第11話 お疲れになったでしょう
使用人が私のいる部屋から出ていくと、私は一人となった部屋を歩いていた。
「ふむ、やはり、よく管理されている」
この管理の入りようは先ほどの使用人の方々がなしていると思うとそう軽々と、物の移動などができない。
だが相手も職人だ。使用してもらわないと、職人魂に傷をつくというものだろう。
少しは物を移動したりするぐらいで勘弁してもらいたいところだ。
私は、そう思いながらも、部屋の中に置いてある高級そうな椅子を引き、座る。
「綺麗だな」
窓辺から映る風景は、甘い緑に素晴らしいものが感じられた。
ここにキャンバスと絵の具があれば、私はこの場面を綺麗に収めたのであろうが、私の私欲で彼女等のような使用人を無駄に動かしてはいけない。
ただ椅子に座って窓から映る景色を眺めえていると、時間というものはすぐに過ぎるもので、あっと今に辺りが暗くなる。
「む、もうこのような時間か………」
私が窓辺から映る景色を眺めていると、日は既に沈んでおり、月と数多の星々が暗い空に浮かび上がる。
そう気づいた時には、私は先ほどから何一つ変わらず椅子に座って外の景色を見ていたらしい。歳を取ると、こう過ごしているだけでも十分に時間は過ぎると言うもの。生前は忙しい生活でゆっくりできなかったが、今はこうしているだけでゆっくりできる。これにあの日懐かしい紅茶など飲めたら更に良い物だが………本来、この体、私のではない。
だからこそ、日常の生活状況は変えられない。
コンコン、
「うん?」
すると部屋の扉が叩かれる。
何事だろうかと思い、私は何も疑いもせず、どうぞ、と言ってしまう。
「失礼します」
「うん?」
すると入ってきたのは、まさかの先ほど個々の部屋に案内してくれた使用人だった。
「えっと、何でしょうか?」
「はい、お休みの中、申し訳ございません」
「?」
「もうそろそろ、ご入浴の準備ができましたのでお呼びになりました」
「そうですか………」
「はい、ですからご案内として私が参りました」
「はぁ」
入浴か………やはりどの時代文化になろうとも風呂と言うものはあるのだろう。
娯楽で、休憩、心休まるというものだ。
私も生前、風呂は好きでしたし、絶景を見ながらの露天風呂、なんて本当に好きでした。あぁ、またあの機会があるのなら、入っていたいものです。
「………ふむ、では分かりました。行きましょう………何か必要なものはありますか? 残念なことに、今、私は何一つ物を持っているものが無くて………」
「いいえ、大丈夫でございます。衣服やタオルに関しては、こちらで準備しておりますので大丈夫です」
「は、はぁ………」
何というか、彼女ら使用人たちの準備の速さは何なのだろうか。ただ客人を迎え入れるだけだけで、これ程、順調すぎる準備の良さに脱帽するべきなのか、それとも疑うべきなのか………。
まぁ、どちらにせよ一度、風呂に入って考えた方がいいのかもしれない。
私は、使用人に言われるがまま浴室へと案内される。
扉の前に立つと、その扉には豪華な装飾がされており、日本のようなわびさびを感じさせるような物ではなく、本当に今から風呂に入るという扉には見えなかった。
「ではこちらで御着替えになった後、どうぞごゆっくりお休みください」
「あ、はい。ありがとうございます。貴方こそ、私のような右も左も分からない者にこれ程優しく案内してくださり有難うございます」
私はそう言って、頭を下げると、使用人の方は戸惑ったような声で自分達に話しかけてくる。
「そ、そのようなことはありません! そ、それに私どものために頭を下げようとしなくとも!」
「いいえ、大丈夫です。私がしたい事なのですから………」
「そ、そうですが………」
使用人はそう言いながら辺りを異様にきょろきょろと見る。
「どうかしましたか?」
「い、いいえ、大丈夫です!」
「そ、そうですか………」
私は何かおかしい事でもしただろうか?
私はそう思いながら、浴室へと続く扉を開く。
「む? 誰もいないのですか?」
扉を開くと、そこには銭湯のような更衣室があり、棚の中には着替えかごが置いてあるが、それらを見ても、どこにも衣服のようなものが入っているところを見かけない。
「あ、はい。ゆっくり、休んでいただこうと思い一人一人、時間を決めていますので」
「それでは全員が入れるのでしょうか?」
一応、数十人いるという中、たった一人のためにそのような時間を取ってもいいのか? 私が長く入ってしまえば、次の人が遅れてしまうのでないのだろうかと思うと私もせっかくの入浴も十分に休められるものではない。
「はい、大丈夫であります。他にも浴場があるので、次の人はそちらに入って貰うのが良いと思いましたので」
「そ、そうですか」
私はその言葉に、今一度、この場所がそれほど大きなところだと自覚する。
「では、入りますので………」
「分かりました」
私がそう言うと使用人は察したように、すぐさま扉を閉めてくれる。
さすがに私とは言え、他人に着替えを見られながら、入浴なんてできるわけがない。
私は、着ていた服をシュルシュル、と肌と布が擦れる音を鳴らしながら来ていた服を脱いでいき、完全に裸体となると、私はやっとこの体の持ち主がどのような者なのかを知る。
「この傷は………」
腕や体の節々にあった痣や傷を見た所、この体の持ち主がどのような者なのかを理解できる。
「そうだったのか」
答えから言うと、この体の持ち主は、だれかに『いじめられていた』。
目に見えるものならいいが、この体に無いものならなおさら多かったのではないのだろうか。
「………………」
私はその体を見て尚更、この体の持ち主のために、無茶なことはできないと思い、浴場の扉を開いた。
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