第58話 削足適履

 ナンダ? ナンダ?

 ワタシニカレハ語ってクル。

 聞キナレナイ’ ’ ’ ’ ’ ’コエガ、オクソコカラキオクエイテクル。

 ナニモミエナイ真ッ暗ナ世界デ、響キ渡ル。


 ダレ? ダレ?


 明ルイ声。

 身ニ染ミルカンカクダ。

 溺レル世界ノ中デドコカラカ。音ガ響き渡ル。

 

『             』


 聞コエタ。

 声ガ、音ガ、歌ガ、叫びガ、願いガ、フカイセカイノナカカラ聞コエテクル。

 

【許さぬ】


 キコエルンダ。声ガ、イカナキャ、音ノナルホウヘ。

 ミナケレバ、シンジツヲ。フレナケレバ、メノマエノ現実ヲ。


【させない】


 フカイフカイセカイデアロウトモ、私はここにいる!!    


                  ☆


 重油に塗れてその足を床につけているマディソンを目の前にいる老執事にへとグロック19を向けていると、マディソンは何一つ変化を見せず老執事は変わらず私に向かってナイフを向けてくる。


「「…………」」


 ほんの少しでも猶予が与えられない空間に、唾を飲もうとする瞬間もなく、口の中では大量の唾がため込まれていた。

 だがそれはお相手側も一緒であり、一瞬も動けない静かな状況に苦しみを抱いていた。


「………ぐっ」

「!!」


 すると、そんな彼らの背後で小さな声が聞こえる。

 それに一早く気付いたのが、目の前にいる老執事だった。

 彼の背後にいるマディソンが密かに動き出す姿が見えていたが、私にはそれだけで他には何も見えないし何も聞こえない。

 ただそれだけの小さな音が引き金になった。


「むっ!」


 そのほんの少しの音が、行動が短くも長い出来事の始まりでもあった。

 たった一手、その一手だけなのだが、この時間は長く感じられた。

 老執事が振り返った瞬間、私はすぐさまその引き金を引いた。

 ドンッ、と大きな音が鳴りながらもゆっくりと飛んでいく弾丸をその眼で見ていると、発砲音に反応した老執事は、私の方にへと振り向くがもう遅い。


 パスン、と小さな音を流しながら老室の字の身体にへと小さな穴を開けると、彼の身体から月光に照らされて赤く染まっている血液が吹き出し始める。


「ぐっ! なんだ、これは?」


 やはり、何度もこの光景を見てみても慣れる事は無い。

 この世界にはやはり、銃と言う文明器具が無いのだと理解できてしまう。

 だが今の私にはそんなことはどうでもよかった。

 目の前に起きている、人を殺すという行為を見ている。この手で、殺している風景を見ている。

 照準越しではない、この目で見る人の死。

 私の生きていた時代には蔓延っていた行為が私の目の前で、私が行う、


「私を………殺すのか?」


 人の死が目の前にある。

 銃口を突き付け、私は老執事の顔を見る。

 先ほどまで影になって見えなかった所があるのだが、仰向けに倒れ月光が月刺さるその表情は私の瞳に鮮烈に焼き付く。

 生前とは違う。

 部下がやるんじゃない。私がやるんだ。

 その感覚が私の事を深く記憶に刻み込ませる。


「知らない。お前は何をした?」


 月光に当たる老執事の顔は、死者の様に青白く既に死んでいるのではないかと勘違いさせるようなものだった。


「………さぁ、な」


 だが老執事の表情は笑みを浮かべていた。

 青白く気味の悪いともいえるその状況に、私は心の奥底で【気持ち悪い】と思ってしまった。

 初めての感覚だった。

 深い憎悪や怒り、悲しみなどではない。恐怖とも違う。

 ただ、気味の悪いだけだった。

 ピストルに弾を込め、それを自らの頭に当て引き金を引いてその全弾が不発になるkと尾をまるで分っているかのような気味の悪さだった。


「笑うか」

「えぇ、笑いますよ。死に際まではね!」


 そう言うと、老執事は隠し持っていた針のような物を投げつけるが、私はそれを間一髪避け、頬にその針が擦れ、血が少しだけ流れるが、その程度では気を動転させない。

 だが、その一瞬が彼に隙を与えてしまった。


「ぐっ!」

「っ!」


 私が生み出した一瞬の隙は彼を逃げ出すための状況を与え、避ける為に体をずらしていた私には逃げ出す老執事にへとすぐに対処できなかった。


「これさえあれば封印を解くには十分!」


 すぐに態勢を整え、逃げ出した老執事にへと銃口を向けるが、まるで老いなど関係無いかのように素早い動きを私の目の前で起こして見せた。

 老いなど気にせずあれほど早く動ける彼に私は少しだけ、嫉妬心を抱いてしまったが今はそのような事に老け込んでいる暇はない。

 慌てて態勢を整え、逃げ出す彼の背中に銃口を突きつけ引き金を引こうとするが、私はその引き金を引くのをやめた。


「っ、……大丈夫ですか?」


 私は今すぐ老執事を追わなければいけない所だが、そのような事よりも目の前の状況に整理を付けないといけないと感じ取り、真っ先にマディソンの方にへと向かう。


「…………」


 黒い重油のようなものがマディソンの体に付着し、油田の様にマディソンの体から次々と湧き上がる様子を見てしまうと、私はハンカチ一つでは足りたいと考える。

 だが、先程の小さな声はマディソンの物だ。

 一体、何が起こっているのか理解できないが、この状況を見逃せる程、今の’ ’私自身は出来てはいない。


「大丈夫? 大丈夫ですか?」


 私はそう言いながら話しかけ続けるが何一つ反応を見せてはくれない。

 だからと言って、無闇に起こすことも放置することもできない。何かの応急処置をしないと……。


「っ……、ここ、は?」

「!? 大丈夫ですか!?」


 するとマディソンが目を覚ます。

 意識がまだ覚束ないのか私にへと体を預け状況を理解しようとしている。


「ここは、領主の屋敷の中ですよ」

「領主? ………あぁ、思い出してきたぞ。確かカルロス公に出会って………そうか、お前に殺されたんだ」

「………」


 目が覚め、状況を理解したマディソンは私にそうじじつを突き付け来る。

 その言葉に私はやっと、現実を理解したような感覚に陥った。

 喉元に突き刺されたナイフの様に、冷たい気配が私の背後から感じる。

 あぁ、これが事実か。何度も慣れようと見せてもその内容は私の事を遮るかのように大きく佇み突き付けられる。


「あぁ、殺した」


 その現実を無理やり飲み込むような形で、私はマディソンの言葉を飲み込むと彼女の顔を見た。


 結局、彼女に言った言葉は私に言い聞かせるための保険なんだと、

 そう、自覚しながら。

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