08 襲い来る災害の群れ 大型竜との邂逅


 突然強烈に地面が揺れて、タスクの頭が枕から落ちた。


「なっ、なんだ。地震か」


 なんとも目覚めは最悪である。不意にぶつけた頭がじんわりと痛んだ。


(いや、しかし、こりゃ地震にしては短くないか)


 さらに、地面は揺れないが何か大きな物が倒れるような地響きがどこかから聞こえてきた。

 開け放した窓の外を見やると、一定の方向から大量の鳥が一斉に羽ばたいて行くのが見えた。まるで何かに追われて逃げるかのように、バラバラに慌てて飛び立っている。


 竜森の木はとても背が高いのに、何かに追われることなどあるだろうか。鳥たちがあんなに飛び立つなんておかしい。小型の仕業では無い。この雰囲気は見た事がなく、明らかにいつもと違っている。きっと余程の何かがあるのだ。


 そういう只事ではない空気を感じ取った佑は、自前の小型インベントリを持って山小屋を出た。あの方角と距離からすると、新川が流れている辺りだろう。

 どうにも収まらない胸騒ぎを感じながら、走る足がスピードを上げていった。


 数ある竜森の入口の中でも、特に王都に面する一帯は念入りに一定間隔で竜避けの木が植えてある。


 これは竜が森から出て来るのを防止する為である。

 この木は人にとっては全く無害だが、竜にとっては鼻が曲がるような臭いが出ているようで、嫌って近付いてこないのだ。カメムシの超強化版みたいな物だろうと佑は認識している。近付けないのも納得である。この葉を乾燥させて焚きつけるタイプの携帯用の竜避けは、人類にとって必須アイテムだ。王都を離れる時には、誰もが所持している。


 もちろん竜森に面した新川の沿いにも、王都側より間隔こそ開けてはいるが漏れなく植えてあった。野良の小型は時折すり抜けるように出て来てしまうが、対応が難しくなるデラ級以上の大型は出て来られないという絶妙な位置取りだ。これはデケーナ建国当時、王命にて大々的に執り行われたと言う。


 遥か上流の方は、作業時に非常に大きな危険が伴うからという理由で植えられていなかったが、安心出来る所までと佑が自主的に植えたものも一部あった。


 そして佑が大急ぎで新川に辿り着くと同時に、その竜避けの木が目の前を流れていった。


「えっ?」


 木は根元の方から乱暴にへし折られていた。

 上流の方に視線を向ける。そこで、にわかには信じ難い光景が、徐々に広がっていった。


 デラハーゲルが悠然と立っていた。

 そびえ立っていたと言っても過言ではない。個体のサイズは2.5mほどだろうか。その子分であろうハーゲルの群れが、いくつかの切り株と化した竜避けの木の向こうからうじゃうじゃと沸いて出てくるところであった。数えられるだけでもあっという間に十数体を超える。しっかり群れを成していた。


 すると、後続の小型のハーゲルの一頭が、後ろから出て来た倍もあろうかという巨大な竜に噛み千切られる。


 デラエレクトだ。


 それはのっそりと姿を現し、こちらも子分のエレクト達を引き連れていた。その脇には無惨に踏み潰されたゲロミズが死んでいた。


「なんだありゃあ!デラ級が二体!どんどん増えてやがる!うおぉ、まずいぞ。どうやって森から出てきた!」


(あの勢いではまだまだ出てくる。縄張り争いよろしく大混戦になることは間違いない。しかも視認出来るだけでデラ級が二体…これだけでギルド連中では手一杯になるだろうが、ここにひとつ上の進化系であるワヤ級が混じったら、最早王都を相手取った戦争だ。手の付けようがなくなる)



 ワヤ級は確認されている中では最終進化系とされていて、最も大きく、そして単純に強い。それは身の丈5mにも6mにもなるほど巨大なのだ。裏山の竜森を抜けた先の山頂付近に棲息していると言われている。


 言われている、というのは、生態研究の成果や国として調査団が派遣された結果の確証があるというのでは無く、冒険者達の報告によってそれが確認されているという事だ。

 つまり、絶対に竜森には居ないとは限らないのだ。


 しかし倒されるはずの無い竜避けの木が倒され、既に未知の事態に陥っている今、ここが裏山の中腹だからと言って油断する訳にはいかない。

 これからも何が起こるのかわからない。ワヤ級の出現も考慮すべきだ。未曾有の災害の切っ掛けは遥か遠くに過ぎ去り、気付いた時には既に事は走り出してしまっていた。



 佑は指笛を吹いた。

 どこから見ていたのか、あっという間に鳩が飛んで来てタスクの胸に勢いよく突進した。いつまで経っても止まることを覚えられない、ハトコという少し阿呆な伝書鳩兼ペットである。


「よしよしハトコ、今日も元気だな。さあ、これをギルドへ!」


 ギルド行きを認識させる為の匂い袋と赤色の札を首に巻きつけてやると、ハトコは大急ぎで羽ばたいて空へと消えていく。

 これでいい。後はギルドマスターであるアイツが上手く手配するだろう。さあ、緊急事態だ。俺がやれる事はひとつ。


 そしておもむろに佑はインベントリへ手を伸ばす。


 その中から、黒い指輪と風月と書かれた緑色の一升瓶が現れた。

  • Xで共有
  • Facebookで共有
  • はてなブックマークでブックマーク

作者を応援しよう!

ハートをクリックで、簡単に応援の気持ちを伝えられます。(ログインが必要です)

応援したユーザー

応援すると応援コメントも書けます

新規登録で充実の読書を

マイページ
読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
フォローしたユーザーの活動を追える
通知
小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
閲覧履歴
以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
新規ユーザー登録無料

アカウントをお持ちの方はログイン

カクヨムで可能な読書体験をくわしく知る