第2話 視線と鍵と

「さらにまずいことに、達彦ら四人以外に部屋に近付いた者はいなかったとの証言が出たんだったよね」

 私は辛抱しきれず、口を挟んだ。振り向いた神田知子がまたしっかりとうなずく。

「はい。澪吏おばさんに出演してもらえるよう口説き落としてこいと命じられた映画関係者の方が来ていました。ほとんど相手にされないものだから、ロビーに張り付いておばさんの部屋に通じる一本道である通路を、ずっと見ていたと言い出したんです。機嫌のいいタイミングを伺うためとか、出入りする人に言伝を頼めそうならメモを渡そうとか考えていたそうですけど」

 その映画関係者Dが通路の“見張り”を始めたのが午後一時半。それから遺体発見となる午後三時半過ぎまでずっといたという。

「もし殺人だとすると、一時から一時半に犯行時刻は絞られる。達彦氏のアリバイは?」

「なかったんです。一人で自分の部屋に入って、ネタ作りをしていたとか」

「ネタ? 芸能界に未練を残していたんだろうか」

「それは分かりませんが、前々から趣味でネタ作りを続けていると言っていました」

「ということは、一人でいた説明としておかしくはないか」

 天馬が思索に入ったのを見て取り、私が再度、口を挟む。

「映画関係者Dが犯人という可能性はどうなんだろう?」

「検討はされたみたいですが、結論は犯人ではないということになったようです。部屋の鍵が掛かっていたこと、映画出演を頼みに来たのに殺してしまっては元も子もないこと、それから何だったかしら、そう、Dが部屋のドアをノックしても澪吏おばさんが開けるとは考えられないことも理由に挙がっていました」

「Dはそんなに嫌われていたの? よく別荘に入れてもらえたなあ」

「D自身が嫌われていたのではなくって、その上に立つ映画監督と澪吏おばさんの仲が悪かったみたいです。どちらも若いときに映画のことで大喧嘩して、でも年月が経って監督の方が歩み寄ろうとしていたんですね。澪吏おばさんの演技、素敵だもの」

 ここだけ聞くと、女優に憧れる女子高生といった風情だ。だが声を弾ませ明るい表情を見せたのはほんの一瞬で、すぐに戻ってしまった。

「天馬先生、先生の力で何とかならないでしょうか」

「――腕力にしろ権力にしろ、そんな力ではどうにもならない。僕が発揮できるのは能力、探偵能力だけだからね。真相を突き止めるだけであって、そのことと君の叔父さんの濡れ衣を晴らすこととはイコールではないかもしれない。改めて達彦氏の犯行を証明してしまうだけに終わることだったあり得るんだよ。それでもいいのなら引き受ける」

「……お願いします」

 わずかな逡巡を挟むも、彼女は決然と言い切った。

「私は信じます。叔父の無実を」


 依頼人にはまだ時間があるというので、空になったティーカップを片付け、より詳しく話を聞くことになった。

「天馬。基本的なことをいうが、他に犯人がいるとしたら厄介なハードルがあるぞ」

「何かな」

「鍵だよ鍵」

 まさかこんな単純なことに天馬が気付いていないはずがないと予感しつつも、私は記述者としての役回りを果たそうと、敢えて言い放った。

「被害者が亡くなった部屋は、二重の意味で密室状態だったと言える。ドアの鍵とDの視線だ。その内、後者は何かの理由で短時間、Dが場を外すことは考えられるが、鍵の方は難しいんじゃないか」

「そうでもないと踏んでいる」

 あっさりとした答に、私は目を見張り、続いて同じように驚いていた依頼人と顔を見合わせた。

「澪吏さんが亡くなった部屋の鍵は、複数本あるのでしょう?」

 天馬の質問に依頼人が首を縦に何度か振る。

「叔父さん夫婦の他、立石たていしさんも入れて三人が一本ずつ持っていたと思います」

「立石というのは? 女性?」

 急に出て来た新たな人名に、私は反射的に聞き返した。

「いえ、男の人。お手伝いさんとマネージャーを合わせたような、執事さんみたいな人です」

「執事……」

 さすが、大女優だなと妙なことで感心してしまう。

「きちっと正装して、叔母さんのお世話をするんですよ。もちろん叔母のお仕事の方は事務所のマネージャーがいますけれど、それ以外の通院やお稽古事といった私的なスケジュール管理や手配はもちろん、午後のお茶を出したり、薬を飲み忘れないよう注意したり、お風呂の温度を季節に合わせて調節したり。あ、もちろん叔父に対してもあれこれしてくれるんですけど、やっぱり元々仕えていた塩崎澪吏が一番!ていう感じかなあ」

「なるほどね」

 そう言ってから私は話の腰を折って悪かったと天馬に目で謝り、続きを促した。

「執事の存在は想像外だったが、犯人が誰であろうと鍵を掛ける方法ならあるじゃないか。――塩崎さん、叔母さんの持っていた鍵の所在はどんな具合だったのか、分かっているのかな?」

「部屋の中にありました」

「具体的には? 叔母さんの懐の中なのか抽斗の中なのか」

「いえ、それが絨毯の上に落ちていたそうです」

「ありがとう。望んでいた通りの答だ」

「どういう意味だい、天馬?」

 私はこれまでの経験もあって鍵のトリックに関しておおよそ察しは付いたのだが、これもまた記述者の役目だと思い、素直な疑問をぶつけてみた。


 つづく

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