10 襲い来る災害の群れ 荒ぶる酔拳・風月


 上流で大軍勢が集結しつつある。


 デラハーゲルを筆頭とするハーゲル軍に、デラエレクトを筆頭とするエレクト軍。大きな群れの中に風神雷神の如き二大巨頭が立ちはだかり、続々と森から湧いて出てきて周囲に満ちた小型の数は最早数えきれない。


 両軍が隣接する所では、小型達が小競り合いをしている。まるで我等の陣地であると言わんばかりだ。竜避けの木の残骸の奥からは未だにエレクトがぞろぞろと連なって出て来ていた。これほどの大群が、一体どこで息を潜めていたのか。


 佑が普段見かける一団と言えば、どの種も小型大型を含めて大体三から五体程度である。自然にここまで群れが大きくなるものなのだろうか。竜避けの木で長く蓋をしてしまったから、森の中での生態系がどこか預かり知らぬところで狂ってしまっていたのだろうか。それとも、これもまた竜森の不思議のひとつとでも言うのか。


 佑から見上げる上流の淵の景色は、凄まじい速さでどんどん竜色に埋め尽くされていく。

 そうして遂に立つ瀬が無くなった者から順番に、下へ向かって押し出される形でゆっくりと下り始めた。


 陽の光を照らし反す竜鱗の波がうねるようだ。沢山の鱗が擦れあって不快な音が幾重にも重なり合い、不揃いの足並みが臨場感を際立たせた。その姿はまるで甲冑武者の進軍である。


 佑の手には、お月様と雲、右端にススキが描かれた絵に「風月」と銘打たれた美しい緑色の一升瓶が握られていた。中秋の名月をモチーフにした、見た目にも高級酒だと判る素晴らしいデザインであった。


 その栓をキュッと抜いてやると、口につけて一遍に飲み干していく。それは秋の侘しさを思わせる風味であった。湿度の低い冷ややかな風が鼻を駆けていく。酒はまるで水のようにさらりと喉を通り抜けて、勢いよく腹に収まっていった。


「っくぅああ、効くぅ゛!」


 熱い吐息に濃いアルコールを混ぜて思い切り吹き出した。半分ほども飲んでやると、さらに深呼吸をして二口目。とんでもない速さで酒を消化する。

 極めつけに、小指に黒い指輪を嵌める。


「っぐおぉ、ふぃ~。うんまい!けどきっつぅ~」


 一気に逆上のぼせて顔が真っ赤に変色する。

 彼は非常に酒に酔いやすい体質なのである。しかし佑は酔っ払ってからが長い男だ。一晩中酔っていられるから楽しくて仕方がない。とくれば、いつの世でも嫌がられるタイプの厄介な人間であった。


 先頭に立ったハーゲルが佑に向かって威嚇の鳴き声を上げる。

 すると、連鎖反応を起こしたかのように一体、また一体と威嚇を始めた。

 ゲッゲッと特有の引き笑いのような鳴き声が辺りに何十と反響する。

 あっという間に竜の軍勢に敵と認められた佑である。


「さあ!俺が相手したらぁ!かかっこいや!!」


 先陣を切るハーゲルが、頭を低くして前傾姿勢で駆け出した。

 30m程の距離があったにも関わらず、強靭な脚力を駆使してものの数秒で詰めてしまうと、その自慢の凶器をギラつかせて喉元狙いの必殺の噛み付きを繰り出した。


 そして、佑の足元の影に食らいついた。

 ギョッとしたような顔で地面と熱烈に愛し合うハーゲルは、その後すぐにばっさりと左右対称に分かれ、臓物を撒いて倒れた。


 それを目の当たりにした後続のハーゲルは、目前まで迫ってからやっとその強大な脅威に気が付いたのだった。


 なんだこれは。

 適う訳が無い。


 そう一瞬で理解したハーゲルは、その黒く太い立派な鉤爪で急ブレーキをかけて止まろうとするが、とめどもなく後ろから次々と他のハーゲルが押し寄せており、もうどうにも止まれない。


 いやいや押すな、やめて、ねぇちょ、止まって!

