローしたり、導いたりする感じでした。他に親族しかない場でしたけど、澪吏叔母さんを叱っている場面を一度だけ目撃したことがあります」

 思い起こすためか、時折上目遣いになって天井を見やりながら答える依頼人。

「なるほどね。分かった。では次だ。事件が起きたのはサマーバケーションの期間だったというけれども、立石氏は休みをもらっていた訳ではないね?」

「ええ。どちらかというと別荘で過ごすときの方が仕事が増えるみたいでした」

「普段の役目も当然、こなす?」

「はい」

「普段の役目には、君が先ほど述べたお茶を入れることも含まれているんだろうね」

「ええ。毎日午後三時になると、お茶とお菓子を用意していました。叔母さんは知り合いの人と一緒に摂ることもあれば、一人のときもありましたよ」

「別荘にいるときも同じ習慣だったと。それだとおかしなことになるな。塩崎さんが亡くなった日の午後三時、お茶はどうなったんだろうか」

「えっと……聞いてません」

「その時間帯、塩崎さんは自室で一人だったのだから、立石氏はお茶とお菓子を用意して運ぶほかないだろうが、多分、実際には運んでいないはずだ。何故なら映画関係者Dの証言があるからね」


 つづく

  • Xで共有
  • Facebookで共有
  • はてなブックマークでブックマーク

作者を応援しよう!

ハートをクリックで、簡単に応援の気持ちを伝えられます。(ログインが必要です)

応援したユーザー

応援すると応援コメントも書けます

新規登録で充実の読書を

マイページ
読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
フォローしたユーザーの活動を追える
通知
小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
閲覧履歴
以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
新規ユーザー登録無料

アカウントをお持ちの方はログイン

カクヨムで可能な読書体験をくわしく知る