63 再会と龍の世界

 

 目まぐるしい展開の速さに、佑と助のふたりは呆けるばかりである。

 未だに現状を飲み込めないでいる。


 いきなり現れた王都の民達は、あれだけ苦戦した巨悪ザーザフルと釜瀬を文字通りあっという間に制圧してしまった。しかもその魔力たるや尋常ならざる威力だ。龍人ドラゴニュートと知らされているふたりすら圧倒するその力量は、ただの街人である訳が無い。


「あ、あの、ちょっと。三都さん。何がどうなってるのか説明を……今の光は……?なんでここに?全然、何が何だかわからないんだけど」


 佑は引けた腰でそう言った。その後ろで、助が小動物よろしく震えている。


「あぁ。ふたりとも、すまんのぅ。見て分かる通りと思うんじゃが、実はワシら、龍なんじゃよね」


「はっ?」


 三都が嘘をついているような雰囲気は無い。唐突の意味不明なカミングアウト。佑はつい間抜けな返答をしてしまう。助は理解が追い付かないので、諦めた目で明後日の方向を見ている。


「そうでやんす。あっしらは分身体を創って、人間界に溶け込んで生活してるんでやんすよ。騙してた訳じゃないんでやんすがね。まぁ、佑さん達のお母さんと同じでやんすね」


「なっ……!」


 どうしてその事を。闇のことを知っていた釜瀬といい、突然現れたこの三人といい、誰が何をどこまで知っているというのか。事実はいったいどこにあるのか。佑と助のふたりは余計に訳がわからなくなって、ただただ狼狽した。


「これこれ、祐井さんや。説明がちと端的すぎるの。ふたりが混乱しておるぞい」


「いやいや、老子様よりマシでゲスよ!」


 三人は和気あいあいと笑いあっている。すっかり置いてけぼりの佑と助は、なんと言っていいのかわからず立ち尽くしている。


「さて、ワシから説明しようかの。まず、龍というのは一定の期間を生き魔力量が一定の水準を上回ると分身体を作成することが出来るようになるのじゃ。ワシらもそうじゃし、黒龍様もそうじゃ。何かに操られておったそこの雷龍も」


 釜瀬はビクリと肩を震わせた。会話が聴こえる程には意識がある様だ。


「実は王都には、総人口のうち1割にも満たないのじゃが分身体の龍が幾らか紛れ込んでおる。それらは、先程の雨風を撒き散らす小僧の龍と違って成熟している為、まったり穏やかに人の世に溶け込んでおるのじゃよ。龍はとにかく長寿じゃ。それから来る退屈を、ただ紛らわす為にそうしておる者が殆どじゃな」


「か、母ちゃん以外にも分身体が王都に……?」


 頭がパンク寸前の助は呆けてオウム返しをする。


「な、ならなんで昔困ってた母さんを助けてくれなかったんだ?三都さん達は、俺達が幼い頃既に王都にいたんだろ?」


「ふむ。居たのう。じゃがしかし、分身体となって龍以外の世に溶け込もうとする場合にはいくつかの制約があるのじゃ。それのせいで助けることは許されなかったし、黒龍様も佑くんらを龍の誰かに預けるなどは出来なかったということじゃ。だから、どこぞの村に置き去りにした訳じゃな」


「なんでその事を知っとるんだ……?爺さん何者なんだ……?」


 助が小声で突っ込む。三都がチラリと目を合わせると、助はビクッと震えて佑の背中にサッと隠れた。


「基本的に龍の分身体は善意の者しか居らんから、黒龍様の波動を感じ取れる有名な龍族が居る所に放ったのじゃろうな。懸命な判断と言えるじゃろう。因みにワシは千里眼という特技を持っておってな、色々な事を知っとるよ」


 えぇ……龍って何でもアリなんですか……?

 そうボヤく助はもう顔すら出さない。


「悪意をもって分身体を創ることは出来ないんでゲス。そして、分身体となった時から龍同士の干渉は禁止されているんでゲスよ。今回は悪意の介入があったようだから、現地のあっしらが制裁に来たんでゲス。これらの取り決めは龍神様の意思によるもので、覆すことは出来ないんでゲス~」


「例えば人型の分身体を作成し、人の世に降りて、その力を振るい覇権を握ることなどハッキリ言って造作もないじゃろ。龍が徒党を組めばどんな生き物にも対抗する手段などありはしないのじゃ。それを龍神様は良しとせず禁じたのじゃな。更には、他の種族の世に過度に干渉するのも禁止されておる。例えば自然災害で滅びそうな街や住処を力を行使して助けたり、とかじゃな。まぁ、滅びるのも運命じゃからして」


 龍神様、分身体、王都の人口の1割弱が龍……


 佑は頭が痛くなってこめかみを押さえた。何だか、自分が今まで見てきた世界は、実は紛い物であったと言うような錯覚を感じていた。母の話を呑み込むのにも苦労したが、この話は上手く呑み込める気がしない。


「そして、言わずもがなそこの男も龍という事じゃな。雷龍族である事は間違いないようじゃが、さて。いい加減話してもらおうかの。このまま黙りこくるなら、龍神様の元へ送らねばならんが」


 釜瀬はバッと頭を上げ、暗い瞳に火を灯し、意を決した顔をした。


「……どうやら、大変な世話を掛けたようだ。お陰様ですっかり記憶も意思も取り戻せたらしい。白龍族に炎龍族、土龍族の御三方。申し訳ない。儂が不甲斐ないばかりに……なんと言ったら良いのか」


「ワシらの事は良いのじゃ。困った時はお互い様。どうやら悪事を働いておったのはお主では無いようじゃな?」


 釜瀬は俯いた。その眼は昔を振り返っているのか、遠くを見ている。


「そうだ……。地獄龍キョウカン。ヤツに操られていた。儂も、ザーザフルも。不意を突かれたのだ」


「地獄龍……聞いた事が無いのう。そやつはいったい何族なんじゃ」


「解らぬ。だが、面妖な魔法を使う手練である事は間違いない。その魔力量は凄まじく、ワシでは抵抗することが出来なかった。ザーザフルなどはまだ龍として幼く、僅かな抵抗も許されず完全に洗脳されていたようだった。白龍族の貴方の力が無ければ、今も精神はあの暗闇に放り込まれたままだったろう」


「まあ、儂ら白龍族は不浄を滅する技を極意としておるからの。そやつを滅することもまた、造作ないのかもしれんのう。そう、それよりも、お主の言葉を待っておるふたりがおるぞ」


 振り向く釜瀬。目が合う佑と助。

 すっかり悪意の抜けた、昔の眼をした師を目の当たりにしたふたりは、龍がどうのこうのという話などは置いておいて、兎にも角にも抱きついた。


「師匠!師匠っ……!」

「うおおおん、良かったぁ、良かったぁ~」


 正気に戻った育ての父。諦めていた生存。

 全てが楽しかった昔を取り戻したような気がして、歓喜に打ち震えた。子供の様に抱きつく大人ふたりを優しく抱きしめる雷龍族、釜瀬の目には涙が浮かんだ。


「お前達、大きくなったな。大変な苦労を掛けた。済まなんだ……済まなんだ」


 本当の意味での再会は思わぬ形で訪れたのだった。

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