59 全ての駒が揃う時

 


 樹海に侵入してしばらく。


 どんどんと真っ直ぐに進んでいくふたりだ。しかし不思議なことに、今日は行けども行けども飛竜と出会わない。あんな巨体達をベテランの冒険者であり山の狩人である男達が見逃すはずも無く、じゃあなんだ、今日は餌の取り分や縄張りについての会合でもあるんだろうかと冗談混じりに考えていた佑は、その先で突如として現れた見たことも無いような異様な光景に、度肝を抜かれてしまった。


 まるで戦争跡地のように、すっかり焦土と化している場所が眼前に広がったのだ。


 地表で何発も強烈な炎弾が炸裂し、周囲を燃やし尽くした跡のようだ。樹海の大木は見るも無惨に倒され、燃え、傾いていた。かと思えば、その隣には土がクレーターのように大きく掘れていて、近くには魔力で塊となった硬質な土がふたつに折れて転がっていた。その向こうには大きな毒の沼地が形成されたまま放置されている場所があり、そのまた向こうにはすっかり根元から凍り付いた大木と草木が結晶化していた。



 まるで怪獣大戦争の終幕後。荒れている土地の範囲は非常に広い。しかし、何よりふたりが驚き、同時に緊張したのは、見覚えのある傷を負った竜の死骸がそこにゴロゴロと転がっていた事であった。



 それは火竜カジヴァの下半身であったり、頭と脚と尻尾の先だけが置き去りにされた氷竜サミーナであったり。何体もの飛竜が無惨な姿で屍を晒していた。


 そこにあった死骸はばっくりと身体をくり抜かれたようにして死んでいた。毒竜などは死骸すら遺されていない。裏山頂上付近にあった天然コロシアムを例にしても、同レベル帯の竜が一度に複数体で縄張り争いを行ったとしても、こんな悲惨なことにはならないだろう。一際巨大な樹海産まれの飛竜を一撃で半身吹き飛ばすような攻撃方法を持った個体は、佑が知る限り、考えるまでもなく、あの一種類しかいない。


 そう、これは紛れもなく暴雨龍が暴れた跡である。佑は最も手前に倒れていたカジヴァの下半身を見てすぐに直感した。これは見覚えがある、と。


「お、おい」


「静かに!近くにいるかもしれない。気配察知を展開する。動くな」


 そう言い終わったのと同時に、佑の遥か頭上でほんの僅かに稲光がチカッと走った。その悪意ある一瞬の煌めきが、刹那の間に自分達に向かって降り注ぐであろうことに、助はいち早く気付いた。


「ぐっ!危ねぇ!」


 助は佑の身体を抱いて、全力で横へ飛び退いた。すると間一髪、ふたりが立っていた場所に突然大きな雷が落ちたのだった。余りの衝撃に吹き飛ばされた助は、すぐに体勢を立て直して耳の痛みに耐えながら上を見上げ、次の攻撃を警戒した。だが、


「上じゃない!右だ!!」


 佑が叫ぶ。横幅数mもある大木をズバズバと容易く切り裂きながら、何かの塊が凄まじい速さでふたり目掛けて迫ってくる。それは、憎々しきあの龍の極太の尻尾であった。


 助は足に緑色の風を纏い後ろへと跳ね、これを回避した。佑は紫雲色のそれに向かって逆に飛び込むと、迫り来る尾の上面に拳鍔の逆鱗を当てて衝撃を返しながら上へと飛翔した。クルクルと二回転しながら見事に着地すると、瞬歩で後ろへと下がる。


 ふたりが見詰めるその先。大木が次々と悲鳴を上げて倒れ、積み重なっていくその向こう側に、身の丈凡そ15mの巨大な影が鎮座していた。


 見まごう事は無い。それは間違いなく、一度命を奪ったはずの暴雨龍ザーザフルであった。


 感動の再開という訳でもない。当然、前口上もない。既に奇襲を受けている。相手は野生の龍。生命の取り合いは既に始まっていた。


「居た!やっぱ遠くへは逃げてなかったな!今度こそ殺すぞ佑!」


「あぁ…。師匠の仇、今度こそ取らせてもらう!」


 佑がインベントリに手を伸ばし、助が長弓に魔力を通そうとしたその時であった。



「…誰の仇を取る、だと?」



 遥か頭上から降ってきた人影は、ザーザフルの真横に、まるで重量を無視するかのようにしてストンと着地した。そして、佑と助にとっては懐かしくも愛おしいその声で、ふたりに話し掛けた。聞き間違える訳はなかった。幻聴だとしても、そちらに目をやらざるを得なかった。その顔を確認した時、佑と助の心臓が強く跳ね上がった。



 そこに立っていたのは、亡き師である釜瀬飲茶かませやむちゃであった。



「な、なっ…」


「えっ、どっ、どうなっとんだ…? またお化けかよぉ……」


 あまりの出来事に、ふたりとも脳内での情報処理が完全に遅れていた。ただただ口を開けて、身体を震わせることしか出来なかった。



「さて。悪いが、ここで死んでもらおう。恨みなど無いが、お前達を生かす訳にはいかんのだ。ザーザフル、殺れ」



 釜瀬が指示を出すと、ザーザフルは、ヴォォォォォォオ!!とひとつ吼えた。


 およそ生き物が発する声量では無い。佑と助は魔力を纏って耳をやられないように防御したが、それ以外の近くにいた者は等しく耳を駄目にしただろう。この猛々しく凶悪な鳴き声は、しっかり樹海の隅々まで行き渡っただろう。全ての草木を揺るがし、全ての生命を戦慄させただろう。大気を震わせ、地を歪め、まるで自分が生きとし生けるものの頂点であるという事を誇示するかのように天に向かって吼え、善の神の意思に逆らった。


 ザーザフルの身体から噴き出す雨雲が佑の目の前をうねりながら勢い良く上昇し、巨大な黒雲の塊を構成していく。これが上空ですっかり完成を見てしまえば、生命を蹂躙するデスゲームが開始される合図となる。



「なっ、なんでだ!なんでだよ師匠!」



 釜瀬の存在、釜瀬の台詞。なにひとつ理解出来ない佑は叫んだ。



「なんでザーザフルの横に居る!! なんで俺達を攻撃する!? ……なんで、なんで生きている!! 答えてくれ! 師匠! 師匠ーーーーッ!!」



 佑の全力の叫び声は、吹き荒れ出した強風によって掻き消された。

 そしてまた、釜瀬の姿もその向こうへと消えていった。


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