第12話 入浴

「これは、広いな」


 浴場の扉を開いて真っ先に思ったことがこれだ。

 民間の銭湯と同じく、いや、もしかしたらそれよりも大きいかもしれない。

 豪華な装飾に多くの湯気が高い天井にへと上がり、溜まっているところを見ると、ここの大きさは相当なものだとわかる。


「あれは天使の絵?」


 まさかの天井には、画家が描いたのだろうか、綺麗な画が描かれた天井となっており、これだけでも十分、画になるというもの。

 まさに妙心寺の『八方睨みの竜』と同じく、美しいものであった。


「これらは一体どうなっているのか?」


 私は入浴のことを忘れ、手拭を腰に巻きながら壁や柱、床のタイルなどに描かれている画を見始め、構造を知ろうとする。

 私とて、銃以外にも好きなこともあるが、このような綺麗な装飾を見てしまうと、ついつい魅入ってしまうというもの。

 

「ん? これは?」

 

 すると私はふと、何かに気付く。

 私の目の中には、一つの筒のような物があった。

 箱のような形状をしているが、筒には蓋のようなものがあり、蓋を開けてん髪を出してみると白濁状の液体が出てくる。


「これは、何だ?」


 風呂場に有るというものは体を洗う物だとわかるが、一体、何なのか。


「もしかして、シャンプーか?」


 私はそう思い、液体を手で擦ると、一際、泡が出始め、私の手が一瞬で泡塗れになる。


「ほぉー、こちらの世界ではこうなっているのか」


 私は初めて見るシャンプーケースに関心をしながらも、蛇口を捻り、水で泡を洗い流す。


「ふむ、興味深いが、この体の持ち主の為にも十分に休まなければな」


 こうして、数分、絵画鑑賞で時間を過ごしてもいいが、この体が冷えて壊してしまうのならかの神様の誓約以前の問題だ。


「では、まず桶を………」


 私は桶を探すと、桶も綺麗な装飾がなされているが、これに食って掛かっては意味がない。

 蛇口を捻り、湯を出すと、私は小さく体に掻ける。


「うぅん」


 あぁ、久方ぶりの湯は体に染みる。

 いや、別に久しぶりの風呂と言うわけでは無いが、こう忙しい一日だと日々の休みの風呂さえも久方ぶりだと思ってしまう。


 カチャン、


「?」


 さて、身体を洗おうと石鹸を探そうとすると、入り口から扉が開く音が聞こえる。

 何かと思い、湯気が濃い中、目を堪えて見ると、誰かがいる様な影が見えた。

 私はこの時、他に誰かが間違って私が入る時間と被ってしまったのだろうかと思っていたが、入ってきた人物を見てそうではないと私は気付いた。


「お背中、失礼します」

「!?」


 なんと、入ってきたのは時間を間違えて入ってきたクラスメイトではなく、なんと先ほど、私をここに案内してくれた使用人の方だった。

 使用人の方は先ほどのメイド服、と言うものは身に着けておらず代わりに白い下着のようなものを着けていた。


「なっ、何をっ!?」


 私は使用人を見た瞬間、恥ずかしさで目を背けると、使用人は私の背中へと回り込みこう言ってくる。


「何、と言われても、お背中を流しに来たのですけど………」

「ひ、一人で大丈夫ですから」

「そう言われても………」

「…………」


 私がそう言って顔を背けると、使用人は悲しげな声でそう言ってくる。

 生前、使用人にこのようなことをしなかったため、正直言うと耐性が無い。それも異性だ。異性に背中を洗ってもらったことなんて、私が小さい頃に母に、まだ結婚したての頃に妻に流してもらったぐらいで、他人と言う他人に触れられたことなど無い。

 それに生前は武器商人、背後に全く関係ない他人がいるだけでもピリピリと警戒するのに、今はこのような状況だし、ましてや体は私自身の物ではない。他人の物だ。この体が知らないうちに穢されるなんて、考えたくもないだろうし知りたくもないだろう。

 そのためには、この状況をどうにかするしかない。


 なら、


「…………わ、分かりました」

「えっ?」

「せ、背中だけですよ? それ以外、触ったりしたら許しませんからね!」

「…………わ、わかりました!」


 私がそう提案すると、使用人の声がほんの少しだけ元気があるように聞こえ、すぐさま背中を洗い始める様に準備をし始めた。


「では、洗いますね」

「お願いします」


 使用人はテキパキと準備をし終え、私の背中に泡が付いた手拭で私の背中を洗い始める。


「どうですか?」

「…………まぁ、気持ちいいですよ」

「そうですか、そう言って貰えると嬉しいです」

「えぇ」


 使用人がそう言いながら私の背中を優しく擦り洗い続ける。

 優しく、丁寧に相手のことを気持ちよくさせようという気持ちはその行動からとても伝わる。


「…………あの」

「なんでしょうか?」

「ありがとうございます」

「えっ?」

「何から何までも、果てにはこのようなことまで、本当にありがとうございます」

「そ、そのようなことは………私はメイドとして当たり前のことをしたまでですから」

「ですが、その職務にきちんと理解し相手の為に仕事をするのは立派な『誇り』だと思いますよ」

「えっ?」


 私はそう言い終えると最後に、ありがとう、と言って使用人が持っていた手拭を貰う。


「あとは自分で体を洗いますので、貴方は風呂に入るなどしてきちんと身体を休ませてください。私は、見ない様にしますから」

「えっ、で、でも……」

「いいですから。それに、きちんと休まないと体が駄目になってしまいますよ?」

「………で、でも」

「いいじゃないですか。少しぐらいさぼって休んでしまっても、私は黙っていますよ」


 そう言いながら手拭で泡を立て、身体を洗い始める。


「い、いいのですか?」

「いいんですよ。最後まで奉仕しなければいけないというのなら、時には奉仕する人の命令ぐらいは聞いてください」

「…………ありがとうございます」

「はい、ここの浴場は広いですから。あなた一人、湯気に隠れるのは案外、簡単ですから」


 使用人の方がそう言うと背後からポチャ、という水音を聞き、気持ちよさそうな声が聞こえた。

 私はそのような声を背中に、身体を洗い続けた。

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