 止まとまちょっ、あら、嫌だぁーッ!


 などとやっている間に細切れである。哀れ先陣のハーゲル一味は一瞬の内に肉の塊となって、あちらこちらに鮮血を噴き出してぼとぼとと地に落ちた。


 千鳥足の佑は既に焦点が合っていない。

 不気味にヘラヘラと笑いながら、右へ左へとゆらゆら揺れる。そして、その肩や手の先からは緑色のもやが立ち上がっていた。


「酔拳風月だぁ。おら、どした!おじさんが相手したるってって言っとんだわ。早よ来いや!」


 中指を立ててうへへぇ、と笑う。

 挑発に憤った命知らずのハーゲルが突貫していくそのたびに、ふらりと躱したついでに首を落とし、通り過ぎれば脚を落とし、蹂躙の限りを尽くした。気が付けば、佑の後ろに屍が山になって積み上がっていた。


 佑の奥義である魔纏酒まてんしゅが炸裂したのだった。


 通常の酒では無く、属性酒と呼ばれる高級酒がある。


 それが持つ属性によって具現化できる技が異なるが、風月の場合は読んで字のごとく風属性である。身体から染み出る風属性の力を借りて自身が練り出した魔力と融合し、真空の刃に変質させて相手を刻むのだ。


 擦れ違うほんの僅かの間に、緑色の靄はとても薄い刃のように形取り、佑の繰り出す轟速の突きの勢いに乗じて竜を鱗から切断していく。短距離用は拳に纏う刀のようにして使い、中距離用は突きに乗って飛んでいく。風月に長距離用の技は無い。これは佑が魔力操作で使い分けるところだ。


 ジャブと一緒に放たれた弧を描く刃の様な風月は、標的を斬り倒すと1m足らずで霧散して消失した。

 近接戦では滅法強い、一撃必殺の酔拳・風月の御目見おめみえだ。


 余りにも一方的な展開である。こうなれば如何に好戦的な野生の竜と言えどもたたらを踏む。

 佑がゆらりと近付けば、後ずさるハーゲル。

 緊迫した雰囲気の中で、静寂が訪れた。


(うはぁ、まずいげぇ。早よぅせんと効果切れちゃうがや)

(風月はあんまりぇんだよなぁ。余りはデラ用に取っとかにゃならんし…)


 魔纏酒は、酒の種類によって属性の力を得られる効果時間が違うのだ。風月に関しては、一撃一撃は強力だが持続時間が他と比べてみても大分と短いタイプであった。この軍勢とのぶつかり合いで早々に使い切ってしまうと、まだまだ後が見えないこの状況では辛くなってくる。


 かと言って焦って突っ込んでしまうと、致命の一撃を食らいかねない。いくら佑が強いと言っても、ひとである。竜の攻撃にそう何度も耐えられるものではないのだ。


 デラ級の攻撃ともなると、防具を持たない佑にとっては何を食らってもほぼ致命傷となる。当たり所が良くても骨のひとつくらいは覚悟しなければならないのだ。そうなれば、戦闘継続は不可能。つまり負けである。


 そうしてお互いに足を止め、膠着状態となり睨み合っていると、どこからかむさ苦しく野太い声が沢山聞こえてくる。


「いたぞ!佑さんだ!うおおっ!!」

「なんだこりゃあ滅茶苦茶な数だぁ!よおし助太刀致す!!」

「皆の者、続けぇーッ!」


 おうッ!!

 何十人もの勇ましい漢達の咆哮は、辺り一帯の空気をぐわんと揺らした。

 たじろぐ小型竜達目掛けて、ある者は竜刀を、ある者は竜槍を構えて突貫して行く。その姿はまるで人間ミサイルである。


「なんだこや。作戦もなんも無ぇやん」


 佑は腹を抱えて笑っている。やたら楽しそうである。


 ギルド本隊が、応援に駆け付けた。


 竜と人との戦争は大混戦へと発展していった。

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