第56話 胡蝶之夢
否定する。
拒否する。
拒絶する。
わたしは
わたしじゃない。
あの男たちと同じような人物ではないと、下郎な生物とは違う存在だと目を背け、大きな声を上げて逃げたくなる。覚束ない視界で私のその手を眺めると、真っ赤な血に濡れたように見え始める。ドス黒く、醜く、溺れそうなほど深い赤はわたしの事を侵食していく。
嘘だ。
嘘だ……。
嘘だ……………!!
ドロリと湧き上がるその風景に、わたしは頭が痛くなる。
わたしが一体、何をした? わたしは一つも間違ったことをしていない。
魔族、亜人、あんなのは、人じゃない。獣だ。怪物だ。魔物だ。最悪な象徴だ。そのような存在になんで、人の心なんて必要なのか、必要ないはずだ。なのに、なんで、こんなにイラつくんだ?
意味が分からない。正しいことをしているはずなのに、なのに、イラつく、イラついてしょうがない。この男たちと一緒にされると無性に腹が立ってしょうがない。だが、わたしの考え行いそれら全てが彼らと同じと考えると、苦しくてしょうがない。
なんだ、何が悪いんだ!
《その答えを見出さなければ意味がない》
考えをやめた。
《駄目に決まっている》
正しいんだ。裁くのは、
《本当に?》
亜人や魔族は悪なんだ。
《本当はそんなこと思っていないくせに》
嘘だ。
《えぇ、貴女が》
黙れ。
《黙るわよ。否定しなければ》
うるさい。
《否定すれば苦しくなるだけ》
うるさい。
《認めてしまえば、楽になる》
うるさい。
《認めない? なんで?》
認めたって何が変わる?
《変われる。自分自身ぐらい》
黙れっ!!
《怖い。それを認めたくない。『自分自身』が怖い》
黙れっっ!!!
《変わることに、変化することに恐れている自分がいる》
「黙れっ!!!!!」
大きな声を上げる。否定の言葉を、何もかも否定する言葉を、叫びだす。
《そう、認めないの。最後まで、自らを殺してでも『正しさ』に飲み込まれるんだ》
パキッ、
その言葉を聞いた瞬間、何かの声は聞こえなくなり、わたしの中で欠けたような音がした。
☆
「おや、もうこの程度ですか」
わたしの前でレオスは静かに言う。
「案外、呆気ないものだな。ヴィクトリア家のご令嬢は」
何を言っている?
うまく口を動かせないわたしは心の中でそのようなことを思いながらレオスの事を見つめる。
「やはり、貴女は弱いですね。心も、体も」
「!!?」
「ヴィクトリア家も弱くなりましたな。この程度の娘を送り込んでくるとは、あの家も堕ちたものだ」
その言葉は侮辱の言葉だった。
わたしだけじゃない。わたしの家への、誇り、歴史、価値観。全てを踏みにじるかのような言葉だった。
ふざけれるな。
そんなことを言いたかったのに、口が動かなかった。
「その様子では気づいていないようですな。あなたは『落ちた』のですよ」
なに?
落ちた? それは一体、どういうことだ?
「貴女様は私たちと人の屑なのですよ。外道で愚図で惨め。人を辱め、上り詰め、人を苦しめ、支配欲に浸っている。差別し人以下の存在は人と見ない。それと同じですよ」
レオスは優しいような笑顔でわたしのことを見てくるがわたしは認めたくなかった。
そんなはずはない。そんなことはない。未だに頭の中で否定の言葉は飛んでいる。
「その証拠に貴女の体に異常を表しているではありませんか?」
「……………」
何を言っている?
そんなことを思いながら、わたしはその視線を静かに自らの体に向ける。
なんだ、これは?
わたしの体からは黒い液体のようなものが漏れ出しており、体の隙間という隙間から漏れ出していた。油のようにドロドロという形で漏れ出し流れ床にへと落ちる。流れ出す黒い液体は時には塊の物もありブクブクと泡が吹き出し、君の悪さを彷彿させていた。
「見覚えがないような顔ですね。なら教えてあげましょう」
私のほんの少しの表情の変化を読んだレオスは、頼んでもいないのにわたしの体に起きていることを説明し始める。
「それは『ドロップ』という現象だよ。人と魔力が密接に関与しているほど変化しやすい現象だよ」
ドロップ?
「人の感情に影響し、魔力が暴走し始めると貴女様と同じように黒い液体が漏れ出し、魔力の持ち主を食い尽くし新たな存在にへと進化させる力ですよ」
なんだ、それは……。
レオスの言っていることに満足に呑み込めないましてや、進化、なんて急に胃荒れても胡散臭さが増してそれが本当なのかさえも信じられなくなってしまう。
「まぁ、進化といってもわからないと思いますので、ごく簡単に言いますよ」
わたしはレオスの言葉に一体、何の事と思ったは、次に放ったレオスの言葉にわたしは何も言えなくなった。
「魔物に変わるんですよ」
「!!?」
魔物に!?
さすがに声に出さなくてもわたしの驚いた表情に対してレオスは理解したようで私に向かって顔を近づける。
「どうですか? 貴方様が馬鹿にし、蔑み、人では無いと見下した存在に成り果てるのは、悔しいですかな? それとも、悲しいですかな? はたまた、恐ろしいですかな?」
レオスは真剣な表情をしながらもその瞳の奥にはわたしのことを馬鹿にするような瞳で覗きこむ。
まるで、今まで馬鹿にしていた怪物が蔑んでいた怪物が目の前にいるかのような顔をしながら私の事を見ていた。わたし自身、その瞳に何も言えなかった。言おうと思っていても、その言葉が全てわたしに向けられた凶器にへと変わり始め、わたしの事を殺していくだけだった。
「おめでとうございます。これで、貴女様も怪物の仲間入りですよ」
その言葉がわたしに止めを刺すように突き付けられると、わたしのなかにある何かが更に砕け、蕩け、落ちていくような音が聞こえ始めた。
「そこまでにしてもらおうか」
そんな言葉が聞こえるまでは………、
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