第20話 必要な物

 王の間を抜ける。

 そこにはやっと現実と言う感覚がこの肌に感じた。


「…………お疲れ様です」

「うん、お疲れ様」


 王の間を出ると、出迎えとしてカテナメイド長が扉の前にいた。


「この後、どうするのですか?」

「どうする、と言われても……」


 やることは決まっているが目的の場所は決まっていない。

 そうなると、どうするか。


「行先は決まっていないと?」

「えぇ、恥ずかしながら」


 こちらの情報は断片的な情報でしかなく、この世界の全体の情報は知らない。

 地図、経済、文化、政治、私はこの世界を知らなすぎる。

 だがその中でも、一番欲しいのはあった。


「ではリュシュテンの街に向かうのがいいかと思います」

「リュシュテン?」

「はい、リュシュテンの街は亜人や多くの種族の人たちが交易して発展している街です。ですから、情報は少しでも入ると思いましょう」

「ふむ、そうですか」


 交易、となると情報の他にも文明の進行度も知れるのだろう。

 他にも交易品などは、経済状況は私の商人魂に火を付けさせる。

 だが、一つだけ問題があるとすれば、


「ですけど、どこにあるか分からないですね」


 そう、場所が分からない。

 地図があれば、どこの位置や方角などが分かるのだが、地図と言うのは一種の情報。国家機密だ。これは生前から決まっており、他国に渡るのを危惧して、入国出国審査の際に確実にみられるものだった。

 だからこそ、どのようにしてその場所に向かうか。


「では地図をお渡ししますね」

「えっ?」


 だがそのようなことは杞憂だった。


「本当にいいのですか?」

「はい、少しお古の物ですけど」

「えっ、本当にいいのですか!?」

「はい、大丈夫です」


 何ということだろうか、まさに天命ここに来たれり、とはこのことではないのだろうか? タイミングを見計らい、次から次へと物事が進み、ここまで順調にいくとは思わなかった。


「そうですか、なら方位磁石はありますか?」

「方位磁石?」

「え? 知らないのですか?」

「えぇ、何というものですか?」


 まさかここで、文明の差が出てくるのか。

 方位磁石、又はコンパスが無ければ方位が分からない。いや、別に星の位置からも計算できるが正直言うと、季節や日によって星の位置は変わる。

 それにこの世界は、私のいた世界と同じ星の位置かさえも疑問になる。そう言う点では方位磁石は重要な物なのだが、知らないとなると、私は何も言えなくなる。


「本当に知らないのですか?」

「えぇ、何ですか?」

「磁石を利用して方位を確認する物なんですけど……」

「?」


 あぁ、これは理解できていない。

 カテナメイド長に様々な方法で方位磁石について説明するけど、いまいち、理解してもらえない。


「うぅん、方位を測る物ですか……」

「えぇ」

「…………もしかしたら、星尺のことでしょうか?」

「星尺?」


 駄目だ。次は私の方が分からなくなっている。

 まるで先ほどの彼女と同じく、今の私はカテナメイド長の言っていることに理解できなくなっている。


「はい、星尺です。星の位置を測る物ですけど」

「…………ふむ、そうですか」


 もしかして、六分儀の事か?

 もしそうなのであれば、大きさも手持ちで簡単なものか分からない。

 本来、六分儀とは、天測航法のために天体と地平線との間の角度を測定する物だ。 だが使えるのは、航法でのみだ。確かに陸上で使えるものもあるが、私自身使えないし、方位磁石の方が万全、マシな物である。


「ちなみに星尺の形はどのような物ですか?」

「そうですね。星の位置やそこから距離を測る物らしいのですが私自身良く分かりません。力になれず申し訳ございません」

「あ、いや、大丈夫ですから」


 形、及び大きさが不明、と本当に何が何だが分からないあるのか分からない。

 予想では六分儀だと思うのだが、具体的な形は何といえばいいのか私自身良く分からない。そう言う点では、星尺と同じような物か。


「星尺……」

「もしかして必要ですか」

「あ、いや、違います」

「そうですか」


 私はカテナメイド長の提案を断ると、カテナメイド長はしゅんとした顔で顔を下げる。


「方位磁石、………コンパス………」

「コンパス?」

「えっ? あ、はい。そう言いましたが」


 すると急に、カテナメイド長は何か気付いたような顔をする。


「どうかしましたか?」

「……あ、はい。もしかしたら矢代様の言う、方位磁石。多分、あると思います」

「え、本当ですか?」

「はい、多分、宝物庫に」

「えっ、」


 私はその言葉を聞いて驚いた。

 先ほどまで似たようなものが無かったはずなのに、急にあると言われたが、それが宝物庫。と言うことは、そこから取ってきてしまえば、泥棒と何も変わらない。


「…………すみません。それってどんな形しているんです?」

「そうですね。先ほどの紹介に受けたとある方向にまっすぐ向く、という宝物です」

「宝物?」

「はい、宝物です。天向球アーク・コンパスと言いますから」

「アーク・コンパス」


 私はその言葉を聞いて頭の中に一瞬、大きい地球儀のようなものを思い出す。

 そのような物だと、持ち運びどころではない。


「………………無理、ですかね」

「あはは、」


 私がそう言うと、カテナメイド長は乾いた笑い声を出す。

 にしても本当に、コンパスが無いのだろうか。

 方角を知れればいい。ただそれだけなのだが……これほど難しい課題なのか。


「なら、諦めるとしよう」

「えっ?」

「宝物庫から取ってくるのは宜しくはない。それだと、盗人ぬすっとと同じような者だ。私はそう成り下がる必要はない」

「で、ですが」

「ないのなら、無くてもまた人の運命とやらですよ」

「………………そうですか」


 そうだ。我が身をそこまで落とす必要はない。

 だが、本音を言うと、方位磁石は欲しかった。けれども、ここで欲しがってしまえば欲張りと言うものだ。


「………………あ」

「?」


 すると急に、カテナメイド長は何かを思い出したかのような顔で私の方を見てくる。

 もしかして何か思い出しのだろうか?


「思い出しました」


 ビンゴ!

 私はそう心の中で叫びながら、カテナメイド長のことを見る。


「一つだけ似たようなものがあります。古くすでに壊れかけているようですが」

「む! そうなのか!?」

「え、えぇ」

「なら、それでも良い。すぐに持ってきてくれないか!?」

「は、はい!」


 何という僥倖。運が良いと、言うことを通り越して何もかも順調すぎる。

 カテナメイド長が走って取りに行く中、私は態勢を崩す。

 久方ぶりで緊張感が抜け、足腰がきちんと立たなくなる。


「はぁ、良かったぁ」


 私は安堵の言葉が漏れる。

 これで、次に進める。

 そう思った瞬間、


  カサッ、


「これは?」


 すると足元に一枚の手紙が落ちていた。

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