第40話 ボロ布
薬草探しに入って既に10度程、日が傾いただろうか?
森の中と言うのは、ほんの少しでも日が傾いただけでもすぐに見え方が変わる。地面に広がる雑草群は少しだけ影が入っており、森全体が薄暗く見えてくる。
「ふむ」
「どうかしましたか?」
「あ、いや、何でもない」
するとマディソンは何か気付いたらしい。
森の中を見渡し辺りを見ている彼女に対して、私は話しかけてみるが、何というか反応がない。その様子に私は怪しいと思ってしまうが、彼女は何を言って見せても何一つ反応を見せてくれない。
ふむ、こうなってしまうと、人は何も言わなくなってしまう。故に私は彼女の姿を静かに見ながら地面に生える薬草へと視線を映した。
「!!」
そうしようと思った瞬間、森がどこか騒めいた。
視界では何も見えず、ただ肌がぞわりっと何か感じ始める。
耳を澄まして辺りを見てみるが何も見えるはずもない。聞こえるはずもない。ただ暗い森が静かに佇んでいるだけだった。
「何があったか見てくる!」
「え」
私が静かに森の状況を見ていると、マディソンは短くそう言いながら、さらに森の中へと入りこんでいく。
待ての言葉さえも彼女は聞かず、目にも止まらない程の速度で、あっという間に彼女の背中は見えなくなる。
「……さて、どうするか」
原因を探しに行くためにマディソンに付いて行くべきか、それともここでゆっくりと薬草採取に励むとするのか、一体、どちらにするべきなのか一瞬だけ考え込んでしまう。
「よし、行くか」
だが決断は早く。私はすぐ、足元に落ちている薬草を手に取ると、マディソンが走って向かった方向へと小走り程度で進んでみる。
どちらにせよ、彼女の様に走って見せてもあのような速度は出ない。私の速度はせいぜい、一般成人程度だから、彼女にどのようなことをしても追いつけはしない。
ガサッ、
「?」
すると、何か草木を踏む音が聞こえ、音の鳴る方へと顔を向けると、そこにはボロ布が私の目の目で動いているように見えた。
(なんだ?)
私はその不思議そうな気持ちを抱きながらも、その動くボロ布に対して少々の警戒心を持ちながら近づいていく。
だが動くボロ布は私の事に気付いたようで一瞬だけ動きが止まるが、何かに追われているのだろうか? すぐさま、動き始める。
「……なにしている?」
「!?」
私が動くボロ布に話しかけるとボロ布はびくりと、何か驚いたような子tらの方へとゆっくりと振り向く。
そのしぐさ一つ一つがまるでに、《人間》に怯えているように見えて私自身のその動きに違和感を覚え、不信感を与えていた。
腰元からグロックを取り出し、ゆっくりとボロ布に向けてみるが、ボロ布はびくびくと怯えながら私の方へと見つめてくる。私はほんの少しの好奇心と不信感から、ボロ布へとゆっくり手を伸ばす。
パシッ!
「!!」
すると、伸ばした手はボロ布に弾かれ、私は呆気ない声が出そうになる。
私の手を弾くということは、このボロ布の正体はきちんと理性を持ち、人間性も秘めてるように感じた。
そう判断した私は手に持っていたグロックを腰に戻すと、再びボロ布に向かって手を差し伸べる。
「大丈夫か?」
「!!」
選択はやはりこうあるべきなのだ。
先ほどまでの選択は間違いで、この選択が正当なのだ。
何も武器を持たぬ、怯えた子に対して武器を突き付けるのは、蛮族他ならないものでは無いか。だからこそ、そうならないためにもきちんとボロ布の子に対して優しく手を差し伸べることが必要なのだ。かつてあの国にいた時にほんの少ししか刺し伸ばすことができなかった分の命と優しさは必要なのだから。
だからこそ、私はその小さな子に向けて手を差し伸べる。
「……………」
ゆっくりと私の手を眺めるボロ布の子は、猫が人間を警戒するかのようにじっと眺め、すんすんと匂いを嗅ぐような仕草を見せていた。
「………」
ボロ布の子は何か信用するのを確かめ終えると、怯えた手つきで私の手に触れてくる。
あぁ、やはり、君は【人】か。
私はそのようの事を思いながら、その子の小さく力加減が間違えてしまうとすぐにでも簡単に折れてしまう程の細く弱い腕であるために、ゆっくりと優しく、その手を握る。
「……………すまない」
差し伸べてくれた腕をほんの少しだけ小さな力で引っ張ると、その小さな子はいとも簡単に私の腕の中に転がり込んでくる。
「!!」
「わっ、慌てないで!」
いきなりこのような状況になってしまったボロ布の子は必死に私の腕の中から離れようとするが、私はそれを加減をしながらも抑える状況になる。
「!!、!!」
ボロ布の子はほんの小さな声で私に何か言ってくるが聞こえはしない。
だが、必死の抵抗がその言葉で何を言いたいのかを理解させる。
「ごめん! ごめん!」
私は必死に抵抗するその子に対して、弁明をするかのように謝り続けその子の身体を強く抱き続ける。
腕の中から感じるその子の感触はとてつもなく不思議な物であり弱弱しく細々とした体は、気味の悪さを覚えてしまうものなのだが、私はそのような気持ちがほんの少しでも思わなかった。
逆に私はその子の可哀そうな体に自らの心を傷つけていた。
多分、これは偽善だという事を理解しているのだが、私はそれでも、かつて祖国にいたであろう見知らぬ子ども達のことを思い出し、それがこのこのような子がたくさんいたのだろうと思っただけでも、私自身、己が起こした過去の行動に苦しみを覚える。
「ごめん」
小さく弱弱しく話す私の言葉は私自身を傷つけ、抱いていた子は淡く強く抱きしめる。
「……………」
するとボロ布の子は、何かを察したのか私に身を任せるかのように、抵抗するのを止め、その体を私に任せるような形になる。
「ごめん、…………ごめん」
漏れる自傷心の言葉は、私の事を傷つけながらかつての罪の枷を重くしていた。
新規登録で充実の読書を
- マイページ
- 読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
- 小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
- フォローしたユーザーの活動を追える
- 通知
- 小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
- 閲覧履歴
- 以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
アカウントをお持ちの方はログイン
ビューワー設定
文字サイズ
背景色
フォント
組み方向
機能をオンにすると、画面の下部をタップする度に自動的にスクロールして読み進められます。
応援すると応援コメントも書けます