第13話 客室

 私は体を洗い終え、風呂に入り、ゆっくり浸かると、使用人は「お先に失礼します」と言って、先に出てしまう。

 多分、これ以上、風呂に入っていたりしていれば不信感や衣服などの着替えの準備に手間がかかってしまうために、先に出たのだろうと察し、一人残された大浴場で手拭を頭に乗せながら浮かんでいた。


「ふー」


 忙しく慌ただしい時間の後での入浴は、何かと体に染みり、口からため息が出る。


「………………」


 水滴と波の音しか響かない大浴場では、私は天井に映っている画を見る。


「人間がこれ程、美しいものが描けるのなら、戦いなんて必要なんてないのに」


 この国の考えることに、疑いの言葉を見せ瞼を閉じながら、その体を沈ませる。

 体の隅々までに湯が包み、体の疲れをとっていく。


「出るか」


 顔を思いっきり上げ、そう言うと、私はすぐさま行動し、軽く体を手拭で拭きながら浴場から出る。


「拭く物に、着る物はあるのか」


 自身が服を入れた所には先程と違う服が置いてあり、私はそれを手に取り、身体を綺麗に拭き、置いてあった服を着る。

 服を着てみると、その服は寝間着のような形をしており、私にもよく目にした服であった。


「…………まぁ、着物なわけないか」


 私はそう言いながら、寝間着を着終えると、脱衣所を出る。


「あ、出たんですね」

「は、はい。先ほどはすみません」

「いいえ、大丈夫です。言い休憩となったので」

「そうですか………」


 出口で待っていた使用人がそう言うが、恥ずかしさできちんと頭が回っていなかったあの時の行動を今一度思い出すと、私はとてつもないほど恥ずかしいことをしたのではないのかと思い始める。


「えっと、手拭とかは?」

「あ、籠に入れたままでいいです。別のメイドが持っていきますので」

「そ、そうですか」


 私はそのような恥ずかしさを誤魔化すために、濡れた手拭を入れた籠を使用人の前に出すと、使用人は丁寧に教えてくれる。

 私はその通りに動くと、使用人に再び部屋へと案内される。


「本当にありがとうございます」

「いいえ、私こそ、こんなに親切にしてくれるなんて」


 私はそう言って頭を下げると、慌てたような声で使用人から聞こえる。


「いえ、何かをしてもらった時には感謝の言葉は基本ですから」

「…………ふふっ、そうですか」

「では、おやすみなさい」


 私がそう言って挨拶をすると、用意された客室へと入っていき、再びやってきた一人の時間を堪能する。

 今日一日の疲れと、今日一日の思考のまとめ。

 それを両方、させるため置かれていたベッドの上に横になって倒れる。


「本当に、生き返ったんだな」


 私はそう言いながら未だに現実なのかと腕を天井に向けてあげる。

 手の平に感じる空気の流れ、鼻腔をくすぐる臭い、耳の奥になる虫の声、これらが私が第二の生を送っている、と語り教える。

 それと同時に、この世界での自身の役目を思い出し、すぐさま気持ちを切り替える。


「そうだ。これは私の選択だ」


 罪滅ぼしの先にあったのは、これだ。未だに序の序も終わっていないこの状況は、私の気を引き締めることができる。

 生前の罪滅ぼしのために、生き返り、また再び苦しみの域に入る。だが、今回はただ苦しむのはいけない。この体は私のではないのだから、慎重に、一手一手、動かさなければいけないのだ。


「それになぜ、彼らは過去の私たちの姿に似ているのだろうか」


 そして唐突にそのような疑問が頭の中によぎる。

 確か、健太、と言っただろうか? その者は『青木』と言う苗字を持ち、あの容姿の持ちよう、他にも見た事ある名前を持った人もいたし、これらは一体どういうことなのだろうか。


「…………まぁ、深く考えても意味が無い、か」


 無駄に深く考えるのは、駄目とは言わないが、考えすぎるのも毒だな。

 今はこの状況を理解しているし、今後のことを中心的に考えるべきだろうか。いや、それともこの国が一体、何を考えているのか、きちんと考えるしかない。


「………………けれど、」


 あの国は、信用に値しない国だ。

 その考えだけは揺らぐものでは無かった。それに理解せず賛同する人も、私欲の為に利用する人も、私の中では信用に値せず、恐怖すら感じるものだった。

 それは全て私自身にも繋がることであって、私が生前に起こしたことを忘れない。だからこそ、この国が今なそうとしていることが本当に正しいのかさえも、私自身、決めていいものなのか葛藤する。

 私独断で、正義か悪かを判断し、選ぶなんて、私の心はそれほど強くは無い。そのための『執行人』であるのに、このようなことを考える。けれど、本当に一度でもいいからこの目で確かめてみたい。この耳で聞いてみたい。

 彼らが真に為そうとしているのはただの私欲に走る「正義」なのか、一を犠牲にして十を救う「悪」なのか、私は知りたかった。知りたかったのだ。

 だからこそ、

 

「本当に、私は弱くて無様な人間だな」


 瞳の奥から流れる涙を流しながら私は月夜の光に包まれる部屋の中で、瞳を閉じた。


 あぁ、本当に何と弱いのだろうか。私は、

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