60話 死闘再び!暴雨龍との決戦
瞬く間にザーザフルの頭上に濛々と黒雲が集まっていく。周囲には暴風が吹き荒れ、最初に遭遇した時に味わったそれよりも、威力は遥かに強かった。もう魔力が漏れ出すような傷は身体に無く、全力の暴雨龍の膨大な魔力に今、晒されているのだ。
第二波の突風がさらに黒雲を高く押し上げ、遂に真横に殴りつけるような豪雨が降り出した。大型の飛竜達と共に生き、生存能力に並々ならぬ自信を持っている樹海の大木達が、金切り声で悲鳴を上げた。頭上に生い茂っていた大量の枝や葉は、いつの間にか黒雲に呑まれて消えていた。
佑と助は、風の魔力を纏わせたバックステップと瞬歩でそれぞれ後退しながら、広範囲に膨れ上がっていく雨雲の外側へと逃げた。助はその状態でも銀の長弓に火竜の矢を番え、照準を合わせていく。
黒龍の矢が無い今、狙うなら口か目である。目標からかなり離れてしまったが、今の彼の魔力量と大出力なら十分攻撃範囲内だ。バックステップを止め、ゆったりと構え直した。佑が突っ込む時、助は援護をして攻撃のチャンスを作り出すのが役目だ。
一方佑は、インベントリに手を突っ込みながら消えるように後ろへと退いた。もそもそと中身を探る佑は思案した。
(いまの手持ちの酒は、
佑はインベントリから漆黒の一升瓶を取り出した。
ど真ん中に仰々しい荘厳な字体で「黒」と彫られていて、それは金色に輝いていた。属性不明の属性酒、偏屈だが見る目は随一の翔の親父が推す逸品。果たして、凶と出るか吉と出るか。
佑は栓を抜き、それを呑み干すつもりでいつも通り口内に放り込もうとしていた。呑んでいる時間は完全に無防備になってしまう為、一番危険な瞬間なのだ。とにかく、手早く迅速に行わなければならない。
だが―――
佑は、ひとつ涙を流した。
抜栓直後の香りから、何となく勘づいた佑だった。あの時にふわりとただよった香り。母の匂い。一口含んでみれば、それは全身に深く深く染み渡るように広がっていった。内臓から筋肉へ、筋肉から骨へ、そして全身を包む己の魔力にまで、練り合わせること無く勝手に浸透していく。そして、彼は確信を持った。
これは、黒龍の一部を漬けた酒なのだ、と。
龍鱗か、爪か、牙か。母である黒龍は、どの部分をどこで落としたのか。誰かに渡したのか。製造蔵、製造年月日すら全く不明である。年月をかけて様々な縁が、場所が、時間が見事に重なり合って産まれた酒なのだろう。
正しく奇跡の一升と言えた。
これが巡り巡って佑の武器になろうとは、この世の誰もが想像し得なかっただろう。
二口目をゆっくりと口に含むと、絶頂の幸福感と全能感が全身を包み込んだ。まるで最強の生物と呼ばれた母が、その力を貸してくれるかのように身体の中の魔力は膨れ上がり、全ての関節の軋みが無くなり、何処からか湧き出る力は筋肉を漲らせた。
ゴクリと呑み込んだ瞬間、憶えがないほど昔に感じた香りを薄らと思い出した。懐かしくも優しい風がふわり、脳裏を掠めていったと思ったら、迸って止まない愛情が溢れ出るように鼻先からすっと抜けていった。
三口目を含んだ途端、ズッ、と佑の額からふたつの角が生えた。それは肌色でも赤色でもなく、一升瓶の色にも負けない程の極漆黒の角であった。佑の目から溢れる涙は、止まらない。
横に並んだ助は、佑の用意が遅いと感じて横を見やった。そして、その風貌の変化と存在感や魔力の肥大化に驚いて、すっかり魅入ってしまったのだった。
「これなら……勝てる」
「おいおい、なんだそりゃ……後で説明してくれよな! 来るぞ!! 」
雨雲を展開仕切ったザーザフルは、大木を薙ぎ倒しながら突進して来ていた。距離を詰めると、走りながら龍翼を大きく縦に開き、止まると同時に勢いを乗せて、全てを打ち払うようにして左龍翼を横薙ぎに振り抜いた。
さらに暴風がそれを後押しするかのようにしてザーザフルからふたりに向かって吹き荒れた。助は避けられないと踏んで堪らずバックステップで下がるが、佑は動かない。巨大なそれが閃光のように煌めきながら迫る。佑の頭部を捉える寸前、彼の左足がカクンと折れて左に転倒した。そう思うと、数m先に佑の姿が現れた。
当たれば即死の攻撃をミリ単位で回避、瞬歩での間合い詰め。助は驚きを隠せない。更にはその奥で、ザーザフルが龍翼を下げて呻いていた。回避の瞬間、龍翼下面から拳を一撃見舞っていたのだ。その攻撃力と反された衝撃は凄まじかったようで、弾かれた翼の根元に幾らかのダメージを負ったのである。
助にはそれが見えなかった。何が起こったのか判断が付かないといった風だ。
ゆらり、ゆらりと身体を左右に振りながら千鳥足で近付いてくる酔っ払いに、
「何をしている! 奴らを殺せ! その為に貴様を治してやったのを忘れるな!! さあ行け!! 」
(……治した……だと?)
どうして治したのか、どうやって治したというのか。それは釜瀬を捕まえて問い詰めねば解らないだろう。佑は考えないことにした。とにかく目の前の龍を屠る。すっかりアルコールに侵された頭が持ち続けている目標は、ただそれだけである。
ザーザフルは首を高く持ち上げ、規格外の大きさ、太さ、鋭さを誇る自慢の龍牙をギラリと光らせた。
来る。あの不可視不可避の噛み付きが。
佑は、心に深く刻まれてしまった死の恐怖を右手で拭うと、横に振ってベチャリと捨てた。そしてまた、ゆらりゆらりと前進し始めた。
新規登録で充実の読書を
- マイページ
- 読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
- 小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
- フォローしたユーザーの活動を追える
- 通知
- 小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
- 閲覧履歴
- 以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
アカウントをお持ちの方はログイン
ビューワー設定
文字サイズ
背景色
フォント
組み方向
機能をオンにすると、画面の下部をタップする度に自動的にスクロールして読み進められます。
応援すると応援コメントも書けます