62 銀色の光
「喰らうがいい。我が必殺の拳! これで貴様もあの世行きだ!」
「…師匠、それは、もう効かねぇんだ……」
どんな力も想いも、最早届かないのだ。それほどに溝が、差が、師弟の間には存在していた。人に仇なす龍の味方についた愚か者の振るう力など、目覚めた佑には如何程の害にもならないのだ。そして、互いに互いの生命を奪うつもりで、拳に最大限の力を込めた、その時であった。
「ふむ。待つのじゃ、そこのふたり」
「っ!?」
不意。それ以外に無い。佑の後方、助の左側から、突然声を掛ける者が現れたのだ。全く意識していないところから手が伸びれば、誰でも驚いて反射的行動をとるものだ。しかし、それすら許さない驚きである。
全く気配を感じさせずに戦闘中の三人の元に現れたということは、それだけで尋常ではない力を有していることの証明になる。そんな事が出来るのは、この世に誰一人としていない。いないはずなのだ。それを理解しているからこそ、ひやり、と肝を冷やしたのは三人とも口にしなかった。
「やいやい! 我らが老師様が待てと言ってるんでやんす! その魔力を解きやがれってんでやんす!」
「そうでゲス!争い事はそこまでにするでゲス~!」
そうけたたましく捲し立てる三人組だ。真ん中に錫杖を握りしめ、麻のような質のローブを着た白髪の老人がひとり、そして左右に、ちんちくりんな子供と形容するのが相応しい、しかしヒゲをしっかり蓄えた、筋骨隆々で低身長のドワーフのような、見た目瓜二つの大人の男が二人、侍っていた。
「な、なんだ貴様らは! 一体何処から湧いて出た!」
緊張した面持ちの釜瀬が、我慢ならないというように叫んだ。
佑と助も、正にそれが聞きたい。敵か味方か。否、もし彼らが敵であれば佑も助も既に死んでいるか、と思い直す。然らば味方か。話の内容によっては、解いていない魔力を解くことも考えるところ、などと各々考え込んでいる最中である。そこに、佑が何かに気付いたように割って入った。
「……あっ!! あんた、あんたは、王室御用達の呉服屋の
「ほっほ。やっと気付いて貰えたか、佑くんや」
「ちっ、ちんちくりんとは何でやんすか! もう
「久しぶりでゲスねぇ佑さん~!翔坊のとこばっかりじゃなくて、たまにはあっしの所にも来てくださいでゲス~」
「……なっ、なんだなんだ。どうなってんだ佑!さっぱり解んねぇよ!つぅか話し込むのは後だ!まだ暴雨龍は生きてんぞ!」
然り。だが闇の向こうで蠢く巨体は、既に満身創痍である。助の矢は佑の闇の力を借りて、的確に急所を狙い撃ちにした。立派な紫雲色の龍鱗は鮮血に曇り、顔面が痙攣する程のダメージを負い、息をするのもようやっとという有様ではあるが、しかし、まだ終わらせる気はないようだ。震える脚で地響きを立てて立ち上がり、樹海の大木達に身を寄せ、力を借りながら襟を正すようにして助の方を睨み上げた。
「そ、そうだ!援軍であろうが何だろうが、吹きとばせ!ザーザフル!」
そう檄を飛ばす釜瀬は、突然現れた援軍の力を測り損ねていた。焦っていた。なぜなら、後から現れた三人からザーザフルと同じ「龍の波動」をはっきりと感じたからである。即時退却か、即殲滅か。選択肢はこのふたつしか無く、その判断を行うにあたり、迷い、時間を掛けすぎていた。
そして、間違った。
「ふむ。ちょっと黙らそうかの。祐井さん、角上さん、やっておしまいなさい」
「合点でやんす!」
「合点でゲス!」
二人は突然発光したかと思うと、強大な魔力を放出し始めた。その勢いは助の魔力解放時に勝るとも劣らず、凄まじい出力であった。祐井は炎の系統の魔力を、角上は土系統の魔力をそれぞれ身体に纏った。衝撃と共に、魔力による圧力が周囲にかかっていく。樹海の木々を大きく揺らし、一波乱ある事を山に教えた。驚きですっかり声も出ない佑は、口をあんぐりと開けて魅入るばかりである。
「行くでやんすよ!角上さん!」
「任せるでゲスよ!祐井さん!」
そういうと、角上が魔力操作を始めた。人差し指と中指を合わせてピッと上に上げると、突然ザーザフルの脚元から大量の土が蠢きながら這い上がってきて、嫌がる脚をものともせず丸呑みにし、あっという間にその場に磔にしてしまったのだ。一見、まるで古墳の如くといった風だ。発動から完結まで、正に早業の境地であった。
その土の量たるや圧倒的質量で、立ち上がった全長15mのザーザフルの腹部までを埋め尽くす程である。どうやら周囲の土を根こそぎ持ってきたようで、ザーザフルの周囲の土地は深く抉れている。さらに、これに対して魔力によって固くコーティングしたようだ。超高密度の土塊は非常に艶やかで、滑らかな曲線を描いている。
次に、祐井の指先がカッと光ると、そこから圧縮された超高温の熱線が勢い良く発射された。右手の人差し指の先から一直線に伸びる熱線は、避けようも無くなったザーザフルの首を容赦無くひとつの動作の元に切り落とし、龍翼を削ぎ落とし、巨大な身体を次々に細切れにしていった。後には、硝子の出来損ないとサイコロのような肉塊とひしゃげた黒焦げの龍鱗があたりに転がっているのみであった。半分程は深く抉れた地の底に吸い込まれたようだ。迸る激烈な熱線は周囲の気温を僅かに上げ、何もかもを切り落としたのを見届けたようにして、すんと消滅した。
「……えっ……、はぁ? 嘘だろおい……」
驚愕の助である。哀れ、銀の長弓。あまりのことにこれを取り落としたのはここ最近で何回目だろうか。そして当然、佑も驚愕の最果てを感じていた。もう、これ以上は無い、と。顎はとうに外れて、地面に着きそうである。
その一瞬の乱暴を見て、釜瀬は膝が笑っていた。
「こんな、こんな馬鹿な……」
これは何だ。天の遣いの裁きか。裁判官の神獣でも現れたのか。そういう顔をして絶望に浸り、肌の色を悪くした。眼前に横たわる、自分に勝ちの目が全くないという事実をすっかり飲み込んでしまい、腹を下しているのだ。現在何が起こっているのか、理解をするという行動を捨てた男である。
「さて、そこの御仁よ。そなた、操られておるの」
「……なに? 操られてなど、おらぬ」
すっかり戦闘意欲を無くした釜瀬は、項垂れながら答えた。
「ワシが解除してやろう。なに、戦闘はからっきしじゃが、そういうのは得意なんじゃよ。さあ、貴様。ワシを思い出せんかね」
「ぬう……知らぬ! 知らぬわ!! 貴様ら全員、殺してくれる!!」
「ふん、その程度では無理だのう。ほれ」
三都の持つ錫杖から銀色の光が漏れるように射し出すと、それは辺りを一遍に等しく照らし出した。不浄を滅する極楽の光、とでも言おうか。暖かく、上品で、何かの楽しみすら感じ、とにかく優しい。いつぞやの母の腹中の温もりすら感じ取れるような閃光である。
それが釜瀬に当たるや否や、釜瀬の背中から黒い影が剥がれるようにして飛び出した。
『ゲヒィッ!!ギギギ!ギェ、アアッ!』
断末魔の叫びを上げて黒い影が光に溶け、消えた。
釜瀬が、ついに膝をついた。
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