第59話 恐怖の問い
「………で、お前はこんな所で私の事を介抱していても良いのか?」
「流石に女性一人にするのはどうかと思いまして」
「………似非が」
「え?」
「私には必要ない………騎士だぞ?」
「ですが………」
「必要ないものは必要ない」
マディソンはそんな事を言いながらわたしから体を離し離れていく。
「……あれ?」
「どうした?」
「あ、いえ、何でもないです」
「?」
するとあることに私は気付く。
先ほどマディソンの身体に纏わりついていた重油のようなものが何一つ無かった。
それは見事に跡形も無く、と言えるほどの一欠けらも数滴の跡も無かった。
もし、あのような物があれば何か一つは反応や証拠が残るはずなのに、無かったのだ。
「なんだったのでしょうか?」
あの黒い存在。どうも私の事を惑わす気がした。
なんと言うか、近寄りがたい?
そんな感じが私の胸の奥にはあった。
「おい、何をしている! 先に行くぞ!」
「あ、少しお待ちを……」
先に行こうとするマディソンを追いかけるような形を取りながら私は、彼女を追いかけると私はその背中に走る悪寒をこの体に感じていた。
「…………なぁ」
「なんでしょうか?」
すると老執事を追いながらマディソンから話しかけてくる。
「お前は、怖くないのか?」
「怖い、ですか?」
「あぁ、よくわからない存在に飲み込まれる感覚だ」
「分からない存在………」
「自分とがまったく別な存在とは言えないが近しいとも言えない存在がわたしのことを飲み込もうとする感覚があるんだ。本当に何を言っているのか分からない。けど、怖い。未知の存在に触れる己のことが……」
「………」
私はマディソンのその言葉を聞いた瞬間、先程まで彼女の身に起きていたことを思い出す。
よく分からない存在。それは先程の黒い液体のようなものだろうか?
私自身、あれを見て恐怖感を抱くほどでは無かったが、どことなく不安感を抱いていたことには変わりはない。それどころか、あれには既視感のような物さえも感じた。
私自身ではない。マディソン自身に、
もし、それさえも怖いというのなら彼女自身が恐怖を抱くことになる。そうなってしまう。
けれども、もし、私自身が何かよく分からない存在になるのなら?
私は恐怖感を抱くだろうか? それとも、不安感か? 畏怖? 憂虞?
どれにしても、私は解答は………
「怖い、だろうな」
「え?」
私の返答を聞いたマディソンは豆鉄砲を喰らったかのような呆気ない声を上げる。
「怖いと思う。自分がそのまま何者でもない物に取り込まれる………自分と言う意識を残したまま消えていくのは、怖いし、辛い」
「………」
「心を殺し、感情を封じて見せても、人は人だ。完全には防げない。どこかでその殺した内容を見直さなきゃいけない。人にならなければいけない。そうだろう」
ゆっくりとその進めていた足を止める。
月の光に垂らされながらも私は、己の血に濡れた手を見る。
そうだ、この手は証なのだ。血に濡れ、武器を握るから己の証明ができる。存在意義も罪の証も、転生を受けこの大地にへと刻み込むために、私はここにいる。
「………リンタロウ」
「大丈夫です」
大丈夫だ。
止める足は無い。立ち止まることは許されない。
今にも漏れ出しそうな吐き気さえも抑え込み、人として《人》を殺す。
「行きましょう」
「………分かった」
私の意図を読んだであろうマディソンは止めていた歩を進め始める。
手に握る剣は何かの決意表明かと見間違えるほど、彼女の背中は輝いていた。
それに私は追いかけるような形でその場を走り出した。
この手に握った拳銃は何一つ間違いはない。そのはずなのだから。
「レオス! 追い詰めたぞ!」
暗い廊下を走り抜けるそこには、大きな中庭のようなところにへと出た。
真ん中には、大きな石柱のような物が
「ようやく、ここまで来ましたか………」
「あぁ、だからさっさと縄につけ」
剣を抜きマディソンは目の前にいる老執事へとその切先を突き付ける。
だがそのような状態になっていても、老執事の状態は変わらない。逆に石柱の前で蹲っていながらもその表情にはどことなく笑みを見せていた。
「………ふふっ」
「何がおかしい?」
「何がおかしい? 全てだよ。これほど順調に物事が進むとは思わなくてね」
「物事?」
老執事はまるで、全てが計画通りかと言わんばかりに大きな声でそのように宣言する。
その様子に、マディソンは驚いたような表情を見せるが、私はそのような様子を見ても何ひとつ感情に変化が起きない。まるで、今この状況はマディソンと老執事のドラマかと言わんばかりで私は蚊帳の外となっていた。
「あぁ、そうだよ。物事だけじゃない、君の行動全てがおかしくて笑いそうになるよ」
「………わたしの行動?」
「君は儂に縄に付けと言ったが、儂がやったことは罪には問われない。なぜならこの国自体が、儂と同じことをしているからだ」
「なっ!?」
「奴隷の売買、虐待、実験………それら全ては我々の国で行われている行為なのだよ」
「なんだとっ!?」
次々と語られるこの国の罪状、その内容に私とマディソンは驚愕な表情を見せていた。
なぜなら、平和で素晴らしいという語る国は差別と迫害で構築されていたからだ。
老執事が放った言葉の中には差別を当たり前とし、優等人種、劣等人種と言うだけで迫害の下にし、それをあたかも正義の名の下に行うナチスと同じことをしていた。内面から気付かない内容をただここの国民たちは鵜呑みにしていた。若い子供から歳老いた老人までその内容を信じていた。
「当然、貴女様の行動も我々の物事に関してトントン拍子で進めてくれた」
そう言いながら老執事の手から一本の試験官が握られていた。
中には先程までマディソンが身に纏っていた重油のような黒い液体が入っており、月明かりに照らされるその液体はうねうねと光を反射していた。
「でなければこのような素晴らしい人の《負》を手に入れることはできませんでしたからね。本当にありがとうございます」
まるで今までの行為さえも何一つ間違いを起こしていないと言わんばかりに、老執事は堂々とマディソンに向かってその
その姿はまるで劇場の主役かと見間違えるばかりに、彼に月光がスポットライトのように照らされ、私たちの視線を釘付けにへとさせる。
「では始めましょうか。破壊と絶望のパジェントを!」
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