11 襲い来る災害の群れ 激突!デラハーゲル
振るわれた竜刀と相対する竜牙がぶつかり合う。
そこらじゅうで激しい
「お前ら死ぬじゃねぇぞ~。おーい、怪我ぁした奴は下がるだぞ~」
「うおおおおぉ!!」
おーい…。
漢どもには聞こえていない。
たかが1mちょっとのサイズの小型竜でも、バネのように靱やかな筋肉の塊である。その動きはとにかく俊敏で屈強だ。大の大人の全力と渡り合い、時には上を行く
「ぐあぁっ!」
「大丈夫か
「なんの、これしきの地獄は何ともござらん!…っぐぅ!?」
銅等級のプレートをぶら下げた宗兵衛という男は、左肩にエレクトの尖爪の一撃を食らって顔色を真っ青に変えていた。溢れて止まらない血はともすれば致命傷になりかねないほど深かった。加えて、エレクトの悪魔じみた特性が彼を襲った。
「うおぉ、が、が。から、だが、痺あ、あ」
「まずい!宗兵衛が麻痺に掛かったぞ!銅級、下がって援護にまわれ!」
傷口を抑えたまま痙攣して宗兵衛は地に伏してしまった。
同じ等級の仲間が彼を引き摺って後ろへ下がる。そう、宗兵衛は麻痺という状態異常に掛かってしまったのだ。
エレクトという竜は、噛み付きが得意でない。顎の長さは短く、可動範囲はハーゲルの半分程しかないからだ。その代わりに、手の爪がとにかく長いのだ。内側に刃を付けた長い爪を左右六本、しゃらしゃらと打ち鳴らして威嚇する特徴がある。
その爪には強力な麻痺毒があり、生身を切りつけられれば高確率で全身が痺れて動けなくなる。宗兵衛はこれにやられてしまったのだった。
「はいはい、麻痺直しあるでね。これ使いん」
「た、佑さん!恩に着るぜぇ、申し訳ねえ。宗兵衛、飲め」
「ま~戦闘不能だで、そいつわきに置いとけぇ」
「わ、わかった」
佑は自給自足生活の中で、製薬作業も行っていた。エレクトの麻痺毒を中和する薬草は裏山で採取出来るので、それを採ってきて擦って水に溶かすだけの作業だが、今回のように保険にはなるのだ。
身に迫る大なり小なりの危険を、回避できるか直撃してしまうかはその後の生死を分けるに十分だ。この辺りも手を抜かないのがプロである。
簡単な飲み薬だが効果は抜群である。宗兵衛の痙攣はすぐに治まった。治癒力向上の回復魔法を仲間から施され、後方の木陰に身を隠した。
しかし、佑と言えども麻痺直しの効果はエレクトの麻痺毒までしか検証出来ていない。デラエレクトの強麻痺毒にどれほど効果が出るかはわからないのである。
当然進化系の特性は、格段に強力になる。デラエレクトの強麻痺毒は呼吸器系の活動を停止させ死に至ることがある程だ。加えてパワーもスピードも小型とは桁違いの戦闘力を有する為、ギルドの低等級の連中が束になってかかったところでどうなるかは目に見えていた。
その時である。
佑の後方から火焔の球が飛来し、エレクト軍の真ん真ん中に着弾した。それは周囲の小型竜を吹き飛ばして、火柱を上げて燃え盛った。
「待たせたな!焔のアキラ、見参ッ!さあ、最初に燃やされたいトカゲはどいつだあッ!」
「あぁ~それそれ。変わらねぇダサさで安心するわ~。色々ありがとねぇ~」
一足遅れてギルド軍の大将が姿を現した。肌着一丁の佑と違って、頑丈そうな光沢感のある竜鱗を贅沢にあしらった鎧兜と具足と篭手を身に纏っている。
「ダサいとはなんだ佑!私はいつでも真剣だ!しかしこれはどういう状況なんだ。凄まじい数だな」
「いや~なんか俺もよぅわからんだけどねぇ。まぁとりあえず、ようけ居る小型頼むわ~」
「任された!者共、気合い入れろぉッ!!」
飛ばされた
「さあ道を拓くぞ、とくと味わえッ!」
焔の
たったその一撃でどれ程の小型を殲滅しただろうか。ギルドマスターの焔の攻撃力には、佑も舌を巻いた。
「魔法は相変わらずずるいわ~。わやだわ~。なんだん、あれ」
「さて、俺はこっちをやりますか~」
残りの風月を一気に飲み干す。
ぐおお、と唸って灼熱の吐息を吐き出し、肌色に赤味が足されていく。
顔を上げた。その目線の先には、小型の取り巻きをギルド連中に剥ぎ取られてしまって単騎丸裸となったデラハーゲルが川の瀬で仁王立ちしている。
巨大だ。俺の目線より遥かに上に頭がある。ぬらりとした口内が良く見える。大振りの分厚い鱗はふっくら丸みを帯び艶々していて、堅牢そうだ。貫くには気合いが要るな。
ああ、なんて残忍な太い牙だろうか。
なんて暴力的な逞しい前腕だろうか。
なんて野太くて重厚な尻尾だろうか。
こいつは、どんな味がするのだろうか。
そんな事を思いながら、対峙する佑である。
ゲェアアアアアアア、と大音量で吼える。大気を震わせる咆哮に、人と竜が振り向いて釘付けになる。膨張した腹部がぎゅうと収縮した途端、デラハーゲルは地面を抉る強烈な踏み込みで突進した。間合いに入り込む寸前、踏み込んだ右足を軸にして身体を高速で一回転させ、遠心力に任せた最速の噛み付きを放つ。
膝を折り、ゆらりと後ろに倒れるように躱す佑。触れた前髪が僅かに散った。
振り返りざまに巨大な尻尾で
受ける足裏を尻尾の先に宛て、その勢いに押されるように空中に放り出され、回転して着地した。
強烈なひとっ飛びで間合いに入り直し、右剛爪を縦に振るった。
手刀に纏った風月で爪の先を切り飛ばし、同時に下がった顎を蹴り上げて、振り切った脚を半回転しながら地に戻した。
軸足に全力を込めて、全体重をかけてぶちかました。
鱗に手を宛ててそれを受け流すと、相手の勢いを殺さずにゆらりと右へ重心をずらして転ぶように避けた。
体勢を崩したお互いは、瞬時に持ち直して振り返り見詰め合った。
その攻防のやり取りはまさにほんの一瞬である。
「ふおぉ…」
「ゲェ…」
全く次元が違う。観客と化した者達は一様に感嘆の溜息を漏らした。
のらりくらりと戦っているように見えて、紙一重で躱し反撃を仕込む技術とセンス。爪も牙も尻尾も、何かが
見るものを魅了する、遥か格上の力のぶつかり合いであった。
「また腕を上げたか、佑め。間の見極めがなんとも美しい…」
昔、修羅の住む戦地を共に駆けた戦友である晃もまた、その攻防に魅せられていた。
「…はっ。おい!
「っ!そうだった!行くぞぉぉッ!」
「ゲェッ!ゲェッ!」
血と汗と焼け焦げる臭いが、辺りに再度満ちていった。
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