第50話 思惑

「はい、最近、地上げ屋がうちの店に来てね。譲れと言うんだ。だがこちらだってこの店は俺の思い出ですから。駆けがいの無いほどの思い出があるんです」


 どこか哀愁含んだマスターの瞳は店の事を見つめており、このお店が彼の人生の一部になりかけていることが、一人の商人として痛いほどわかる。


「ですから、そう簡単には出ていけないんですよ」

「………そうですか」


 深々と語るマスターに私は同情を抱きながら、ナプキンと畳む手を止める。

 だがこのマスターと私の違う所があった。その違う所は、売り物の違い、経営方針の違い。食べれる物に対して食べれない物を売っていた私、生かさない物に対して生かすための物を売っているマスター、上官が喜ぶ物を売る私に対して下官が喜ぶような物を売るマスターは領分も範疇も何もかも違う。

 平和か、戦争か、この二つの交わることはない平行線はまさに私と彼の事を指すのだろう。だからこそ、私はマスターに何も言えず助言の一言も言えなかった。

 言えるはずもない。こんな、私に……。


「……そんなしけた面すんなよ。せっかく、旨ぇ飯を食べたんだ。もっと、面白おかしいような表情かおしやがれよ」

「……そうですね」


 言わないでください。その言葉を、述べないでください。その気持ちを、今にでも崩壊しそうな気持ちを持ちこたえ、同情を与えることは助けになるし情けなくなる侮辱にでも変わり始める。

 必死に自身の顔に仮面をつけるように、マスターの顔を見ると、マスターの瞳は哀愁と失望したような瞳をしていた。


「……………」


 あぁ、何度目だ。この目を見るのは、こちらに来て初めてだろうか?

 いや、違う。初めてではない。マスターの瞳の中に交わるその感情はこちらに来て嫌という程見てきた。たった数日の出会いと別れであろうとも、私は彼の瞳に憂鬱感と何もできないような気持が湧き上がる。


「一つだけ、いいですか?」


 すると、私に口は動いていた。

 何も考えないまま、ふと思い詰めた言葉を彼に投げかけていた。


「な、なんだ?」

「その地上げ屋とは、どのような方ですか?」

「地上げ屋の事か?」


 すると、あっという間にマスターは私の会話に食いついてくる。


「えぇ、地上げ屋の服装や見た目でも良いですし、書類にどのような印が入れられていたとか、もしくは権利者の署名はどのような方だったのか、など」

「服装? 見た目?」

「えぇ、気になった所を言ってくだされば、もしかしたら、今後関りがあるかな、と思いまして」

「何? もしかして、お前さん、地上げ屋の味方をするのか!?」


 当然、このような話をしてしまえばマスターは勘違いの言葉を投げかけてくる。

 

「いいえ、味方はしません」

「なら、あんたは……………!!」

「ですども、敵になるつもりもありません」

「え?」


 そう、私は今もなおその立場を貫きましょう。正義感ではありません。罪の懺悔の為に、ただほんの少しの罪さえも許してもらおうと思ったまでです。


「ただ私に関する人物であるのなら、後始末をしなければいけない、と思ったまでです」

「後始末?」

「えぇ、ですが、その件については教えられません」

「……………まぁ、そういうんならしょうがないな。冒険者が御用の店じゃそんなことがたくさんあるからな」


 そのようなことが多いのですね。確かにやくざ者に武器を流した時も責任がなんだとか、言われましたが、使った人が悪い人ですし、多くの商人はそのようなことに口を挟んでは商売ができないというものだが。


「で、あの地上げ屋のやつらの事か?」

「えぇ、お願いします」

「しょうがねぇ、せっかくの久しぶりの客さんだ。教えてやるよ」

「ありがとうございます」


 こうしてマスターの口からは語られた内容に私は耳を傾けると、その者たちが一体どのようなものなのか形が見え始める。

 表向きはまさに取り立て屋やごろつきと同じような姿をしているようだが、その内面は大きな後ろ盾を保有しているここら辺一帯を支配しているギャングみたいなものか……………それとも自警団の可能性もある。


「そういえば、あの取り立て屋、なんか変なことを言っていたな」

「む、それは何と?」

「あぁ、確か、チャールズ侯爵がなんだとか言っていたな」

「チャールズ侯爵?」


 ガタッ、ガタタタンッ!!


「「!!」」


 私がその名を言った瞬間、椅子の倒れる強い音が店内に響いた。


「ど、どうした?」


 音が鳴った方向を見ると、そこには盛大に椅子から転げ落ちたボロ布の子の姿があった。

 その子の様子にさすがにマスターも心配そうな声をかけるが、ボロ布の子はその言葉にさえも反応しなかった。


「大丈夫……………」


 さすがにその様子を見て私はその子に近づいて、体に触れようと声を掛けながら手を伸ばすと、パシンッ、と軽い破裂音と鋭い痛みが走る。


「……………」


 何があったのかと思いながら、その子を見つめると、ボロ布の子の隙間から垣間見える瞳は怯えたような感情を強く見せた。そう、その瞳は初めて会った時と同じような瞳だった。


「あぁ」


 そういうことか。

 瞬間、私の中で何かが繋がった。いや、何かがではなく、完全に繋がった。

 正体も、殺すべき存在も、償うべき対象を、ただ標準に収めるべき人間を見つけられた。

 この子が苦しむ原因を、苦しみを取り除くべき対象さえも全て、私の瞳の中にへと広がった。


「大丈夫」


 弾かれた手を再びボロ布の子へと向け伸ばし、その体に触れる

 その手に触れた瞬間、ボロ布の子は一瞬だけ怯え驚いたが、徐々に落ち着いた表情を見せていき、先ほどまでの警戒した様子は見せなかった。

 大丈夫、大丈夫だと、何度も何度もその言葉をボロ布の子に向けて語りかけながらトントン、と優しく背中を叩いた。


 そう、大丈夫。敵を打ち取ってみせると、

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