第57話 脚下照顧

「そこまでにしてもらおうか」


 私は、そう呟いた。

 いや、語った。

 先ほどから、彼らの会話を遠くから聞きながらも、近づいていったが誰一人として私の事なんて知らない様に通り過ぎ気付く物もいなかった。

 床がカーペットとはいえ、私の存在に気付く者は確実にいようと思ったのに、誰一人としておらず、今の様に黒い何かを溢れ出し、包まれかけているマディソンとその目の前に立っている一人の老執事の所まで来てしまった。


「何者です?」

「さぁ、何者だろうな」


 私の事を警戒しながら私の事を見てくる老執事だが、既に私が手に持つグロック19の銃口を向けていた。


「侵入者ですか?」

「答える義理はあるか?」


 淡々と述べる私に、目の前の老執事は鋭い視線を向けてくるが、私にはそのような視線は通じない。

 今にでも殺しそうな視線を見せ、いかにも今から貴方を殺して見せましょうと思わせるかのような気絶しそうなほどの殺気は、前世で嫌という程、経験していた。ヤクザ、ギャング、軍の上層部の人間。それらに比べてしまえば、彼の放つ威圧など蚊のようなものだ。


「では、ここで始末させていただきましょう」

「なんだ? ここの人たちは異様に殺気高いな、そういうものなのか?」


 目の前で、どこからか出したナイフは私にへと迎えられるが、私自身、そのようなことはどうでもよかった。


「何をしている?」


 銃口を老執事に向けたまま、私は口先を足元にへたり込んでいるマディソンの方にへと向ける。

 先ほどから苦しそうな表情を見せ、何かよろしくない者に包まれている彼女は、私にあったばかりの輝かしく眩しい光を見せず、重油のようなものに身を包み、老執事の前でへたり込んでいた。

 その姿はまるで、信じていたものが何一つ信じられなくなったかのように、輝かしい騎士が悪逆に協力させられているような表情をしていた。いわば、絶望。


「何をしているんです? マディソン。私を止めるのではないのですか?」

「…………」


 呼びかけても返答はない。


「そんなところで、へたり込んでいては、私は捕まえることも止めることも、挙句には殺すこともできませんよ」

「…………」

「会ったばかりの威勢はどこですか? 私の前で堂々と捕まえる宣言をしておきながら、その様とは何ですか? 自身の選んだ道が間違えていたのですか?」

「…………」

「貴女の覚悟、信念、その程度ですか?」

「…………」


 何度も声をかけて見せてみるが何一つ反応が返ってこない。

 脱力しているのか、それとも、反論する力さえもないのか。

 どちらにしても、そのような姿は彼女らしくない。


「…………わたしに、そんなことは、できない」


 すると、重油のような黒い液体に包まれているマディソンの口から聞きなれた声が聞こえる。

 焦燥感と、何もかもに諦めた脱力感に染まるその声に、私は視線を少しだけ落とし、マディソンの事を見つめる。


「わたしがただしいとおもったことはずべてまちがっていた。そんなことにいったい、なにがのこるというんダ」


 どくどくと流れる重たい言葉に、私は少しだけ眉をひそめる。

 何を言っている?

 何を語っている?

 何を述べている?


「ふざけるな」


 そんな言葉で逃がすものか。そんな話で逃げられるものか。

 さんざん、お前は自身の曲げぬ信念で多くの者に正しさと悲劇を与えてきたのだろう。それなのに、そんな言葉で逃げるというのか? そんな現実に逃げるというのか? そんなこと許さない。


「逃げるな。現実から逃げるな」

「!!?」


 ふと、私の口からはそんな言葉が漏れていた。

 厳しく現実を見つめ続けてきた私は、未だに夢に浸っている彼女にそのような事を語った。


「夢と現実が違うがなんだ。違うに決まっているだろう」


 現実と夢が一緒なんてことはあり得るはずがない。そんな事があったら人間は人生など語らない。大きな夢など語らない。

 苦労も、悲劇も、全部、全部、夢と現実が違うからこそ、人間は強くなれる。輝ける。悲しめる。心が持てる。

 ほんの少しの躓きでそうまでにして成り果てるのなら、その行為は愚か極まりないだろう。


「自らの信念の為に人を不幸にさせたのなら、その分、自らの信念を突き通して見せろ。他人に言われて気付くなら、修正して見せろ。自らの道理を通り抜けさせて見せろ」


 もしそれを貫き通せぬのなら、その人生なんてやめてしまえ。

 この世の中、一番、人生を意思を貫き通せることが大事であり必要な事なのだ。

 若者であるのなら、人生は長いため何度でもやり直せる。年老いてからでは何もかも修正は効かなくなってしまう。

 そうならないためにも、若いうちに何を間違えているのかが分かればいいのだ。


「それでもなお、今頃、後悔するのなら、最初から何もせず理不尽に諦めていろ!! だがお前は、理不尽が許せないからこそ、戦おうとしたのだろ? なら途中で諦めるな」

「………………!!」

「諦めたらお前の信念の犠牲者の意味がなくなる」


 泥に塗れ、絶望に溺れ、暗闇に浸るマディソンに私は淡々と言葉を述べる。

 馬鹿げた内容であろうとも、意味の無い考えであろうとも、私は私の信念の犠牲を捨て置けることはできなかった。

 例え心の奥底に眠る自己であろうとも、

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