07 迫る不穏の跡
今日は釣りの日だ。
何となく、釣りの気分だ。理由は特に無い。
燻製にしたゲロミズのもも肉に齧りつきながら、
泥酔状態である。
朝からまた一升瓶にしゃぶりつくように飲み散らかして、昼前になったら腹が減った気がするから釣りをしようと言って、大声で歌いながら山小屋の近くの釣り場にやってきた。
広大な裏山の遥か上流からさらさらと続く清流のひとつ、新川。
ここには平地では釣れない希少な川魚が多数生息している。高級魚のニジマッスルを代表として、コンジキドジョウ、ハマアユやシワスマス、ダイヤモンドウナギなどが主に釣れる。どれも市場で代人気で買取価格も結構なものだ。
ただ、釣れるのは川魚だけでは無い。ここでは小型の水竜も何種類か釣れるのだ。
藻を主食とする小型の水竜達で、1mにもならない。
上流ではデラ系も釣れるが、裏山の中腹辺りでは小型しか見ることが出来ない。食用に捕獲しても良いが、身は臭い消しをしないと少し泥臭いので竜種の中では特に食用に向かない質だ。竜種全体の中で見てもとても小さく姿が愛らしいことから、街では金持ち連中が水槽に入れて観賞用として飼ったりするそうだ。
余談だが、海竜と呼ばれる種も大海原に棲息している。だが、水竜と決定的に違うのはその大きさだ。海竜は途轍もなく大きい。並の交易船なら一撃で粉砕する膂力と体躯を持っているのだから水竜とは全くの別物である。
そんな可愛らしいサイズの水竜を釣り上げてしまったから、川に向かってぽいと放って逃がしてやった。自作の
小さな歯で甘噛みする姿は肉食竜にはない可愛さがあって堪らない。
(でもたべるならぁ、にくしょくりゅうがいいれすぅ)
この男、贅沢である。
遥か上空を飛竜の
暖かな日が
季節は梅雨に入ろうとする頃合だ。風は僅かに湿気を含んでいて、吹いては過ぎ去り、凪が訪れた。
もう時期に夏が来るなあ。佑は澄み渡る空を見上げた。
「いや~しかし~」
「祐子しゃん!祐子さん!が、おしえてくれらぁ~大きい竜しゃんは居らんですねぇ…」
小一時間、呆けて釣りをしている間、噂に聞いた大型竜の一団とやらはついに姿を見せなかった。もう竜森の奥へと引っ込んだのだろうか。
どうせ、野良のちょっと大きめの個体が喧嘩でもしてたんだろうと佑は思っている。話に出てくる大型の竜など、そもそも竜森から出てこられないのだから。
しかし、もし何かしらのイレギュラーが起きて大型の肉食竜が麓に向かって降りてくるようなことがあれば、王都は大混乱に陥るだろう。
ギルドの高等級冒険者が常に滞在しているとは限らないし、王都の軍が出張ってくるには時間が掛かる。竜の頭数が多ければあっという間に城門を突破され、蹂躙されかねない。城下町は地獄と化す。
そうなる前に、万が一大型竜が森から出てきた場合は出来るだけこちらで受け持とうと佑は考えていた。釣りをしに来た理由は特に無いとは言ったものの、実はこの件が気掛かりで、ちょっとだけ見張り番のつもりで来たとも言えた。
「まぁどいだけ大きいっちっても、ワヤまで進化してなきにゃあ、なぁんとかなるぁー」
「あうおっ」
その時、竿が強くしなった。
この手応え、大物の予感。
「よっしゃきったこれぇー!」
合わせて、岩の上でフラフラと格闘する佑である。2m程先で飛沫を上げて暴れる影は相当な大きさだ。これを釣り上げるには、そこら辺に落ちていた枝を材料とした手製の竿では明らかに細く、短い。少なくとも1.5倍の太さが欲しいところである。
と言っても仕方がないので、器用に竿を捌いてタイミングを伺うように粘った。しかし実の所、この展開を読んでいたからこその、この竿なのだ。
ひとつ、深く息を吸う。
茂みに生えていた適当な植物の繊維を利用して作った釣り糸が悲鳴を上げる。
グイと引かれて強い力が掛かった。魚の影が振り向いて佑と反対方向に逃げ、糸が限界までビンと張ったその時である。
「ずおぁっ!!」
この一瞬、
そんな凄まじい速さで竿を真っ直ぐ上に振り上げる。竿に切られた風が、突風となって岩や木に衝突して吹き荒れた。
美しくも靭やかな僧帽筋と三角筋、大円筋らが一瞬ごつく盛り上がり、前腕は歪み無い弧を描いた。
その技術と筋力は、水の抵抗と相手の重みを完全に無視した。打ち上げられたように空高く川魚が飛び上がっていく。
獲物の振り向きざま、糸が張り詰めるその刹那を狙った究極のカウンター技法。凡そ人間業とは思えぬ手腕である。
巨大な影が空から降ってくる。
魚籠を取り上げて用意して待っていると、それはずっぽりと収まった。
「ふひひひ、大量、大量」
1mにも及ぶ巨大な川魚、サクラマッスルだ。
やってやったぜ。これで暫くはつまみに困らない。
野菜も葉物も、肉だってたっぷりある。
翔でも呼んで飲み会をするか、祐子さんにお裾分けと称して会いに行くか。
鼻歌交じりに帰り支度をする。
すっかりご機嫌な千鳥足で新川を後にする佑は、この時気付いていなかった。
対岸の上流にある、交錯した無数の巨大な足跡に。
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