第60話 封解
老執事はそう宣言すると、手に持っている試験管を握りつぶす。
瞬間、辺り一面に入っていた黒い液体が撒かれ、ゴゴゴッ、と重たい音を鳴らしながら地面が揺れる。
「なっ、なんだこれは!?」
急に揺れ始めることにマディソンは驚いた表情を見せてくるが、私はその状況に揺れる地面より、地面が揺れた事に起きる二次災害に目を向けていた。
生前、私は日本と言う大地を踏み、住んでいたことで何度も自身と言う脅威に襲われることがあった。小さな名もない地震に関東地震という恐ろしいものを味わった。当然、これは私の記憶でこの体の記憶にも深く刻まれている。私が経験したものとは完全には違うが、何時の時代になっても地面が揺れるという感覚は日本人にとって恐怖のような物であり、友のような慣れた物であった。
「なんだ………あれは………」
だが私の視線の先には、地震のようなものに目を向けてはおらず、彼の背後にある石柱に目を向けていた。
地震の影響で石柱にひびが入り、砂を散らしながらゴロゴロと、石柱は崩れ始め地面の中から何かが現れる。魔物と言うものに言あまだに慣れていない私であるが、慣れていない私でさえも地面から現れる存在に『異形』という感覚だけは大いに分かった。
存在、感覚、雰囲気、何に置いても私、いや、人間には到底、相手できない物だと感じられた。
「ふふ、ふはははははっ! これが、神をも殺す生物『ガルラカンダ』だぁ!」
「!?」
「?」
老執事の言葉にマディソンは驚いた表情を見せるが私にはなぜ驚いているのか全くと言っていることが分からなかった。
ただ分かるのが、あれは放置してはいけない存在。その事だけは肌にピリピリと照り付けられる。
「ガルラカンダ?」
「ガルラカンダは、王国に伝わる神話の一端に出てくる魔獣の名前だ。人と神々の戦いの際に第三者として介入した怪物だ。神を殺し、人を食べ、森や川を腐食し命を喰い殺した大怪物。だが主神 ゼウスによって倒され人の手で長い間、封印されたはず………このような場所に居るわけがない!」
ふと漏らす言葉にマディソンはガルラカンダについて話してくれるが、徐々に崩壊する石柱に、止まない地震はその怪物がどれほど恐ろしい存在で、畏怖するべきものだと理解させる。
「だがいるんだよ。今こうして!」
あははは、と大きな声で笑い続ける彼は大きく腕を上げてそう言う。
そうしている間にも背後にある石柱は崩れ続ける。
ガルラカンダと呼ばれる怪物が徐々に地面から出てこようとする度、中庭の床がひびが入っていきそのひび割れも酷くなっていく。
「マディソン、離れていないと!」
「だが、奴は目の前に!」
さすがにこの状況に危ういと思った私は彼女の体を掴み、静止すると、マディソンはそれを振りほどこうとする。
そうしている間にも振動は強くなり、石柱は崩れ、地割れが酷くなる。
「ふははは、滅べ! 滅んでしまえ! 亜人と共にな!」
崩れ落ちる石柱の下で老執事は大きく宣言すると、崩れた落石は彼の頭上から綺麗に落ちて、嫌な音を鳴らしながらその場からいなくなる。
そして、彼の言葉の通り、老執事の代わりにガルラカンダが地面から飛び出る。
「……ドラゴン………か?」
私の目の前に映っていたのは、大きな翼、鋭い爪、口から漏れる大きな牙、崩れ行く瓦礫を振り払いながらもガルラカンダはその姿を見せる。
魚のような銀色の鱗を鎧かの様に纏わせ、鰭に似た鰓が頬に見える。だが魚類の一面を持ち合わせていながらも、うねうねと揺らす体は蛇の様に、そして月明かりに反射して見える獅子の鬣のような毛並みがゆらゆらと、まるでこの世の者ではないかのように揺れていた。
『!!!!!!!!!!』
瓦礫、砂、石、ガルラカンダの身体に付着していた不純物が落ちると、ガルラカンダは狼の様に声にならない雄叫びを上げる。
空気が揺れ、天に舞う月は水面に映る月の様にゆらゆらと、震えていた。辺りの風景がまるで、この存在に飲み込まれたかのように辺りの風景が、温度が、存在が、変わっていくような感覚がした。
「………なんだ、これは」
私の目はおかしくなったのだろうか。
それとも、鼻? 足? 腕? 肌? 耳? いや、頭か?
かの怪物を見ているとどうにも、あれが綺麗な物だと認識してしまう。恐ろしく怖く、息をするにも許されなさそうな感覚に、私は魅了されていた。
何とも言い難い存在に、何と呼べばいいの変わらかない存在に、私は魅入ってしまった。
月光に反射するその鱗が、体毛が、鰭が恐ろしくも美しいと思ってしまった。
狂ってしまいそうなほど、あれは美しかった。
「おい、どうした!」
「!!」
すると、マディソンにそう言われ、はっと目が覚ますかのように目の前の状況を見る。
「一体、私は何を………」
「何言っているんだ? もしかして……魅了されたのか?」
「え?」
魅了?
その言葉に、私は意識を戻す。
理知的な判断を与えられた私の頭と腹は先程までの美しきものを一斉に異常物として判断し吐き出し、除外する。
「あれが、ガルラカンダ………」
そして、やっとまともになった意識をガルラカンダへと向けると、ガルラカンダは金色の瞳で私とマディソンのことを見つめ、その口からは数百年ぶりかそれとも数千数万年ぶりかの食事が並んでいるかのように、涎をだらだらと野犬のように流していた。
「これはあまり宜しくないのでは?」
「だな」
ゆっくりと後ろにへと足を下げる我々であったが、蛇に睨まれた蛙。何人たりとも私に対して隙を見せようとはしてこないガルラカンダはただ、隙を見せようとしてくる我々のことをじっと眺めていた。
「………すみません。一つだけ案があるのですが」
「なんだ」
「私が合図を出しますので、それと同時に走りましょう」
「………は?」
そう私が言った瞬間、腰元に掛けていたグロック19を引き抜いてガルラカンダに向かって発砲した。
「行きますよ!」
「くそっ、頭いかれてやがる!」
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